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AIを活用した土壌病害発病ポテンシャルの診断技術の開発

2024年12月03日

はじめに
 土壌伝染性の農作物の病害(土壌病害)は難防除病害であり、多くの生産現場では土壌消毒剤が画一的に使用されているケースが多い。このため、実際には必要がない圃場にも消毒剤が使用され、過剰な作業労力や農薬代などが生じている。
 土壌消毒剤の使用を低減しつつ、効率的に土壌病害を管理するためには、栽培前に圃場の「土壌病害の発生しやすさ」(=発病ポテンシャル)の程度を診断・評価し、その程度に応じた対策手段を講じる管理法(ヘソディム)が有効である。
 農研機構と株式会社システム計画研究所は、13の公設試験研究機関、1大学および民間企業2社との共同で、土壌分析や栽培状況等を基に、圃場ごとに発病ポテンシャルの程度をAIで診断し、結果に応じて適切な対策技術を提示するアプリ「HeSo+」(ヘソプラス)を開発した(図1)
 HeSo+は、過剰な土壌消毒剤の使用を回避できるなどの低コストで効率的な病害管理に活用でき、ヘソディムの普及に役立つツールである。本稿では、HeSo+の概要、導入の留意点などについて紹介する。


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図1 HeSo+のトップ画面


HeSo+の概要
 HeSo+は、圃場単位で発病ポテンシャルを診断し、診断結果に応じて対策手段を講じる土壌病害管理法(ヘソディム)の普及に活用してもらうために開発されたAIアプリである。HeSo+では、10種の作物病害(キャベツ、ブロッコリーおよびナバナ根こぶ病、ネギ黒腐菌核病、ハクサイ黄化病、キク半身萎凋病、タマネギべと病、ショウガ根茎腐敗病、トマトおよびショウガ青枯病)のそれぞれを対象に、AIが圃場の条件に応じて発病ポテンシャルを診断し、診断結果に応じて推奨する対策法が示される。

 HeSo+に搭載されている発病ポテンシャルを診断するAIは、全国の現地圃場の実証試験区から収集された合計7328件のデータセットを用いて開発されており、その各作物病害に対する正確度(発病ポテンシャルのレベルに応じた対策を行って防除が成功した割合)は、およそ7~8割の範囲であり、実用可能な水準となっている。


 HeSo+の使い方の手順としては、ユーザーが発病ポテンシャルを診断する対象圃場をマップ上から選定するとともに診断対象の病害を指定すると、その圃場に適した発病ポテンシャル診断項目が提示される。

 入力する診断項目には、土壌の分類群、pHなどの土壌理化学性情報のほかに、前作や周辺圃場での対象病害の発生程度、土壌中の病原菌密度などがあり、それらの中から対象病害や圃場に適した項目が提示されるようになっている。
 提示された項目に対して実際のデータを入力すると、対象圃場における発病ポテンシャルが3段階のレベル(低:レベル1~高:レベル3)が診断結果として示され、マップ上でも色分けでポテンシャルレベルが識別できるようになっている(図2、3)

 また、各発病ポテンシャルレベルに対応した対策技術も提示されるようになっており、その際には、ユーザーの志向性や目指すゴール(①例年どおりの収量確保を最優先とする場合、②増収増益を最優先とする場合、③生産物の高付加価値化を最優先とする場合、④圃場の持続的利用を最優先とする場合)別に最適な手段を提示するようになっている。


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図2 HeSo+の利用フロー概略


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図3 HeSo+の発病ポテンシャル診断の入力画面例(左)とマップ上での圃場の発病ポテンシャル診断結果の表示画面例(右)

 診断結果の表示画面例(右)では、発病ポテンシャルレベルが3と判定され、圃場が赤色枠で囲われて示されている。また発病ポテンシャルの自信度(AIがどの程度の確度で結果を導き出しているかの指標)の程度が★の数で表示される(図では★2つ=中程度の自信度)。


 さらに、HeSo+の診断結果に基づき、実際に行った病害管理の結果を入力するフォローアップ機能が実装されており、これらのデータを学習用データとして利用し、AIの性能を向上することができるようになっている。
 HeSo+のその他の機能として、圃場で発生した病害の症状の写真撮影機能や、病害発生箇所の記録機能なども付属している。


HeSo+の期待される利用形態
 HeSo+は、販売代理店のHeSoDiM普及推進協議会で販売されており、多くの関係者による利用を通じて土壌病害の管理に役立ててもらいたいと考えている。具体的には、生産者と指導者が一緒になってHeSo+を使って対象圃場の発病ポテンシャルを診断し、診断結果を基に病害対策の方針や意思の決定に活用してもらいたい。
 これまでに、ブロッコリー圃場での根こぶ病の対策指導を行っている指導者がHeSo+を試用した結果では、HeSo+による診断結果に基づいた対策が成功したことに加え、本アプリを通じて生産者と密に病害管理方針の協議ができ、両者で円滑な合意形成が図れる効果があったとの評価が得られている。
 このように、HeSo+は、生産者と指導者との間の土壌病害管理に関するコミュニケーションツールとして有用である。


HeSo+導入の留意点
 上述のプロジェクト研究で開発したHeSo+の利用にあたっては、予めAIの長所・短所を十分に理解した上で利用をしてもらうことが重要である。一般にAIは、データの複雑な組み合わせや微妙な兆候を捉えたり、人が気付かない特徴を探し出すことができる利点があるとされているが、その一方で、AIの性能はデータの質・量に依存し、データの中からしか学習できず、特殊な事例を見逃すことがあるなどの欠点もある。
 すなわち、AIは決して万能なものではなく、あくまでも道具の一つとして上手に使いこなすものであるという前提で利用することが重要である。HeSo+の利用においては、発病ポテンシャルの診断結果にそのまま従うということはせずに、診断結果を参考に、ユーザー自らが、最終的な病害対策の判断・意思決定を主体的に行うことが大切である。こうした点に留意してHeSo+が多くの関係者で活用され、効率的な土壌病害管理の普及が図られるようになることを期待したい。
 なお、本稿で紹介した研究は、農林水産省の委託プロジェクト研究「AIを活用した土壌病害診断技術の開発」(JP17935468)において行ったものである。


●参考
HeSoDiM-AI普及推進協議会


執筆者
農研機構 植物防疫研究部門 作物病害虫防除研究領域 病害虫防除支援技術グループ
グループ長 吉田 重信


●月刊「技術と普及」令和6年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載