自家採種で在来野菜を守ろう ~方法と利用~
2011年04月28日
はじめに
伝統(在来)野菜の復活が叫ばれるようになって、10数年になる。これに呼応するかのように、各地で伝統野菜に関する出版物が出され、都道府県を含む地方公共団体、種屋さん、有志の団体などを中心に、復活の動きが加速している。しかし、多くの地域で問題となっているのは、現在残っている品種が、どうも本来の品種と違うのではないかということと、品種内の変異幅が大き過ぎるのではないかということである。
筆者は平成9年度から、広島県農業ジーンバンクで、種子の収集、調製、発芽調査、増殖、特性調査、保存及び配布の仕事をしてきたが、その中で感じているのは、外国からのものも含めて、特に農家から収集した種子に、交雑によると思われる混種が極めて多いという現実である。種子は一度交雑させてしまうと、それを元にもどすには、多大の時間と労力が必要である。種子を交雑させない採種法の普及が必要だと、痛感する毎日である。
採種栽培の要点
「圃場作り」
採種栽培での在圃期間は品目によって異なるが、一般に青果栽培に比較してはるかに長い。秋播きで翌春に開花結実する種類では特に長く、10カ月を超えるものも稀ではない。春播きの果菜類では、青果栽培に近い種類が多いが、それでも5カ月以上は必要である。
このように、長期にわたって正常に生育させるためには、しっかりした圃場作りが必要である。肥料は長期間肥効が持続する有機質肥料か、緩効性肥料の施用ができるだけ望ましく、肥料分を流さず空中湿度を高めないために、ポリマルチを行う。有機質肥料を使用する場合は、植え付けの少なくとも1カ月以上前に施用する必要がある。
「栽植密度」
果菜類は、青果栽培の場合と、ほぼ同じ栽植密度で良いが、葉・茎・根菜類では青果栽培に比べて、はるかに広い条間や株間が必要である。
アブラナ科、セリ科、およびシソ科では、約2.5mの床幅の畦に条間、株間共に約50cmの4条植えとし、中の2条に網かけする。
イネ科のトウモロコシ、アオイ科のオクラ、アカザ科のホウレンソウ、キク科のレタス類(チコリやエンダイブを含む)やシュンギク、ユリ科のネギ類等は、畦幅を約1m、株間は約50cmを基準に、ネギ類ではこれよりやや狭くする。
植物体が大きくなるキク科のゴボウ、アカザ科のビート、ユリ科のアスパラガス等では、畦幅を1.5m~2m、株間を約1mと広くする。
「雨避け条件下での採種が特に必要な種類」
全ての作物にとって、開花結実中の降雨は、安定した結実を阻害する最も大きな要因である。その中でも、熟果の品質が大幅に損なわれるメロン類(マクワウリを含む)やトマト、花房等が小花の集合体であるため腐敗しやすいシュンギクやネギ類は、ぜひ雨除け条件下での採種をお奨めしたい。
「優れた特性を持った母本の選抜」
伝統野菜を含む在来野菜は、いずれも固定種である。固定種という言葉は、交配種(F1)に対してできた言葉であり、全ての形質が一定で不変であるという意味ではない。つまり、固定種には、実用的な範囲でかなりの変異がある。
そこで、採種用の母本には、実用面ですぐれた形質を持った株を選ぶことが大切である。これを母本選抜という。母本選抜が特に必要なのは根菜類で、株の商品性が判定できる時期に抜きとって、採種用として植え替える。
植え替えの時期は、地温が発根に必要な15℃以上の時期が望ましい。秋植えができない場合は春植えを行うが、春植えの場合は発根と抽台が同時期に行われるため、発根が不十分で採種量が少なくなることがある。なお、抜き取り前の栽培は、普通の青果栽培に準ずるが、やや早播きする。
「交雑防止対策」
