提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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注目の農業技術



防除効果の高い、 新たな水稲種籾の高温温湯消毒技術

2024年04月08日


 水稲栽培において、60℃のお湯で10分間種籾を消毒する温湯消毒法は、農薬を使用しないクリーンな技術であるが、ばか苗病のように防除しきれない病害もある。一方で、モチ米のように種籾の高温耐性が低い品種には、温湯消毒法が適用できないとされている。したがって、温湯消毒法を安定して普及させるためには、多くの品種の種籾に高温耐性を付与し、防除効果の高い高温での消毒を実現できるようにする必要がある。
 筆者らは、温湯消毒前に種籾の水分含量を低下させておくと(事前乾燥処理)、高温耐性が著しく強化されることを見出し(図1)、通常より5℃も高い65℃で10分間消毒する高温温湯消毒法を確立した(図2)


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図1 事前乾燥処理をした種籾を68℃で10分間温湯消毒した時の発芽(富山県農林水産総合技術センターで試験を実施)


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図2 高温温湯消毒法の作業工程


事前乾燥処理の工程
 種籾の水分含量は通常14%前後であるが、これを10%以下に下げると事前乾燥の効果が見られ、7~9%まで乾燥させるとさらに高い効果があることがわかっている。事前乾燥処理は、乾燥機を用いて40~50℃程度で加温して行う。専用の乾燥機はまだ開発されていないが、筆者たちは実験室のガラス器具用の乾熱乾燥器を問題なく流用している。

 図3に「日本晴」の種籾を40℃と50℃で乾燥させた時の水分含量の変動を示した。40℃でも50℃でも8%程度までは急激に乾燥できるが、その後の水分減少は緩やかになり、50℃で72時間乾燥させても7%を大きく下回ることはなかった。7%を下回った種籾でも発芽能の低下は見られず、逆に温湯消毒時の高温耐性は強化された。乾燥処理時間は厳格に管理しなくても発芽に影響するような過乾燥にはなりにくく、むしろ十分に乾燥させた方が効果的である。
 水分含量は種籾の生重量と乾重量から算出しているが、生産現場で用いる市販の簡易型水分計では9%未満の水分含量を正確に測定できない。水分含量の目標は7~9%なので、9%の表示を目安に少し乾燥時間を長くすれば適切に乾燥できるだろう。
 なお、これらの作業は乾籾を使用することを前提としており、水分を多く含む収穫直後の籾についての処理条件は検証していない。


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図3 40℃および50℃で事前乾燥した時の「日本晴」の種籾の水分含量の変動


温湯処理条件
 温湯消毒法で高い防除効果を得るためには、少しでも高温で処理する必要がある。品種によっては、事前乾燥処理を行えば70℃を超える条件で10分間処理しても発芽率が90%以上となる場合がある。その一方で、そこまで高温耐性が向上しない品種もある。過去の報告によると、ばか苗病に対しては63℃以上での消毒が必要とされている。また、現在普及している温湯消毒装置の最高処理温度は65℃に設定されている。これらを踏まえて、事前乾燥処理を組み込んだ温湯消毒では「65℃・10分」の処理条件が適切であると考えた。
 この条件でモチ米や酒造好適米を含む主要な15品種の種籾を処理したところ、事前乾燥を行えば全ての品種で90%以上の発芽率を確保できることを確認した。以上のことから、事前乾燥処理により種籾の水分含量を10%以下(できれば7~9%)にし、65℃で10分間温湯消毒する技術を高温温湯消毒法として確立した。


高温温湯消毒の防除効果
 高温温湯消毒法の防除効果をに示した。ばか苗病に対しては、慣行法(60℃・10分)と比べて防除価は高くなり、化学合成農薬とほぼ同等の防除効果となった。また、ばか苗病は本田への移植後に発生するケースがあるが、高温温湯消毒法を用いた場合には全く発病が認められなかった。ただし、出穂期に人為的にばか苗病菌を感染させたような汚染度の極めて高い種籾を使った試験では、期待する防除効果が得られないこともあり、注意が必要である。

表  さまざまな病害に対する各消毒法の防除価*
(秋田県立大学で試験を実施)

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*防除価=100-(処理区の発病率÷無処理区の発病率)×100


 ばか苗病以外の病害では、いもち病(苗いもち)にも高い防除効果があった。さらに苗立枯細菌病ともみ枯細菌病に対しては、化学合成農薬よりも明らかに高い防除価を示した。これらの細菌病は温暖化とともに増加する傾向にあり、高温温湯消毒法が有効な対応策になると期待できる。


生産現場での栽培と普及
 全国延べ8軒の生産者に依頼して、高温温湯消毒法で処理した「コシヒカリ」の種籾を用いた栽培試験を行い、十分な収量を確保できることを確認した。すでに「コシヒカリ」「ひとめぼれ」「あきたこまち」「天のつぶ」等が生産されており、ばか苗病の大きな被害も発生していない。


導入上の留意点
(1)温湯消毒は薬剤消毒とは異なり、消毒効果の持続性はない。消毒後の病原菌の再感染を防ぐために細心の注意を払う必要がある。籾すり時の粉じん等には病原菌が存在しているので、清潔な環境で作業することが重要である。
(2)事前乾燥処理後に塩水選を行うと、せっかく低下した水分含量が上昇してしまう。塩水選をする場合は、必ず事前乾燥処理前に行う。
(3)割れ籾は事前乾燥しただけで発芽能が著しく低下するので、この技術は適用できない。
(4)同じ品種の種籾でも生産地や年度が異なると発芽は安定しない。高温温湯消毒法を導入する場合は事前に確認試験を実施する。
(5)種籾の高温耐性が低く、発芽率の低下が懸念される場合は播種量を多めにする。もしくは、慣行法でも一定の防除効果はあるので、処理温度を下げる。


今後の展望
 高温温湯消毒法は種籾を乾燥でき、お湯を沸かせる環境ならどこでも実施できる。途上国でのクリーンな農業の実現にも貢献できる、グローバルな技術であると期待している。


▼参考:
事前乾燥を取り入れた水稲温湯種子消毒のイネ種子伝染性病害に対する効果


執筆者
東京農工大学大学院 農学研究院 教授
金勝 一樹


●月刊「技術と普及」令和5年2月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載