低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法
2024年06月05日
■はじめに
野菜生産では、ネコブセンチュウや各種土壌病害による連作障害への対策として、クロルピクリンやD-D剤を用いた土壌くん蒸消毒や、フスマ等を用いた土壌還元消毒が行われているが、これらの消毒法では、深層部に病害虫が残存して消毒効果が不十分となることや、臭気の発生等によって住宅地周辺では処理しにくいなどの問題があった。
そこで、千葉県では、農業環境技術研究所(現農研機構農業環境変動研究センター)および日本アルコール産業株式会社と共同で、低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法を開発し、平成28年に現場の指導者向けマニュアルを作成した。ここではそのマニュアルの一部を紹介する。
■病害虫の防除効果について
低濃度エタノールによる土壌還元消毒では、エタノールの分解過程で微生物が爆発的に増殖し、土壌中の酸素を消費し尽くして、土壌が還元化することに加えて、高温、微生物の拮抗・競合、生成する酢酸などの有機酸や二価鉄などの金属イオン等の複合的な作用で病害虫を低減すると考えられている。直接的な殺菌作用は利用していないため、低濃度エタノールは、農薬ではなく、土壌還元消毒資材として取り扱われる。エタノールは水溶性なので、土壌の深層まで容易に浸透できることから、深い層までの効果が期待できる。
防除効果が明らかになっている病害虫は、ウリ科野菜のホモプシス根腐病やメロンの黒点根腐病、キュウリ・トマトのネコブセンチュウなどである(表1)。また、多くの一年生雑草に対する発芽抑制効果が確認されている。
表1 低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法により効果が確認された病害虫とその処理方法
■具体的な処理方法
必要な資材は表2のとおりである。エタノール資材は対象病害虫に応じて必要量を確保する。
表2 処理に必要な資材等(10a当たり)
(1)作業の流れ(液肥混入器を利用する場合)
①前日までに前作物の撤去後、耕耘して畝を崩し、圃場を均平にする。畝の高さが15cmまでであれば、後述する畝部分処理も適用でき、畝を残したままでもよい。黒ボク土や砂質土で水はけのよい圃場では、散布した希釈液が容易に抜けないよう前日までに50mm(50L/㎡)程度灌水し、土壌を十分湿らせておく。
②処理当日にエタノール資材を農薬用タンクへ投入し、規定の濃度になるよう液肥混入器の目盛りを合わせ、希釈液を灌水チューブで散布する(写真)。灌水チューブは、散布ムラを少なくするため、50cm程度の間隔に配置するのが望ましいが、頭上配管や地上配管の灌水パイプでも散布は可能である。散布後は、直ちに土壌表面を透明の農ポリフィルム等で被覆する。空気を入りにくくするために、フィルムの端を土中に埋める等の工夫をする。施設内では全体を密閉し地温を上昇させる。なお、真夏時は、高温により各種制御機器や灌水配管に悪影響を及ぼす可能性があるため、気温50℃を目安に換気を行う。
③処理期間は2~3週間で、終了後に被覆の除去・耕耘を行う。定植は、耕耘後1週間以上経過してから行う。酸っぱい臭いやドブ臭を感じる場合は、もう一度耕耘して、臭気がなくなるのを待って定植する。マメ科作物やイチゴでは障害発生事例があるため、耕耘から定植までの日数を2~3週間と長くとる。
(2)畝部分処理
キュウリやトマトのネコブセンチュウ対策等では、密度が高い畝部分のみ散布し、通路の散布を省略することで、エタノールの使用量をおよそ半分にすることができる。この場合、前作の畝上のみに配管した灌水チューブでエタノール希釈液を散布する。ただし、通路部分にも被覆が必要で、散布の前に圃場全体を被覆する。
処理後は、全面処理と同様に土壌の還元状態を解消するため耕耘する。通路にも畝から流れ落ちた散布液が浸み込み、太陽熱との組み合せで消毒効果が期待できる。ただし、通路の深層部分には処理効果が及ばないので、畝は前作と同じ位置に成形する。
■処理のポイント
(1)エタノールの量
エタノールの濃度は0・1~1%での処理が一般的である。室内実験によるエタノール1mLのネコブセンチュウに対する効果は、フスマ5g程度に相当することから、10a当たりに換算するとフスマ1tに対してエタノール200L(成分65%資材で288L)が相当量となる。
(2)処理時期
地温が高いほど消毒効果が高くなり、深さ30cmの平均地温が30℃以上ある期間に処理すると効果が高い。このため処理開始時期は、梅雨明けから8月上旬が望ましい。
(3)土壌表面の被覆
土壌表面の被覆は、空気中の酸素を遮断する、水やエタノールの蒸発を抑える、保温の3つの効果があり、土壌還元消毒には必須である。
(4)水量
水量により効果の得られる深さが異なるため(表3)、土壌病害虫の生息域(深さ)を考慮し散布液量を決める。黒ボク土の圃場では一般的に深さ約40cmの位置に硬盤層があり、作物の根や土壌病害は、深さ45cm程度の位置に留まっている。一方、砂質土圃場の地域では地下水位が数十cmと浅い圃場が多く、根の伸長が停止する地下水面付近が下限となる。
表3 千葉県内の主要土壌における消毒を行う深さ別の1㎡当たりの必要水量
■おわりに
低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法の資材費は、他の消毒法のものと比較すると高く、特に土壌くん蒸剤との差が大きい(表4)。
表4 各土壌消毒法の資材費
このため、現状では土壌くん蒸剤の代替としての利用は限定的である。しかし、農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに化学農薬の使用量を50%低減することが目標に掲げられており、土壌くん蒸剤の使用量削減が求められている。
今後、資材費のさらなる低減などにより、本消毒法の普及が後押しされることが望まれる。
●参考URL:
○低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法実施マニュアル
○低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒 実施マニュアル
執筆者
千葉県農林総合研究センター野菜研究室 室長
中村 耕士
●月刊「技術と普及」令和6年2月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載