<周辺部への背の高い障壁作物の栽培>
風媒花であるホウレンソウでは、採種株の周辺部に麦類等の背の高い作物を植えて、同一種類の花粉の飛び込みを防ぐ。これに合わせて、周囲の同一種類の開花株の除去も有効である。家庭菜園等では、蔓性のエンドウや大型のソラマメ等も、障壁作物として利用できる。
<雌花への袋掛けと人工交配>
雌雄異花の種類で行う。雌雄異花はウリ科、アスパラガス、トウモロコシ、ホウレンソウ等で普通にみられる。ウリ科では、着果予定部位の開花直前の雌花に袋がけし、同時に、開花直前の雄花を採って丼等にいれ、乾かさないように上からラップをかけて、室内に保存する。雌花の開花時には、雄花も開花しているので、袋をはずして交配し、袋に交配日を記入して再び袋をかける。着果が確認されたら袋をはずして、交配日を記入したラベルを付ける。
左 :雌花に袋掛けをする(キュウリ) / 右 :交配後再び袋を掛け交配月日を記入(キュウリ)
トウモロコシの交配は、1日では終わらない。まず絹糸の抽出前の雌穂に、丈夫なクラフト紙の袋をかけておき、絹糸の抽出が始まったら袋を取り除いて、すでに花粉を出し始めている雄花を叩いて授粉する。これを数日繰り返し、雄花の花粉が出なくなったら、やめる。しかしまだ雌穂では、絹糸の抽出が続いており、新しく出た絹糸には受精能力があるため、絹糸の抽出が完全に終わり受精能力がなくなるまで、雌穂の袋をはずしてはならない。
<防虫網で採種株全体を覆う網かけ>
ナス科の花は完全花で、花粉は粘りが強く自家受粉率も高いため、採種用の株全体を防虫網で覆い、訪虫による異品種との交雑を防いで結実させる。網の中の周辺部に咲いた花は、網の外からの吸密などによる交雑のおそれがあるため、網の内部で結実した果実から採種する。マメ科のソラマメも、同様に採種する。
<株の網かけと人工交配>
シュンギクには自家不和合性の強い系統があり、これらは自分の花粉では結実しない。したがって網かけによる異品種との交雑防止とともに、同一品種内の株間での花粉の交換が必要となる。シュンギクの花は頭状花序で、開花は一番外側の舌状花から始まり、内側に向かって進む。8割くらい開花したところで、積もった花粉残渣を口で吹き飛ばしてから、別の株の花粉を交配する。
ネギ類の花粉は粘りが強く、風では飛びにくい。網掛けをしただけでは株間の花粉の交換が不十分で、人工交配の効果が高い。3~4日置きに坊主全体をなでてやると、良く結実する。アスパラガスは雌雄異株のため、それぞれの株を網掛けして置き、開花が始まったら数回人工交配し、結実させる。
<網かけと周辺部への同種株の植え付け>
アブラナ科やセリ科、シソ科などは虫媒が主体だが、一部風媒もあるという、まことにやっかいな種類で、これらは交雑の危険性が極めて高い。このような種類では、採種の効率は悪くなるが、採種予定株を中心部に植え、それを取り囲むように、周辺部にも同じ品種の株を植えるとよい。そうしておいて、周辺部の株が満開になった時点で、採種予定株のみに防虫網をかける。この時、採種予定株で、すでに開花結鞘(実)している花及び鞘(実)は、全て取り除く。そして、防虫網をかけた株からのみ、採種する。
右 :アブラナ科の採種(ヒロシマナ)
<収穫時期の決定>
一般の種類では、種子の入っている鞘(マメ科では莢)や朔、もしくは花被が褐色~黒色に着色することで、収穫時期を決定することができる。しかし、ウリ科やナス科のナスなどは、果実の色だけでは種子の熟度の判定はできない。したがってウリ科では、交配月日を記入したラベルを、必ず付けておく。また、ナスでは、果実の小さい時期に、大ざっぱに着果した日を記入したラべルを付けるとよい。こうしておいて、その後の天候や果実の大きさなどから、採果時期を決める。
