有機農業と産直を牽引。中山間地から若者が夢を持てる農業を目指す
2025年02月20日
創業の志を受け継ぐ二代目社長
かつて炭鉱で知られた福岡県筑豊地区の東部に位置する赤村。大分との県境にそびえる英彦山から走る尾根に挟まれた南北に細長い盆地に、水田と野菜畑の里山風景が続く。
さわやかに出迎えてくれたのは、社名を刺繍したデニムの上下にスタイリッシュな髪型という出で立ちの、(株)鳥越ネットワーク代表の鳥越耕輔さん。
父の和廣さんは、地域でいち早く有機農業と産直に取り組んできた先駆者。その背中を見て育った耕輔さんだが、小学生からの夢はプロボクサー。地元の高校を卒業し、プロを目指して大阪へ出て4年後、念願のプロデビューを果たした。さてこれからという時期に、父から「戻って後を継ぐなら、ハウスを新たに50a増設したい」と相談があった。故郷で家業を継ぐか、このままプロを続けるか。耕輔さんの心は大きく揺れたが、夢は達成できたからと帰郷を決意。2002年に農業の道に入った。
鳥越ネットワークの経営理念は「農業でしあわせに生きていく」。農業で楽しい未来を紡ぎ、人にも環境にもやさしい農業を創りながら、農業と農業者の社会的役割を果たしていくことを基本方針に掲げる。1975年に生産を始め、2017年に法人登記し、2021年から耕輔さんが代表取締役社長を務める。
左 :⾥山に広がるハウス棟
右 :1瓶(280g)に有機トマト約10玉を使用。甘みと旨みが人気のトマトケチャップ加工にも取り組む
総合的な病害虫対策で有機トマトとセロリを安定生産
現在、8圃場1.3haのハウスで、5月~7月までトマト50a(30t)とミニトマト50a(25t)、11月から冬場にかけてセロリ1ha(80t)を栽培。水稲1ha(3.5t)も含め、いずれも有機JAS認証を取得している。
病害虫対策として、ハウス入り口の防虫ネットの設置、有機農産物にも使用可能なBT剤、コナジラミ類の天敵であるタバコカスミカメ、その生息環境安定のためのクレオメ植栽、土壌改良などを総合的に行う。土壌消毒は行っていない。基本としているのは土づくりで、牛糞2:草8をベースに有機物やバチルス菌、乳酸菌などを混合し、土壌内の菌類のバランスを良好な状態に保つよう心掛けている。除草はマルチ、機械除草と手作業で、受粉にはクロマルハナバチを用いる。
有機栽培のため制約も多いが、「これをやれば絶対に防げる、というものはない」と耕輔さんは言う。例えるならば、濃いペンキを一度に塗るのではなく、薄いペンキを何度も重ね塗りして濃くしていくようなもの。対策を組み合わせ、今なお試行錯誤を重ねながら、安定生産につなげていると語る。
左 :11月からは有機栽培セロリの収穫シーズンが始まる
右 :有機イチゴの試験栽培も担当する⾥村リーダー。⿃越ネットワークでは若手従業員の育成にも⼒を入れている
左 :有機栽培ミニトマトの収穫風景
右 :トマト黄化葉巻病を防除するための天敵の温存植物としてクレオメも活用
生協と連携した販路確保と有機生産者間の連携
病害虫対策と並び、有機農業者にとって大きな課題が流通経路の確保だ。地元のグリーンコープ生協とは、1980年代の直販活動から関わりが深く、30年余りの取引がある。2006年からはグリーンコープ以外との取引も開始し、関東、関西の生協や小売り大手グループ企業へも出荷。現在、農産物の7割近くは関東向けだ。
生協や小売業への出荷の場合、欠品発生時の対応も大きな課題だ。その対策として、これまで互いに研鑽を重ねてきた、九州を中心とした有機・特別栽培農家同士のネットワークを活かし、35の有機栽培農産物生産者と連携して出荷調整を行っている。
