エッジ効果を利用した色彩誘引捕虫シート
2024年10月18日
はじめに
色彩誘引捕虫シート(以下、捕虫シート)は、害虫を視覚で誘引して捕殺する物理的防除資材で、コナジラミ類やアザミウマ類といった微小害虫対策として広く普及している。
ここで紹介する捕虫シートは、"エッジ効果"という現象を利用して誘引性能を向上させたユニークな製品であり、「みどりの食料システム戦略技術カタログ(Ver.3.0)」にも掲載されている。
エッジ効果とは
最近の研究から、昆虫が視覚を使って何かに接近するときには、目標物付近の明暗差や色彩差等の視覚コントラストが目印として重要な役割を果たすことが明らかになってきている(弘中・針山、2014)。
例えば、コナジラミ類はとても小さいので、私たちにはやみくもに飛翔しているようにしか見えないが、よく観察すると、目標に到達する直前で着地姿勢をとっていて、目標に対してコントロールされたアプローチをしていることがわかる(写真1)。
写真1 コナジラミ成虫の目標への飛翔・着地
右側の黄色板を目標物として、自由飛翔させたオンシツコナジラミを60分の1秒ごとに撮影した画像を合成したもの。直前で着地姿勢をとっていることから、目標物を視認していることがわかる。
さらに、捕虫シートに誘引されたコナジラミ類の着地位置を調べてみると、誘引色外ではほとんど捕獲されておらず、誘引色上の周辺部に多い傾向が見られる(図1)。
この視覚コントラストの境界付近に集まるように見える現象は「エッジ効果」と呼ばれていて、誘引色と背景で作られる視覚コントラストが着地の際の目印として使われていると考えられる(八瀬、2018)。
図1 捕虫シート上のコナジラミ類成虫の捕獲点
ドットが捕獲点を示す。
黄色部:10×10cm、外辺透明部:20×20cm。
新しい色彩捕虫シートの開発に取り組む
視覚コントラストがエッジ効果を生じさせ、このことを利用すれば捕虫シートの誘引性能の向上が期待できる。理屈としてはそうなのだが、防除資材としてどういう仕様にすればよいのだろうか?
エッジ効果を重視すると誘引色部分が減るので、単位面積あたりの捕獲虫数が減る。かといって誘引色部分を大きくすると捕獲虫数が少ないスペースが増えて、やはり単位面積あたりの捕獲虫数が減る。さまざまなアイデアが試されることになった。
「ラスボスRタイプ」の誕生
そういう試行錯誤を経て開発されたのが図2の捕虫シートである。
誘引色は、コナジラミ類やアザミウマ類などの微小害虫に対して汎用性の高い黄色を採用しており、エッジ効果をもたらす視覚コントラストとして濃淡を付けた緑色のひし形模様が26個印刷されている。
この模様は捕虫面の片面だけ印刷されていて、反対面は透過光でエッジ模様が透けて見えるようになっている。サイズは現在普及している捕虫シートの一般的な大きさ(260×115mm)で、模様の色彩と数は捕虫効率において最適化が図られており、従来の単色タイプとの比較では、1枚(両面)あたりの捕虫数がコナジラミ類で約1.6倍向上している。
図2 新型色彩捕虫シート(特許取得済)
製品版の仕様。両面が捕虫面になっているが、模様は片面のみに印刷されている。
コナジラミ類に対する防除効果
トマトハウスにおいて、2㎡あたりに捕虫シートを1枚設置(2㎡/枚)した条件(写真2)でコナジラミ類の防除効果を調べた結果では、対照ハウス(モニタリング用に16㎡あたり1枚設置)と比較して栽培期間中発生が少ない状態が安定して続き、幼虫数は約4分の1に抑制された(図3)。
写真2 トマト施設における捕虫シートの設置
2㎡あたり1枚相当の設置。
図3 色彩捕虫シートによるコナジラミ類密度抑制効果
設置2カ月後、各区30株、地上1m付近の任意の単葉に寄生する幼虫数の平均値。*p<0.01(t-test)
おわりに
この「ラスボスRタイプ」は、共同開発者である大協技研工業株式会社が製造しており、種苗店等を通じて容易に入手可能である。単色の資材では、設置場所の背景によって害虫にとっての視覚コントラストが異なってくるため、誘引性に差が生じるおそれがあるが、「ラスボスRタイプ」は視覚コントラストを独自に備えているので背景の影響を受けにくく、発生量モニタリングのような安定した誘引性が求められる場面にも適していると考えられる。
化学農薬をはじめ、天敵、防虫ネット、光照射、忌避剤等他の防除手段と干渉しない資材であることから、さまざまな資材との体系的な利用も期待される。
なお、これら一連の研究・開発に関しては、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人:生研支援センター)を活用させていただき、浜松医科大学および大協技研工業株式会社と共同で実施したものである。
〈参考文献〉
・ 弘中満太郎・針山孝彦(2014)昆虫が光に集まる多様なメカニズム、応動昆 58:93-109.
・ 八瀬順也(2018)施設微小害虫の色彩誘引の特徴と色彩トラップの利用、植物防疫72:107-111.
執筆者
元 兵庫県立農林水産技術総合センター
主席研究員 八瀬 順也
●月刊「技術と普及」令和6年7月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載