ニホンナシ(日本梨)における溶液受粉技術の紹介
2009年06月04日
ニホンナシの多くの品種は自家不和合性※1であることから、安定して結実を確保するには人工受粉が不可欠です。しかし、人工受粉は一般に手作業に頼らざるを得ず、作業も開花中に限られるため、短い期間に集中して労働力を確保しなければなりません。このため、担い手の高齢化や減少が進む現場では、人工受粉の省力化が喫緊の課題となっています。
そのような状況の下、受粉作業を省力化できる溶液受粉技術が注目されています。
※1 植物が同一個体や遺伝的近い個体に近い個体の花粉で受精しない性質をいう
溶液受粉は、花粉を懸濁※2した溶液を、ハンドスプレー等を用いて柱頭に散布することで(右写真)、受粉を行うものです。梵天を利用する慣行の方法に比べ、作業時間を大幅に短縮できると期待されています。
また、多少の風雨下でも受粉作業の実施ができることから、従来の技術に比べ、受粉適期を逃すことなく、作業を行える可能性が高まると考えられています。既にキウイフルーツでは希薄な寒天液を用いた溶液受粉技術が実用化され、産地へ導入されています。
※2 液体中に固体の微粒子が分散した状態
花粉を懸濁する液体増量剤の組成
ニホンナシの花粉懸濁用の溶液(液体増量剤)としては、希薄な寒天溶液(蒸留水1Lに対して寒天1g)、または、食品用増粘剤の一種であるキサンタンガム溶液(蒸留水1Lに対してキサンタンガム0.4g)に、ショ糖を10%(蒸留水1Lに対してショ糖100g)添加したものが適しています。
ショ糖は、吸水による花粉の破裂を防ぎ、液体増量剤中での花粉活性の維持に役立ちます。寒天やキサンタンガムは、液体増量剤中での花粉の分散性を保ち、花粉の沈殿を防ぐことができます。同時に、液体増量剤が適度な粘性を持つようになるため、柱頭への花粉付着量を増加させることができます。
これまでの研究の結果、寒天よりキサンタンガムの方が、柱頭への花粉の付着量が多くなり(写真)、結実率が向上することがわかっていますが(表)、キサンタンガムは入手しにくいこともあり、今のところ、自作可能な寒天の入った液体増量剤の利用をお薦めしています。
増粘剤の相違が柱頭への花粉の付着量に及ぼす影響(赤く斑点状に見えるのが花粉)
左上 :0.04% キサンタンガム/ 右下 :0.1% 寒天
表 液体増量剤の組成がニホンナシ「幸水」の結実および果実肥大に及ぼす影響
さらに、圃場での受粉作業を効率よく進めるには、受粉を終えた花と未受粉の花を一目で判別することが必要です。そのため、液体増量剤に食用色素の赤色102号を0.01~0.02% (w/v)の濃度で添加することをお薦めしています。この濃度であれば、花粉発芽を阻害することなく、写真のように容易に受粉の有無を判別できます。
食用色素の添加による受粉の有無の識別
左上 :食用色素無し / 右下 :食用色素有り
花粉の濃度
「幸水」において安定した結実を得るためには、1Lの液体増量剤に対して、精製花粉にして3g以上の花粉を懸濁することが必要です。液体増量剤は、10a当たり最低でも10L程度は必要なことから、精製花粉を10aあたり30g以上準備する必要があります。
受粉作業時間の比較
溶液受粉による受粉作業は、梵天等を用いた手作業による人工受粉に比べて、作業時間が約半分になります。
今後の課題
ニホンナシ「幸水」において、溶液受粉は、手作業の人工受粉に比べて結実率も遜色なく、作業時間を大幅に低減できます。ただし、使用する噴霧器によっては、花粉使用量が多くなってしまうこともあり、噴霧器の開発も含めてさらに検討する必要があります。
また、「幸水」以外の品種においては、今のところ、十分な結実率が確保されていないことから、今後、何れのニホンナシ品種でも安定した結実が得られるよう、更に技術を改良する必要があります。
なお、当該研究成果は、農林水産研究高度化事業「新規液体増量剤を利用した果樹の省力的人工受粉技術の確立」の中で得られたものです。
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執筆者
(独) 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所
阪本大輔
【参考資料】
ニホンナシ溶液受粉マニュアルはこちら(2018年3月改訂版)