15年ほど前からは、規格外トマトを活用し、有機栽培トマトケチャップの農産加工も開始。自社の農産加工施設で一つ一つ手づくりするため大量生産はできず、年間1万本以上を出荷していたが、十分な利益を出せずにいた。そのため、数年前に主原料のトマトだけでなく、タマネギや砂糖、米酢、ニンニク、生姜などの副原料も有機栽培に変更。商品戦略と単価を見直し、現在では関東や西日本の生協、個人向けインターネット通販で、年間7000本を出荷するまでになった。
左 :明るく衛生的に管理された農産加工施設。ここから全国消費者へ有機栽培トマトケチャップが届けられる
右 :加工担当従業員の手で一つ一つ丁寧に手作りされるトマトケチャップ
地域課題を解決する母体として
経営、栽培技術、人、販路など、有機農家を取り巻く課題は共通している。増え続ける耕作放棄地問題は、赤村でも深刻だ。有機トマト・セロリ生産を主軸にしつつ、鳥越ネットワークでは、これらの課題に取り組む関係団体の立ち上げにも関わってきた。
「株式会社農創会」は赤村周辺地域の耕作放棄地解消を目的とし、540筆計60haの圃場で麦と大豆を生産。交付金等を受けて生協と直接取引を行う。今年は新たにサイレージコーンの試験栽培にも取り組む。「農事組合法人赤村有機農業生産組合」は、赤村の有機農業を推進する生産者組織で、生協への共同出荷、赤村有機農業まつり開催や地域での食育、消費者交流イベントに取り組んでいる。「たのしい農業を創る協同組合」は、九州の有機・特別栽培・慣行栽培農家23軒のネットワークである。経営や栽培技術などの研修や交流に加え、人手不足という共通課題解決のため、鳥越ネットワークが技能実習生監理団体と登録支援機関の認可を取得し、特定技能、技能実習の外国人労働者受け入れと派遣を行っている。
左 :耕作放棄地対策として、農創会で令和5年から試験栽培を始めた飼料用サイレージコーン
右 :栽培管理、収穫、出荷まで、技能実習⽣も重要な担い⼿。丁寧な説明と交流を⼼がける
若者が希望を持てる「かっこいい農業」を目指して
現在の従業員数は29名。若い従業員にも、なるべく「任せる」ことで責任感を持たせ、成長につなげている。有機農業を志す研修生も積極的に受け入れ、独立へ向けた支援を行う。
「有機栽培農家の先駆的存在で、技術や販路など、私たちが教えていただくことの方が多い」と福岡県田川普及指導センターの濱野貴志さん。同センターは病害虫の同定、適応資材や防除手法など対策情報の提供という形で支援している。
左 :⿃越ネットワークで働く従業員のみなさん
右 :県田川普及指導センターの濱野係長(右)からイチゴ試験栽培の指導を受ける従業員
鳥越さんは、「有機栽培は、赤村のような中山間地で農業を続けていく上での付加価値の付け方の一つ」と捉える。国際情勢の変化から、今後ますます海外からの有機農産物の輸入は難しくなる。では、どのようにして国内で広げていくか。耕輔さんが感じるのは、食や農の価値観を変える必要性だ。高級車に乗ってブランドバッグを持っている人も、トマトが10円値上がりすれば「高い」と言う。そんな社会では、いつになっても農家が再生産できる価格は付けられない。「食べ物は生きることに直結している。食や農の価値を高め、農家や産地の事情を消費者や小売業に理解してもらうことも必要」と話す。慣行農業から有機への移行を目指す農家や、まだ経営基盤の弱い新規就農者のための販路確保も必要だと考えている。
かっこいい農業、若い人が夢を持てるような農業にしたい――。20代での就農以来、耕輔さんにはその強い思いがある。「これから有機農業はおもしろくなる。若い人にも、とにかく『やりたいな』と思ってもらえるようにしたい」。会社を引き継いで2年余り。社会変化を見据えながら、鳥越ネットワークの新たな模索と挑戦はこれからも続く。(ライター 寺嶋 悠 令和5年11月7日取材)
●月刊「技術と普及」令和6年2月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社鳥越ネットワーク ホームページ
福岡県田川郡赤村大字内田306
TEL 0947-62-3349