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コウモリを忌避する行動習性を活用したガ類害虫の超音波防除技術

2024年03月22日

コウモリの超音波から逃げるガ類
 コウモリはヒトには聞こえない超音波(周波数が約20kHz以上の高い音)を発し、そのエコーを頼りに餌となる虫の位置を高精度に把握している。超音波の送受信はコウモリの生活に必要不可欠である一方、耳を持つ昆虫からすれば、超音波が捕食者の存在を知る手掛かりとなる。
 農業害虫を多く含むヤガ上科、シャクガ上科、メイガ上科等に分類されるガ類は耳を持ち、検知したコウモリの超音波に対し、音源から逃避する、螺ら旋せん状・ジグザグに飛翔する、地面へ落下する、静止中の場合にはその場から動かなくなるなど、捕食を避けるよう振る舞う。これらガ類の忌避行動は合成超音波でも引き起こせるため、株式会社メムス・コアおよび京都府農林水産技術センターらと共同で、生産圃場等へのガ類害虫の飛来を防ぐ技術を開発した。


防除に有効な超音波パルス
 ハスモンヨトウ、シロイチモジヨトウなどのガ類害虫を対象に、飛翔を阻害する超音波パルスをスクリーニングした。周波数20~50kHzに大きな音を含む広帯域の周波数成分で構成される超音波を、100dB peSPL(re. 20μPa)の音圧で飛翔中のガ類に聞かせたところ、パルス長がおよそ5ミリ秒、反復率(1秒当たりのパルス数)が10 または20パルス/秒となる超音波の飛翔阻害効果が顕著に高いことを明らかにした(図1上)。また、飛翔中のガ類害虫が逃避行動を示し始める音圧は、左右の後胸にある鼓膜の位置で約58dB peSPL であることも分かった(図1下)


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図1
上: ヤガ類の飛翔を阻害する超音波パルスの時間構造(持続時間5msのパルスを1~160パルス/秒の反復率で提示した場合のみ図示)
下: ヤガ類が忌避し始める超音波パルスの音圧(ガの位置で持続時間6ms、反復率10パルス/秒の超音波パルスを46~100dB peSPL(re. 20μPa)の音圧を提示した場合)


 そこで、これらの音響パラメータを有する忌避超音波を、水平方向に360度、半径25m以上の有効範囲となる音圧で照射可能な超音波発信装置を作製した(写真1)


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写真1 忌避超音波を照射する超音波発信装置


ハスモンヨトウ(施設イチゴ)
 茨城県の土耕促成栽培イチゴの栽培施設において、ハスモンヨトウに対する忌避超音波の防除効果を検証した。単棟パイプハウス5つ(計15.3a)が並ぶ圃場のうち、両端のハウスに超音波スピーカを2カ所ずつ、計4台を側窓の上端の高さ(地上高150cm)にパイプ資材から吊るした。これにより、夜間に開け放たれた側窓を通過し、水平方向の広範囲に超音波が伝播可能となる。育苗圃から本圃へ定植後の9月上~下旬に超音波発信装置を設置し、ハスモンヨトウが産卵のために飛来する時間帯を含む日没前~日の出後に継続して忌避超音波を照射した。2016年は超音波発信装置を無設置の条件、17・18年は装置を設置した条件で、栽培施設内に産卵された卵塊の数を1~2週間隔で計測した。
 16年(無設置条件)は5週の調査期間で185個(10a当たり)の卵塊が産みつけられ、17・18年(設置条件)では6週間でそれぞれ8卵塊と2卵塊であった(図2左)。調査圃場の近隣地域に設置したフェロモントラップへのオス成虫の誘殺数に基づき、ハスモンヨトウの発生量の年次変動を考慮すると、装置を設置した条件での卵塊数は無設置条件と比べて10%以下となった。飛来後の産卵行動は忌避超音波を聞かせても明確に抑制されなかったことから、卵塊数の減少は、メス成虫の産卵に先立つ飛来が忌避超音波によって阻害されたためと考えられる。


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図2  忌避超音波の照射による防除効果
左 :イチゴ栽培施設でのハスモンヨトウの卵塊数
右 :ネギ露地圃場でのシロイチモジヨトウの卵塊数


 ハスモンヨトウ防除のために用いる殺虫剤の散布回数は、定植後から側窓を閉鎖するまで(11月上~中旬)の期間で3~4回であった。一方、超音波発信装置を設置したことで、同時期における殺虫剤散布回数は0~1回となった。栽培施設内には授粉のためにミツバチが放飼されていたが、超音波の照射が引き起こすイチゴの着果数の減少と果実形態の異常は確認されなかった。ヤガ類以外のイチゴ栽培の主要害虫であるナミハダニやヒラズハナアザミウマ等による被害については、超音波の照射による明瞭な減少は見られなかった。


シロイチモジヨトウ(露地ネギ)
 シロイチモジヨトウは葉ネギの被害が特に大きく、多発時には収穫期まで1週間隔で殺虫剤を散布するケースもある。侵入経路が側窓に限定されるイチゴの施設栽培では、忌避超音波によりハスモンヨトウの飛来を高い割合で阻害できたが、ネギは露地栽培が主となり、上空方向からの飛来にも対応する必要がある。そこで、試験地である約4・3aの露地圃場(千葉県)の四隅に支柱を立て、その先端部に「くの字型」となるようスピーカ2台を連結させ(写真2)、圃場外側の斜め上方向にも忌避超音波を照射した。


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写真2 ネギ露地圃場に設置した超音波スピーカ


 防除に有効な音圧が届かない別圃場を装置の無設置区とし、ネギに産み付けられた卵塊数で飛来の程度を比較した。夜間に忌避超音波を照射した圃場の卵塊数は、装置無設置区と比較して68%の減少となった(図2右)。交尾後のメス成虫が卵を産みに圃場へ飛来することを、忌避超音波が阻害した結果と考えられる。
 京都府の葉ネギ圃場においても同様の野外試験を行った(卵塊数は未調査)。殺虫剤による慣行防除を実施した圃場と比べ、装置を設置した圃場で発生した幼虫数はきわめて少なく、被害株数も90%以上少なかった。これと関連し、装置設置圃場ではシロイチモジヨトウの防除に要した殺虫剤散布回数を89%削減できた。


今後の展望
 ガ類害虫の逃避行動を、さらに高い割合で誘起可能な超音波パルスの時間構造を網羅的に探索したところ、広範な害虫種の飛翔行動を阻害可能なパラメータをすでに見出している。また、騒音問題を排除するため、装置から発せられる可聴音がヒトにはほぼ聞こえない改良も進めている。
 トウモロコシやハトムギのアワノメイガのほか、果実の吸ガ類(エグリバ類)など、ヤガ類以外の防除試験も開始している。合成超音波を用いた害虫防除技術が減農薬栽培の一助となり、殺虫剤抵抗性の発達など、世界規模で回避すべき問題が生じない新しい物理的な防除手段として、社会実装と普及を推進したい


▼参考
超音波でヤガ類の飛来を防ぐ手法を確立-コウモリの超音波から逃げる習性をヒントに-


執筆者
農研機構 植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域 海外飛来性害虫・先端防除技術グループ 上級研究員
中野 亮


●月刊「技術と普及」令和5年6月号(全国農業改良普及支援協会発行)「連載 みどりの食料システム戦略技術カタログ」から転載