主な品目について、交配後の採果時期を記すと、キュウリは普通種で50日、大型種で60日、スイカは小玉種で25~30日、大玉種で40日、メロンは55~60日、マクワウリは40~45日、カボチヤは小型種で40日、大型種で65日、ナスは果実の大きさにもよるが、開花後60日を目安とする。トマトやトウガラシ類は果実が完全に着色してから収穫する。
優良種子の調製と貯蔵
「収穫・調製と優良種子の選別」
鞘(マメ科は莢)や朔に入っている種子は、鞘(莢)や朔の8割程度が着色した頃に、茎を付けたまま刈り取り、雨のかからない軒下、もしくはハウス内などで乾かす。エダマメのように、莢がはじける恐れのあるものは、莢の着色したものをボールなどに収穫し、その上から新聞紙等をかぶせた状態で乾燥させる。よく乾いたら、鞘(莢)や朔を叩くか、むいて、種子を取り出し、ふるいに掛ける等して大きいごみを取り除き、その後風選または水選する。さらに病害虫に侵されているものや発根しているもの、割れたもの、小型で未熟なもの等をピンセットで取り除く。
左 :水中で選別(トウガン種子)
ウリ科では、収穫後数日間涼しい場所に置いて、追熟の完了した果実から種子を取り出し、水中で種子の表面に付着している胎座の一部などの不純物を取り除き、水中に沈んだ種子のうち正常な形をしたもののみを、キッチンペーパーを敷いたボール内に並べて乾燥する。
ただし、ウリ科でもカボチャの種子は、比重が小さいため浮きやすく、水選による選別は難しい。したがって、浮いたものでも、厚みのあるものは採種する。ナス科では、種類によって、果実からの種子の取り出し方に違いがある。トマトでは、熟した果実を潰してポリ袋に入れ、2~3日発酵させたのち、種子の表面についた胎座の残骸などを水中で取り除き、充実した種子のみを選別し乾燥する。
ナスは、種子が果実全体に分散しており、そのままでは取り出しにくいため、ナイフ等で果実に平行に数本の切れ目を入れて日向で乾かし、半乾きになった状態で、充実した種子のみを取り出して乾燥する。
トウガラシ類は、熟した果実から種子をそのまま取り出して乾燥させればよいが、辛味成分の多い品種の調製時に、不用意に眼などをこすらないよう、注意が必要である。
「種子の乾燥」
水選した種子は、早く乾かさないと、発根したり表面にカビが生えたりする恐れがあるため、水選種子の調製は、晴天日の午前中に行うのが良く、その日のうちにあらかた乾燥させる。さらに、その後の数日間、日陰で乾燥させる。
貯蔵に適した種子の成分は、8%程度と言われているが、これだけの水分状態にまで乾燥させることは、自然乾燥のみでは困難である。乾燥に最も適した環境は、冷蔵庫内である。後に貯蔵のところでも述べるが、冷蔵庫内の湿度は、野菜室を除いて30%前後と低いため、紙や布など水分の移動しやすい素材の袋に入れて貯蔵すれば、種子の水分は低下する。
右 :紙の上に広げて乾かす(トウガン種子)
「種子の休眠打破」
野菜の種子には、採種後の一定期間、発芽しないものがある。これを休眠という。休眠の起こる原因は、採種直後の胚が未完成な状態にある場合で、休眠中の種子の内部では、発芽可能な状態になるよう準備が行われている。この間、胚を保護している種皮は、外から水やガスが入らないような構造になっていたり、大量の発芽抑制物質が蓄積されていたりする。
