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きょうも田畑でムシ話【144】

2025年03月07日

ヒキガエル――アリやハエとの浅からぬ縁  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 なるほど、なるほど。
 3月に入ってまもなく、そうやって2度ばかり、うなずいてしまった。
 もうすぐ啓蟄だなあ、地面の下から、カエルだとかヘビだとかモグラなんぞがもぞもぞっと這い出してくるころだなあ、とそう思ったときだった。何気なく目をやった先に、1冊の本があった。


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左 :黄色いラッパズイセンが咲きだすと、わが家の春の始まりだ
右 :冬眠からさめたヒキガエル。俗に「イボガエル」とも呼ばれるが、春にはつるつる肌だ


 生き物が好きだから、わが家にはその手の本が多い。手に取ってパラパラとページを繰ると、「春」という文字が目に入った。
 そしたらのっけから、こんなことが書いてあったのだ。
 ――ヒキガエルといってもわからない人がいる。だが、ガマガエルとかイボガエルといえば、わかってもらえよう。
 奥付を見ると、昭和52年の発行だった。半世紀近く前の本である。

 近ごろはどんどん、動植物の方言名が消えている。使われないから忘れられるスピードも速まり、気がつくころにはもはや何のことやら、わからなくなっている。それに抵抗していくらかでも活字にして残そうとするのだが、とても追いつかない。

 そんな中で久しぶりに目にしたのがガマガエルであり、イボガエルという懐かしいワードだった。
 ツチガエルも広い地域で「イボガエル」と呼ばれてきた。しかし、ヒキガエルと比べたら、大人と子どもくらいの体格差がある。ツチガエルは体長5cmほどだから、15cmにもなるヒキガエルと間違えようがない。残念なのはツチガエルも、それによく似たヌマガエルもしばらく見ていないことである。


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左 :ツチガエルにも「イボガエル」のあだ名がある
右 :ツチガエルによく似たヌマガエル。おなかを見せてもらわないと、どちらなのかよくわからない


 カエルとくればいくつも思い出すこと、気になることがあるが、最近よく考えるのは農業とカエルの関係だ。
 20世紀の終わりごろに読んだ論文には、日本に生息するカエル類の7割は田んぼに依存した生活を送っているとあった。しかしその後も圃場整備や耕作放棄が進んで、すみにくい環境になっていることは明らかだ。わが家の周辺に限れば、二十数年前から、アマガエルしか見ていない。

 その論文にはたしか、こんな調査結果も記されていた。
 ――ツチガエルは夏の間、カメムシなどをよく食べるが、秋になるとアリに主食を変更する。ところがヒキガエルはずっと、アリを中心に食べている。
 あの図体のデカいヒキガエルがアリに頼る生活をしている?
 素朴な疑問を抱いた。アリを食べるのは自由だが、食欲を満たすとしたら、相当な数のアリを捕まえなければならない。それがなんとも不思議に思えたのである。


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左 :近所で苦労せずに見られるのは、アマガエルだけになった。さびしいが、1匹でもいるとうるさいくらい大きな声で鳴く
右 :アリの群れ。これくらい集まっていれば食べ応えもあるかもしれないが、大きな体のヒキガエルのおなかを満たすのは大変そうだ


 ヒキガエルの成体を数年にわたって飼育した。そのときの経験からすると、ヒキガエルはどんくさい。
 もともとはハウスの中に入り込んで、蛾の幼虫を食べていた。それならと「ヒキガエルハウス」と称したプランターを住まいとして提供し、菜園にやってくるカメムシやコガネムシ、たまたま目にする根切り虫、青虫などを与えた。何もないときには申し訳なく思い、ダンゴムシやワラジムシを食べてもらうことにした。

 しかし、獲物が動かないと、それがえさであることに気づかない。
 気がついても自分の体の上に乗られたり、体の下に入り込んだりされると、舌を伸ばしたり、股の下をのぞいて捕まえるといった器用なことはできない。目の上に乗られるようなことがあっても、あしを伸ばして追い払うこともしない。 目をパチクリ するようなしぐさでも見せれば、まだいい方だ。たいていはされるまま、じっとしている。
 カエルが長い舌を伸ばしてハエを捕るような絵を見る機会も多いが、ヒキガエルについていえば、幻想に近い。捕獲しようという意欲でも感じさせれば上出来だが、狭い容器の中でも捕まえる確率はきわめて低い。
 もっとも、きちんとした実験計画を立てて検証したものではない。だから、わが家のカエルどんがたまたま鈍かっただけだといわれたら、反論はしない。
 そんなヒキガエルがアリを常食しているとしたら、巣をねらうのだろうか。


