「みちしずく」の導入による安定生産と農薬の削減
2025年03月06日
はじめに
焼酎造りが盛んな南九州には160を超える蔵元があり、さまざまなカンショの品種が焼酎の原料に使われているが、「コガネセンガン」はその主力品種として南九州で栽培されているカンショ品種のシェア5割を占め、基幹品種として地域農業および焼酎産業を支えている。
ところが2018年、南九州や沖縄のカンショ産地でこれまで国内未発生であったサツマイモ基腐病(以下、基腐病)の発生が確認された。基腐病は、Diaporthe destruens(ディアポルテ・デストルエンス)という糸状菌の1種がカンショに感染することにより発生し、茎葉の枯死や塊根の腐敗などを引き起こす、防除が難しい土壌伝染性の病害である。今では35都道府県(2024年10月時点)で発生が確認されているが、基腐病の発生により「コガネセンガン」は甚大な被害を受け、2018年以降、深刻な問題となっている。
そこで、農研機構九州沖縄農業研究センターでは、「コガネセンガン」よりも多収で基腐病に強く、焼酎の酒質が「コガネセンガン」の焼酎に類似している新品種の育成に取り組み、2021年に焼酎・でん粉原料用新品種「みちしずく」を育成したので、ここに紹介する。
みちしずくの特性の概要
(1)形態的特性
塊根の形は楕円形で、やや大きく、皮色は黄白、二次色は桃、肉色は淡黄白で目は浅い(写真1)。
(2)生態的特性
育成地における「みちしずく」と「コガネセンガン」、でん粉原料用品種の「こないしん」および「シロユタカ」の収量特性を表1に示す。「みちしずく」の上イモ重(50g以上のイモ収量)は、「コガネセンガン」より2割ほど多く、「こないしん」よりはやや少ない。でん粉歩留は「コガネセンガン」より4~6ポイント程度、「シロユタカ」および「こないしん」よりも3~4ポイント程度高い。でん粉歩留が高いため、でん粉重は「こないしん」並みに多く、「コガネセンガン」よりも4~5割程度、「シロユタカ」よりも2~3割程度多い。
「みちしずく」は「コガネセンガン」や「シロユタカ」よりも基腐病に強く、抵抗性の程度は「こないしん」並みの"やや強"である(表2)。サツマイモネコブセンチュウ抵抗性は"強"、ミナミネグサレセンチュウ抵抗性は"やや強"、サツマイモ立枯病抵抗性は"やや強"、サツマイモ黒斑病抵抗性は"中"である。
表1 育成地における収量特性(2019-2021年の3カ年平均)
注)長期マルチ栽培は、2019、2020年は透明マルチ、2021年は黒マルチを使用
表2 病害虫抵抗性
注)調査年度が異なる特性については括弧で表記した
(3)品質特性
「みちしずく」は焼酎醸造適性に優れ、でん粉歩留が高いため、純アルコール収得量は「コガネセンガン」より高い。焼酎にした時の酒質は「コガネセンガン」の焼酎に似ており、官能評価点も優れる。でん粉の粘度特性は、「シロユタカ」や「こないしん」とほぼ同等であり、でん粉の白度は「シロユタカ」並みに高いため、「みちしずく」はでん粉原料用としても優れている。
基腐病発生圃場に導入可能
「みちしずく」は基腐病にやや強い抵抗性を有するため、基腐病が発生した圃場であっても、「みちしずく」の導入と基腐病の基本対策(健全種苗の生産、排水対策、残渣処理など)を実施することで、基腐病による被害を低減させることができる。
前年に基腐病が激しく発生した圃場で「みちしずく」を栽培した2021年の試験では、農薬の散布による防除対策をしなくても「コガネセンガン」よりもかなり発病を抑えることができた(写真2、図)。
写真2 基腐病が激しく発生した圃場の様子(撮影2021年9月3日)
図 「 みちしずく」と「コガネセンガン」の育成地および基腐病発生圃場における収量性の比較(2021年)
9月に収穫した「コガネセンガン」では、収穫したイモの6割以上で腐敗などの被害が認められたのに対して、「みちしずく」では9割以上が基腐病の被害が認められない健全なイモであった。
一方、栽培期間が長くなると発病株や腐敗イモが増えてくるため、定期的に圃場の見回りを行い、発病が認められた場合には、早期に収穫することを心掛ける必要がある。
焼酎・でん粉原料の安定供給に寄与
「みちしずく」は基腐病だけでなく、線虫やサツマイモ立枯病にも強く、多収であるため、防除対策のための農薬使用量の削減や原料イモの安定供給が期待できる。さらに、でん粉歩留も高いため、焼酎やでん粉の製造コストの低減も期待できる。
今後の展望
「みちしずく」は2022年より南九州での栽培が始まっている。鹿児島県の焼酎・でん粉原料用の奨励品種にも採用され、2026年の栽培面積2000haを目標に普及を進めている。抵抗性品種の導入は、コストがかからず、環境にも優しい防除対策の一つである。「みちしずく」の普及の拡大と、基腐病の被害がなくなる日が来ることを切に願っている。
なお、本品種の育成の一部は、生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(29028C)(01020C)の支援を受けたものである。
執筆者
農研機構 九州沖縄農業研究センター カンショ・サトウキビ育種グループ
グループ長 小林 晃
●月刊「技術と普及」令和7年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載