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AIを活用した病害虫の画像診断アプリ

2024年05月30日

はじめに
 病害虫の迅速な診断には経験や知識が必要である。しかし、地球温暖化等による新規病害虫の発生や、法人経営における非熟練作業者の増加等に対応するため、ICT技術を活用した病害虫防除の効率化が期待されている。
 特に人工知能(AI)を用いた病害虫画像識別技術へのニーズは高く、AIの一つである深層学習(ディープラーニング)の活用が期待されている。しかし、AI学習用の画像が整備されていない、汎用的AIでは病害虫の高精度識別が困難である、使いやすいソフトウェアが存在しない、などの課題があった。
 これらの課題を解決して開発された「AIを活用した病害虫識別アプリ」を紹介する。


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病害虫被害画像の収集と識別AIの開発
 深層学習を用いた病害虫識別には、AIが学習するための教師データとして、大量の病害虫被害画像が必要となる。多種多様な学習用画像を収集するため、寒冷地から温暖地までの24府県で、4作物(トマト、イチゴ、キュウリ、ナス)の異なる環境、病害虫の画像を対象とした。さらに試験を実施する地域ごとに、問題となる病害虫約10種類程度を選定し、4作物で累計約90の作物部位・病害虫種を収集した。
 収集した画像には、対象とした作物や病害虫名、撮影部位、被害程度などの学習を行う際の正解情報や各種付帯情報を付与し、約70万枚の画像を教師データとして整理した。
 これらの画像を用いてAIの学習を行ったところ、病害虫被害画像では識別対象が類似していることや、画像中の識別対象が小さい場合がある等の特徴があるため、過学習(AIが学習データに過度に適応する)と呼ばれる問題が生じた。これは、試験データでは高い精度を示すものの、実際の圃場では識別精度が下がることを意味する。
 そこで、圃場での精度が高いAIを開発するために、画像を学習用と評価用に分け、それぞれに別の地域や圃場から収集したものを使用することとした。また、識別対象となる部位を抽出する人工知能と、抽出した部位に含まれる病害虫を識別する人工知能を組み合わせる等の工夫を行い、識別精度の向上に取り組んだ。その結果、病害で83.8%、虫害で88.6%の精度を達成した。


病害虫画像識別アプリとWAGRIを通じたAPIの提供
 開発した病害虫識別AIを活用し、スマートフォン向け病害虫画像識別アプリを開発した。アプリの画面は大きなアイコン、文字、背景色を使うことにより、明瞭に機能を区別でき、利用したい機能が一目でわかるようにした。
 アプリの初期画面(図1-1)で「画像を撮影する」を選択すると、アプリを用いて写真を撮影し、病害虫識別が行える。診断する被害画像は、識別対象となる葉や実などの部位ができるだけ大きくなるように撮影する(図1-2)。撮影が完了したら、識別対象が病害か虫害かを選択する(図1-3)。その後、対象となる作物、部位を選択し、識別を実行すると(図1-4)、診断結果が表示される。


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 :図1-1 アプリケーション初期画面
 :図1-2 診断対象画像


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 :図1-3 病害・虫害の選択画面
 :図1-4 病害識別結果


 識別結果の表示画面には、診断された病害虫に適用のある農薬を表示する機能や、過去の診断結果を閲覧する機能もある。これらの機能は、日本農薬株式会社から無償利用可能なアプリとして提供されている。
 さらに、農研機構が提供する農業データ連係基盤(WAGRI)からは、前述の4作物にジャガイモ・カボチャ等を加えた合計12作物の識別機能をWeb APIとして広く民間事業者向けに提供している。これにより、民間事業者が有する独自アプリケーションに病害虫識別サービスの導入が可能になり、開発費を低く抑えることで農業従事者へのきめ細かいサービスの展開が可能となる。


 WAGRI APIの活用事例の一つとして、スマート農業実証プロジェクトにおけるカボチャうどんこ病診断アプリケーションの開発がある。
 このプロジェクトでは、WAGRI APIを用いることで迅速な開発が可能となり、識別に必要な画像の取得方法や、識別結果の地図化アプリケーションの開発に注力することができ、ドローン撮影画像からカボチャうどんこ病の識別と地図化に成功した(図2)


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図2 カボチャうどんこ病識別システムによる診断結果の地図表示


おわりに
 本アプリは無償で提供されており、非熟練の農業従事者であっても迅速な病害虫診断が可能となる。これにより、適時防除による適切な農薬使用が可能となり、農薬使用量の低減や低コスト化、作業の軽労化が期待される。また、Web APIによる識別機能が提供されたことで、さまざまなアプリとの連携が可能となり、多様なサービスの展開が期待されている。
 ただしAIによる診断は撮影条件により正答率が下がる場合があるため、使用にあたっては注意が必要である。また、確定診断は、都道府県の病害虫防除所等へ相談する必要がある。


 本アプリの開発に採用した深層学習を用いた手法では、教師データの収集が最も重要である。そこで、WAGRI APIを利用して診断に供された画像を教師データとして活用することにより、継続的なデータ収集を可能とすることにも取り組んでいる。
 ただし深層学習を用いた画像識別で可能となるのは、あくまでそこに写っている被害をもたらしている病害虫が何であるかを、画像から識別するだけである。深層学習をはじめとする人工知能技術を用いて、識別の自動化、効率化は可能であるが、それは手段である。目的は病害虫防除の効率化や高度化であり、その結果、病害虫による被害と現場の負担が軽減することである。病害虫識別アプリや開発されたAIを営農体系の中でどのように活用するのか、更なる検討が必要である。


▼参考
レイミーのAI病害虫雑草診断
病害虫診断API


執筆者
前農研機構 農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域 農業環境情報グループ
グループ長
岩崎 亘典


●月刊「技術と普及」令和6年5月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載