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左 :ヒキガエルの目の前に小さなカメムシがいるが、動きがないと気づけない
右 :上陸間際のヒキガエルの幼体。遠くを見て、どこを活動エリアにするのか考えているようでもある


 半世紀前の調査報告によるとヒキガエルは、尾が消えて上陸した年の秋には、自分が行動するエリアを決めている。そしてその後はあまり移動することなく、そこで暮らす。つまりヒキガエルは、旅行嫌いの生き物であるようだ。
 わが家では何度もヒキガエルのオタマジャクシを飼った。庭に置いた水槽で飼い、ふたはしていなかった。それで幼体となって上陸したあと、何割かはわが家にすみつき、野菜づくりの害虫になるものを駆除してくれていたようである。
 と思いたい。

 だが実際には2匹しか見ていないから、何年もの間に、何者かの餌食にされたのだろう。小さいうちはトカゲやカナヘビ、鳥、カマキリ、ヘビなど、天敵になるものも多い。生き延びるのは容易でないのだ。
 自然界で生き抜くのが難しいのは、ヒキガエルに限ったことではない。だからそれは考えないことにすると、遠出をしないヒキガエルなら、家に居ついて害虫退治をしてもらいたい。
 芋虫・毛虫・カメムシの類は積極的に退治してほしい。そしてできれば、ハエや蚊もやっつけてほしい。
 野菜が少しばかりかじられるのはまだ許せるが、我慢できないのは蚊だ。アリが好みなら、似たようなサイズなのだから、蚊をどんどん食べてほしい。
 しかしそれは、ニンゲンの身勝手というものだろう。あの鈍い動きから想像するに、はねを持つ蚊を捕えるのは難しいと思われる。だから超高速飛行を得意とするハエをキャッチするなんて、夢のまた夢のような気がする。期待しない方がいいだろう。


 ――ハエは、はえー(速い)というからなあ。
 それこそ半世紀ほど前にはやった、おやじギャグ的なせりふを思い浮かべながら新聞を読んでいると、「カフェインでハエを退治!?」という見出しの記事が目についた。
 なんとまあ、コーヒーなどに含まれるカフェインでハエ退治ができるかもしれないという内容だった。
 新たな授粉昆虫として注目されているヒロズキンバエにカフェイン入りの砂糖水を飲ませたら、カフェイン濃度0.5%以上だと1週間以内にほとんど死んでしまったという。


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左 :羽化したばかりのヒロズキンバエ。コーヒーを飲むと、そのうち死んでしまうそうだ
右 :新たな授粉昆虫として期待のかかるヒロズキンバエ。作物の得手不得手があるようだが、ミツバチの代わりになってほしいものだ


 ハエの特別な友達はいないのだが、ヒロズキンバエとは多少のお付き合いがある。さなぎをハウス内に置き、羽化した成虫の働きぶりを観察したことがあるからだ。
 キンバエとあるように、見ようによってはなかなか美しい。ヒロズキンバエはクロキンバエ、ミドリキンバエ、ヒツジキンバエと並ぶキンバエ類の代表種らしいが、ふつうの生活でそれらを見分ける必要性は感じない。それらしいハエが飛んでいたら、キンバエの仲間がいるようだなと思えばいいだろう。
 ヒロズキンバエは本来、動物の死がいなどに寄りつくハエだ。台所の生ごみも発生源になるらしいが、都会では生ごみにへばりつく姿を見ることはまれだろう。「護美箱」と書いたごみ箱をよく見た時代には、その周辺によく、たかっていた。魚屋さんにも天井からハエを捕るためのリボンがつり下がっていて、黒っぽくなっていた。
 そのハエがヒロズキンバエだったのかどうか知らないが、その当時の人々はまさか、ハエが農業の手助けをするようになるとは思いもしなかっただろう。念のために言い添えると、授粉用に販売されるのは無菌状態で育ったものなので、バイキンの心配はない。


tanimoto144_8.jpg それはさておき、カフェインだ、コーヒーだ。機会があれば試してみたいが、濃度0.5%で効果があるとは驚いた。
 コーヒーを飲ませようとしてうまくいかなかったのが、クモである。クモが飲むと、でたらめの網を張るという話が生き物本にはよく紹介されている。
 さればとて飲ませようと何度か試みたのだが、うまくいかない。今回のハエコーヒー(とは言わないようだが)でも、飲ませ方が当面の課題だそうだから、ちっとは知恵を絞らないとハエに笑われそうである。うるさくまとわりつくだけでなく、ついでに笑われたのではニンゲンのメンツにかかわる。
 ともあれ、カエルの話からハエにたどりついた。自然界の生き物はやはり、みんなどこかでつながっているんだね。
右 :けっこうなデザイン感覚だと思うのだが、コーヒーを飲ませたらどんな作品になるのか興味深い

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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