休眠のある種類は、アブラナ科、アカザ科、キク科、セリ科などが主体であるが、ユリ科のニラにも認められており、ウリ科のメロンの中にも、深い休眠を持つ品種がある。休眠を打破するには、一般に2~3時間の水浸後、水切りした状態で、5℃程度の低温下に3~7日間置く。アカザ科のホウレンソウやビートのような大型の朔に入った種子は、一晩ほど低温の流水に浸漬後、よくもむ。ジベレリンやチオ尿素、硝酸カリなどの化学物質で処理する方法もある。
「種子の発芽調査」
採種した種子が高い発芽力を持っていることを確かめるためには、発芽調査を行う必要がある。先述した休眠のある種子については、休眠打破の処理が必要になるが、休眠のない種子では、選別直後に行ってよい。調査に必要な種子数は、ウリ科などの大型種子は20粒程度、アブラナ科などの小型種子は40粒程度で十分である。
方法は、直径10cm程度の小皿に、ティッシュペーパーを四つ折りにして敷き、これが十分に湿るだけの水を与える。この紙の上に、ほぼ等間隔に種子を並べる。大型種子の場合は、この上にさらに四つ折りにしたティッシュぺーパーを置いて、水を与える。つまり、大型種子は、小型種子に比べて種子の吸水量が多いため、紙をサンドイッチ状にして、種子に大量の水を与える。超大型種子である大型のマメ類などでは、調査の途中に何度か給水する必要があり、使用する種子数も数粒に制限する。この方法とは別に、よく湿らせた砂床に種子を播いて、発芽状況を調査する方法もある。
発芽温度は昼間30℃、夜間20℃に適した種類が多いため、夏季の室温で十分に対応できる。しかし、キク科、セリ科、ユリ科、アカザ科などは、25℃以下でよく発芽するため、時期や場所を考えて行う。発芽調査の結果、80%以上の発芽率が確認されれば、保存が可能である。そして、この種子は冷蔵庫保存により、数年間発芽率が高く保たれる。
「種子の保存」
種子の消耗や活力低下を防ぐには、低温で乾燥した条件下で保存する必要がある。この条件を満たす、身近にある保存場所は、家庭用の冷蔵庫である。最近の家庭用冷蔵庫は大型化しており、冷凍室と冷蔵室が併設されているものが、ほとんどである。また、特に機能性の優れたものでは、野菜室の湿度が60%程度と高く保たれているものもある。
種子の保存場所として適しているのは、このような高湿度の場所ではなく、野菜室以外の棚やボックスなどである。野菜室以外の湿度は30%程度であるから、種子の保存場所として適している。
種子を通気性の良いクラフト紙か、布の袋に入れた状態で、保存する。決してプラスチック製の袋や容器に入れてはならない。どうしてもそのような容器に入れたい場合は、必ず乾燥剤を一緒に入れて、種子から放出される水分を吸着させる必要がある。
もう一つ、袋の表面に、採種年月日と品種名を必ず記入しておくことが大切である。冷蔵庫内がいかに保存に適した環境にあるとはいえ、永久に種子の寿命が保たれるわけではない。いずれは発芽力の低下が起こることはまぬがれず、その時期までに使用する必要がある。
家庭用冷蔵庫内での野菜種子の有効保存期間は、その種類本来の発芽年限の長短に平行しているようで、入庫時の発芽率が80%以上の場合、ネギ類で4年程度、ダイコンで8年程度と考えられる。
おわりに
伝統野菜や在来野菜は、野菜流通の主流にはなり得ないが、長年にわたって地域内で栽培され、地域の環境に適合してきた。多収性や耐病性、生育の均一性など、現在流通している品種が持っている普遍的適応性には欠けるが、ある栽培条件下では、独特の味や香を含む食感と、機能性を生み出す品種は多い。
このような貴重な品種の特性を、長期間にわたって維持し続けるためには、誰にでもできる、交雑させない採種法の普及が急務である。この文がそのための参考になれば、幸いと思っている。
執筆者
船越 建明
(財)広島県農林振興センター 農業ジーンバンク技術参与