サツマイモ基腐病菌の新しい検出・同定技術
2025年01月16日
はじめに
サツマイモは青果用、でん粉用、アルコール(焼酎)用、加工用を目的として栽培されている。令和5年度の全国の作付面積は3万2300haであり、茨城県、千葉県、宮崎県および鹿児島県に大きい産地を形成している。
2018年に沖縄県で、国内未発生であったサツマイモ基腐病の発生が確認され、病害虫発生予察特殊報が発表された。2024年6月までに35都道府県で発生が確認されている。サツマイモ基腐病は、日本では未発生だったこと、近縁の病原菌が引き起こす乾腐病と症状および菌の形態的特徴が似ており、発生した病気が基腐病であることの診断技術の確立が求められていた。
本稿では、サツマイモ基腐病菌の検出および同定できるリアルタイムPCRを用いた遺伝子診断法について紹介する。
サツマイモ基腐病菌について
サツマイモ基腐病は、カビの一種(学名:Diaporthe destruens) の感染によって起こる病害である。最初に、サツマイモ生育期の茎の地際部が、暗褐色から黒色に変色する(写真左)。その後、葉が赤変もしくは黄変して、生育不良となり、最終的には株が枯死する。
また、地上部の枯死だけでなく、基腐病菌は地下部へも進行し、塊根(イモ)でも発病を引き起こす。塊根での症状は、外観がやや黒変し、内部は褐色から暗褐色に変色・腐敗し、独特の臭気を放つ(写真右)。収穫時に健全な見た目であっても、貯蔵中に病気が進行することもある。茎や塊根の発病部表面に、柄子殻(へいしかく)と呼ばれる組織を形成し、その中に形成される胞子が水に流され近隣株へと拡大する。
写真 サツマイモ基腐病の症状
(出典 サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和3年度版)を改変)
リアルタイムPCRを用いた基腐病菌の検出
サツマイモに生じた症状が基腐病であると診断することは、初期対応や発生地域の拡大阻止のため重要である。従来の診断技術は、病気の発生した植物組織から菌を分離・培養し、菌の形態を顕微鏡観察するなど、2週間程度の時間を必要としていた。
基腐病菌の遺伝子診断法として、海外ではコンベンショナルPCRによる方法が報告されているが、その方法ではサツマイモ乾腐病菌(学名:Diaporthe batatas)を基腐病菌と誤診してしまうことが明らかとなっていた。
そこで、発病茎、発病塊根から分離された基腐病菌と乾腐病菌およびNCBIデータベースに既に登録されている両菌のrRNA遺伝子の塩基配列を比較し、基腐病菌を特異的に検出できるPCRプライマーを設計した。これを用いたリアルタイムPCRの条件設定を行い、基腐病菌を高感度に検出できる手法を確立した。この方法では、サンプリングから結果を得るまで、最短1日で診断が可能である。リアルタイムPCRによる診断は、以下の3工程から成る。
(1)病斑組織の前処理とサンプリング
発病部位は茎の地際部や塊根であるため、土壌が付着していることが多く、DNA抽出やPCR反応の阻害要因となるため、水道水で洗う。茎の場合は病斑部を含む5~10mm、塊根の場合は病斑部を含む塊根表面を7mm角四方の大きさで切り出し、磨砕する。
(2)DNA抽出
サツマイモ組織の磨砕物から全DNAを抽出する。可能であれば、市販のDNA抽出キットを使用すると、作業が楽で、短時間かつ効率的に行える。
(3)リアルタイムPCR
抽出したDNAを鋳型として、リアルタイムPCRを行う。リアルタイムPCRに使用する機器および試薬については、各社から販売されているが、組み合わせによって検出感度が変わるため、診断を開始する前
に確認する必要がある。筆者らは、機器はQuantStudio5リアルタイムPCRシステム(Thermo FisherScientific社製)、試薬はTB GreenPremix Ex Taq II(Tli RNaseH Plus)(TaKaRa社製)を用いている。
PCRプライマーの塩基配列およびリアルタイムPCRの工程条件は図1の通りである。実験には、陽性対照として基腐病菌のDNA、陰性対照として健全サツマイモの茎または塊根由来のDNAを供試する。リアルタイムPCRの結果から得られた発病試料のCt値およびTm値について陽性対照と比較して、判定を行う。
図1 サツマイモ基腐病菌の検出・同定のためのPCRプライマーとPCR処理工程
リアルタイムPCRによる検出精度と検出限界
基腐病菌と乾腐病菌および近縁の糸状菌について、各菌のDNAを用いてリアルタイムPCRを行ったところ、基腐病菌のみで特異的な反応があり、乾腐病菌および近縁の糸状菌では反応しなかった(図2)。融解曲線分析によって得られるTm値( 融解温度) は86.9( ±0.4)であった。また、リアルタイムPCRの検出限界(下限)は0.0005ng/μLであり、菌量に換算すると、100個の胞子から抽出したDNAの量で検出可能である。
図2 リアルタイムPCRによる基腐病菌の特異的検出
D.batatas:乾腐病菌、 D.destruens:基腐病菌
D.gardeniae, D.nobilis, D.santonensis, P.asparagi, P.cucurbitae, P.fukushii, P.macrospora, P.velata, P.vexansは近縁の糸状菌。
コンベンショナルPCR
リアルタイムPCRの機器は高額であるため、機器を保有していないところも多いと思われる。そこで、リアルタイムPCRと同じプライマーおよび条件を用いたところ、コンベンショナルPCRで基腐病菌に特異的な増幅産物を確認できた。リアルタイムPCRの機器を備えていない場合でも本手法が活用できる。
おわりに
サツマイモ基腐病は、南九州の産地で多発しており、被害も甚大であることから対策に苦慮している。発生地域での診断、防除対策、未発生地域への拡大防止のため、本法による検出・同定技術が活用されることを期待する。
農研機構では、本成果を取りまとめた「リアルタイムPCRによるサツマイモ基腐病菌の検出・同定技術標準作業手順書」を公開しており、ホームページから会員登録することで入手できる。
本研究は、農研機構、宮崎県、鹿児島県、沖縄県によるコンソーシアムで実施したイノベーション創出強化研究推進事業「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」(2019~2021年)の中で実施した。
執筆者
農研機構 九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 畑作物・野菜栽培グループ
上級研究員 井上 博喜
●月刊「技術と普及」令和6年9月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載