一酸化二窒素の発生を抑制する茶園の土壌管理技術
2024年06月24日
はじめに
茶のうま味の元となる遊離アミノ酸含量は、日本の緑茶の重要な品質指標の一つであり、また、アミノ酸以外にも、覚醒作用を持つカフェインや緑色を示すクロロフィルなどの窒素を含む成分も、茶の品質や嗜好性に関与する。このように、茶栽培において窒素は、収量・品質に大きく影響することから、慣行的に他作物と比べて多くの窒素肥料が施用されてきた。その結果、茶樹に利用されずに環境中に放出される窒素量が増加し、周辺水系の水質悪化や、温室効果ガスの一つでオゾン層破壊物質でもある一酸化二窒素(N2O)発生量の増加を招いた。また、茶園は、窒素施用量に対するN2O発生量が多い。日本国温室効果ガスインベントリ報告書によると、日本の全農地面積の1%に満たない茶園から直接排出されるN2Oは、全農地から発生するN2Oの十数%に達することから、茶園からのN2O発生量の削減は、日本の農地からのN2O発生量の削減において重要な意味を持つ。
本稿では、茶園土壌からのN2O発生量の削減と生産性を両立させる土壌管理技術「土壌の耕耘による土壌表面の有機物の適正管理」「硝化(硝酸化成)抑制効果を持つ石灰窒素の施用」の2つを紹介する。
茶樹由来の有機物の土壌への混和によるN2O発生量の削減
近年、乗用型管理機の普及に伴うせん枝回数の増加や、労働力不足による深耕回数の減少などを要因として、施肥位置である畝間に刈り落とされた枝葉(整せん枝残さ)が未分解のまま土壌の表面に堆積した茶園が増加している(写真1)。畝間に整せん枝残さが堆積した茶園は、枝葉に含まれている各種成分が茶樹に再利用されないだけでなく、肥料として与えられた窒素の利用効率が低下するとともに、N2O発生量が多くなるため、生産性と環境への影響の両面で好ましくない。
畝間の土壌表面に整せん枝残さが堆積しないようにするためには、施肥後に耕耘を深めに実施するなど、土壌と残さを混和する機会を増やすことが重要である。一方、すでに畝間の土壌表面に整せん枝残さが深く堆積してしまっている状態を解消するためには、深耕機を用いる必要があるが、深耕機は重量が重いために作業負荷が大きく、特に傾斜地茶園での作業は困難である。これに代わる土壌混和方法として、乗用型管理機に装着するロータリーカルチの開発(乗用ロータリ、写真2)やクランクカルチ機の爪の先の改良(改良カルチ、写真3)などを行った。これらの機械を用いた結果、残さが10cm以上堆積した茶園においても残さと土壌をうまく混和することができ、整せん枝残さが堆積した状態と比べてN2O発生量を少なくとも4割程度は削減できることが確認された(図1)。このような整せん枝残さと土壌の混和は、4~5年に一度か、整せん枝残さが10cm以上堆積したら行うことが望ましい。
写真3 爪の先を改良したクランクカルチ機
図1 土壌混和技術によるN2O発生量削減効果(対照は土壌混和無し)
石灰窒素の施用による茶園からのN2O発生量の削減
土壌から生成するN2Oは主に硝化過程や脱窒過程などの微生物活動によって生じる。硝化とは、アンモニア態窒素が硝酸態窒素へと形態変化する過程であり、この微生物の働きを抑制する資材を施用することによって、多くの作物でN2O発生量の削減効果が確認されている。茶園においても硝化抑制効果のある石灰窒素を施用することにより、N2O発生量を大幅に削減できることが複数の試験において確認されてきた(表1)。
表1 石灰窒素施用による茶園からのN2O発生量削減効果
石灰窒素で硝化を抑制することは、生産面でも良い効果が期待できる。まず、アンモニア態窒素は正の電荷を帯びているため、負の電荷を多く持つ土粒子や有機物に電気的な力で保持されやすく、根圏に窒素肥料成分が長くとどまる。また、茶樹は好アンモニア植物であるため、土壌中の窒素成分がアンモニア態の形で多く存在することは茶樹の生育にとって好ましい。さらに、土壌表面に枝葉を刈り落とした後に石灰窒素を施用することで、整せん枝残さの分解が促進される効果も期待できる。
ただし、石灰窒素は工業的に製造される肥料であるため、肥料の製造・流通工程も含めたライフサイクル全体での温室効果ガス排出量の削減効果を大きくするには、石灰窒素で代替する肥料種を、有機質肥料ではなく硫酸アンモニウムなどの化学肥料とすることが好ましい。
おわりに
近年、茶の価格の低迷などから省力化、低コスト化が求められている状況の中、本稿で紹介した技術は、生産者にとって作業負担やコストが増える可能性がある。そこで、生産者の温室効果ガス排出量削減へ向けた取り組みを後押しするために、環境直接支払交付金や、温室効果ガス排出権取引の枠組みで運用されているJ-クレジットなどの制度が整備されている。今後、これらの制度の活用を進めるためには、生産者だけでなく消費者も含めた社会全体の理解が不可欠である。
●参考URL
茶の生産性の向上と環境への配慮を両立する整せん枝残さ土壌還元技術マニュアル
執筆者
農研機構 果樹茶業研究部門 茶業研究領域 茶品種育成・生産グループ
グループ長補佐
廣野 祐平
●月刊「技術と普及」令和5年8月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載