アミノ酸バランス改善飼料による牛排せつ物由来の温室効果ガス削減
2024年10月07日
■はじめに
平均気温の上昇による農業気象災害の被害は増加しており、農作物の収量等に影響を及ぼす集中豪雨や台風の規模も大きくなっている。その原因の一つである温室効果ガス(以下、GHG)の中でも特に一酸化二窒素(N2O)の温室効果は、IPCC第4次報告書によると二酸化炭素(CO2)の約298倍と言われており、特に対策が必要である。
家畜ふん尿由来のGHGは主にN2Oと言われており、飼料中のタンパク質量を減らし家畜への摂取量を減らすことでN2Oを削減できるが、タンパク質量を減らすと生産性が低下する。一方で、豚や鶏では、タンパク質量を減らし不足するアミノ酸であるリジンとメチオニンを添加すれば、生産性を維持できることが実証されている。
そこで、当センターでは、ホルスタイン種去勢牛にCP含量を慣行飼料に比べて2%低下させた飼料を給与した際の堆肥化時に発生するGHGの調査と、県内肥育牛農家で飼養しているホルスタイン種去勢牛にCP含量を2%低下させ、アミノ酸であるリジンとメチオニンを添加しアミノ酸のバランスを整えた飼料(以下、アミノ酸バランス改善飼料)を給与した際の枝肉重量など経済性の調査を実施した。
■堆肥化試験の概要
(1)方法
当センターで飼養する月齢がそろったホルスタイン種去勢牛を2群に分け、試験区と対照区を設置した。
試験区は慣行飼料と比較してCPを2%低下させた飼料を給与する4頭、対照区は慣行飼料を給与する4頭とした。
給与飼料は、平成30(2018)年11月から平成31(2019)年3月が肥育前期飼料(6~10カ月齢)、4月は飼料切り替え時期とし、令和元(2019)年5月から11月まで肥育後期飼料(12~19カ月齢)を給与した。肥育牛は19カ月齢で出荷し、両区の肥育成績を調査した。
肥育前期の16日間および後期の12日間の飼養後に、敷料のオガクズとふん尿混合物を搬出し、約8㎥の小型ビニールハウスのガスチャンバー内に、前期試験では搬出量の80%、後期試験は全量を堆積発酵させ1~2週間に1回切り返しを行い、マルチガスモニターを用いてガスチャンバー内の空気中に含まれるGHGを測定した。
堆肥化試験は、前期が平成31(2019)年1月28日~4月1日の64日間、後期が令和元(2019)年5月27日~7月29日の64日間実施した。
(2)結果と考察
前後期64日間(計128日間)の堆肥化中に発生したN2O およびCH4は、地球温暖化係数である298(N2O)および25(CH4)を乗じて算出したところ、1日1頭当たりのGHG排出量は、試験区が約3.4kg/日に対して対照区が約7.1kg/日と約52%削減された(図)。
(kg/(頭・日))
図 ふん尿の堆肥化時に発生する1日1頭当たりのGHG発生量(CO2換算kg)
排出量のうち試験区では約89%、対照区では約99%がN2O由来だった。
N2O発生量を見ると、肥育前期試験では試験区の方が対照区に比べて大きく減少していた。肥育前期試験は11月から3月と冬期に実施しており、当センター最寄りのアメダス(黒磯)では、当時の日平均気温は1・1~10・1℃と低かった。アンモニアが硝酸に酸化される硝化反応および硝酸、亜硝酸が窒素に還元される脱窒反応は20~30℃で速やかに反応が進むと言われており、堆肥表面は冷えており硝化反応が進みにくく、堆肥内部は温度が高いが空気は少ないことからアンモニアが硝酸ではなく亜硝酸までしか硝化が進まず、堆肥内部に亜硝酸が多く蓄積していることが考えられた。そのため、亜硝酸の多くが一酸化二窒素になり排出量が多くなったと考えられた。
堆肥化中の温度変化は、前期試験が後期試験に比べて低く推移しており、前期試験は冬季の試験であることから、堆肥内部で発生した熱が放冷されたことが考えられた。
堆肥化中の無機態窒素(アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素および硝酸態窒素)は、前期試験および後期試験ともに試験区の方が対照区より少ない傾向が見られた。特に、対照区の亜硝酸態窒素は、前期試験では堆肥化して16~40日目ごろ、後期試験では堆肥化1~8日目ごろに高い傾向が見られた。
肥育期間中の体重、体高および胸囲を測定したところ、両区に差は見られなかった。また、出荷後に肥育成績を調査しt検定により評価したところ、枝肉重量、ロース芯面積等全ての項目で優位な差は認められなかった。以上から、慣行飼料よりCPを2%低下させた飼料を給与することで、堆肥化中に発生するGHGを削減することができ、併せて肥育成績に影響は見られないことが明らかになった
■農場における現地実証肥育試験の概要
(1)方法
栃木県内のホルスタイン種去勢牛を肥育する農場(以下、農場)で12.3カ月齢のホルスイタイン種去勢牛を2群に分け、試験区と対照区を設置した。試験区はアミノ酸バランス改善飼料を給与する18頭、対照区は慣行飼料を給与する18頭とした(写真1、2)。試験期間は、令和2(2020)年9月から令和3( 2021)年4月まで肥育試験を実施し、令和3(2021)年3~4月(19~20カ月齢)に出荷した。
(2)結果と考察
農場での試験開始時の平均月齢と試験中の体重の変化は、両区で差は見られなかった。また、枝肉格付けの成績についても両区で差は見られなかったことから、アミノ酸バランス改善飼料を給与しても増体や枝肉成績には影響しないことが確認された。
■農場の今後の経営展開
本試験の結果を受けてこの農場では、牛舎1棟(ホルスタイン種去勢牛128頭)でアミノ酸バランス改善飼料の給与を引き続き行い、生産された牛肉の一部を直売している。
また、GHGの排出量が少ない堆肥生産を行い、生産した堆肥は地域の圃場に施肥し、牧草やWCSなどを生産している。生産したこれらの粗飼料は、牛の飼料として給与し、資源循環型農業を構築している。
この農場では、今後も地域の農業に貢献できる資源循環型の農業経営に向けた取り組みを進めていく。
なお、本成果は、農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究「農業分野における気候変動緩和技術の開発」における「畜産分野における気候変動緩和技術の開発」によるものである。
執筆者
前 栃木県畜産酪農研究センター 主任研究員
福島 正人
●月刊「技術と普及」令和6年6月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載