水田の中干し延長によるメタン排出量の削減
2024年06月27日
はじめに(技術の概要と効果)
2023年3月、J-クレジット制度「水稲栽培における中干し期間の延長」の方法論が成立した。本方法論では、中干し期間を、その水田における直近2カ年以上の実施日数の平均より7日間以上延長し、所定の審査を受けることによって、削減量分の「クレジット」の認証を受けることができるものである。本稿では、この中干し延長技術の概要とその効果および導入の際の留意点について紹介する。
水田は温室効果ガスであるメタンの排出源
温室効果ガスというと二酸化炭素を思い浮かべるかもしれないが、他にも主要な温室効果ガスとしてメタン、一酸化二窒素、フロン類などがある。メタンは二酸化炭素に次いで排出量が多い人間活動に由来する温室効果ガスであり、同じ質量当たりで100年間の積算温暖化効果を比べると、水田由来のメタンは二酸化炭素の27倍と試算されている。水田はこのメタンの主要排出源であり、その排出量削減は、現在、喫緊の課題となっている。
水田におけるメタンの生成と放出
水田において、メタンは田面に水がある湛水状態の土壌中で生成され、大気中に放出される(図1左図)。メタンのもととなるのは、土壌中にすき込まれたわらなどの有機物である。土壌中に酸素がない状態で有機物が微生物によって分解されると、メタンは生成される。メタンは土壌表面から気泡として放出されるものもあるが、イネの中を通って出てくるものが多い。
一方、中干しにより田面水を落として水田を非湛水状態にすると、メタンの生成は止まり、放出量は急激に減る(図1右図)。土壌中に酸素を含む空気が入り、有機物はメタンではなく二酸化炭素に変換されるようになるからである。
図1 湛水時と落水時のメタン(CH4)、二酸化炭素(CO2)、酸素(O2)の動き。田面水があると酸素は土壌に入らず、土壌中でメタンが生成される。田面水がなくなると土壌中に酸素が入り、有機物は二酸化炭素に分解され大気に出ていく
中干しはメタン生成を抑える
酸素があれば二酸化炭素に、なければメタンになる、ということは、土壌中に酸素を送り込めばメタンの生成は防げるということである。中干しは栽培期間中、幼穂形成期前に水田の水を抜いて土壌を乾燥させる作業であるが、この中干しは土壌中に酸素を供給する。中干しは、多くの場合、根の発達を促し、根腐れを防ぎ、過剰な分げつを防ぐために実施されるが、それに留まらず、メタン生成も抑えることができるのである。
中干しは土壌中の空間にたくさん空気を入れるという直接的な効果もあるが、土壌中の二価鉄やマンガンなどの成分が酸素と結合して酸素を保持することを促す効果もある。この土壌中の成分と酸素が結び付くのに十分な時間を与えることもまた、メタン生成を抑制するうえで重要である。
J-クレジットの方法論においては、直近2カ年以上の中干し実施日数に加えて、7日間の中干し延長を実施することが求められていることは最初に述べたが、この延長は土壌中の水を減らして酸素を含む空気を土壌に行き渡らせ、さらに鉄やマンガンが酸素と結びつくのを促し、中干しの効果を長く持続させることに極めて有効であるといえる。
導入の留意点
中干しの効果は圃場の排水性に強く影響を受ける。たとえば、排水性が良く中干しをしたら翌日には田面水がなくなってしまうような圃場と、排水性が悪く田面水がなくなりにくいような圃場では、土壌が十分に乾くまでの日数が異なる。
図2は日本各地の中干し時の田面の様子を撮影したものであるが、メタン削減のためには、上段の写真のように、土壌表面に小ひびが入った状態になることが望ましい。延長期間は7日間と決まっているが、もしこのように小ひびが入らないようであれば、少し中干し期間を延長することを検討していただきたい(ただし、砂質土壌など、土壌の質によっては小ひびが入らない点には留意する必要がある)。
図2 日本各地の中干し時の水田土壌表面の様子。上段の写真のように土壌表面に小ひびが入る状態が望ましい(ただし土壌の質によっては、ひびは入らない)
さて、中干し期間中に雨が降ったら1日目から再度カウントする必要があるかというと、必ずしもその必要性はない。たとえば雨の量が少なく排水性が良い水田であれば、田に水は溜まらず抜けていき、土壌中に空気が入るため、雨が降った日であっても中干しができた日としてカウントすることになんら問題はない。
一方、排水性が極めて悪い圃場に多量の雨が降り、湛水時のように田全体が冠水してしまった場合、土壌は一時的に酸素が欠乏した状態に戻ることになる。このような場合でも、J-クレジットでは7日以上の中干し延長を実施することは今のところ求めていない。とはいえ、延長すればメタン発生が抑制されることは事実であり、地球上のメタン濃度上昇抑制、温暖化速度の抑制には大いに貢献するため、作物生育に影響を与えない範囲において、中干し日数を伸ばすことをぜひとも検討していただきたい。
▼参考URL
水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル(環境にやさしい水田水管理)
執筆者
農研機構 農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 上級研究員
片柳 薫子
●月刊「技術と普及」令和5年11月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載