おいしい・栄養満点・使い勝手が良いパパイヤを日本の家庭の常備野菜へ
2024年02月26日
「酵素の王様」と称されるほど酵素を多く含み優れた機能性を持つ。ビタミン、ミネラル、食物繊維などの栄養素が豊富に含まれている。生でも煮てもどんな料理にも使える。そして何よりもおいしい。そんな良いことづくしの野菜パパイヤ(青パパイヤ)に魅せられ、茨城県から全国へと発信を続けているのがやぎぬま農園の栁沼正一さんだ。北限をはるかに超え、茨城県那珂市で独自の栽培技術を確立。「夢はジャガイモやトマトのように毎日の食卓にパパイヤがあること」と語り、人生をパパイヤとともに歩む栁沼さんの挑戦を追った。
農業未経験だからできたパパイヤ栽培
栁沼さんは、福島県田村市出身。ODA(政府開発援助)のコンサルタント会社のサラリーマンから一転、農業生産者へと転身した異色の経歴の持ち主だ。きっかけは20年ほど前、トマトのウイルス病対策で熊本県を訪れ、その縁で移住したことだった。「デコポン農家から『何か良い作物はないか』と相談された時にパパイヤが浮かんで。まさかその一言がその後の人生を決めることになるとは思いもしませんでした」。
デコポン農家と始めたパパイヤ栽培。自ら栽培研究をし、3年ほどで良好な結論を得た。その後も数年にわたり研究を重ね、栽培技術を磨いた。
その中で新たな課題も見つかった。食卓になじみのないパパイヤは、消費者の心をなかなかつかむことができず、販売に苦戦したという。「生産だけでなく販売も素人同然。新しい野菜を売り込むのは難しい」。そんな困難な状況でも続けられたのは「おいしい、体に良い、みんなが元気に暮らせる源になる野菜である」という強い信念があったからだという。
北限を超える茨城での挑戦
そこで、柳沼さんは大きな賭けに出る。それは、首都圏に近い茨城県でパパイヤ栽培を始めることだった。「茨城は日本有数の農業県であり、広大な耕地を有し、行政の農業支援体制も充実している。そして、なんといっても大量消費地である首都圏に近いため、流通販売に優位な条件が整っている」と、関東でのチャレンジに迷いはなかった。
しかし、大きな問題が立ちはだかる。熱帯果樹のパパイヤは、高温と乾燥に強い性質を持つが、低温と過湿には弱く。栽培の北限は北緯30度が露地栽培可能ラインとされていた。世界的にも茨城県那珂市のある北緯36度地点での栽培は見たことがない。
どう考えても無謀な挑戦。農業経験者でなくても誰でもそう思うだろう。しかし、栁沼さんは違った。「農業未経験だったから固定観念なくチャレンジできただけ」と笑うが、北限を超えても耐えられるパパイヤを作ればいい。九州ですでに栽培技術を確立し、成功体験を得ていた栁沼さんには勝算があったのだろう。こうして2011年4月、那珂市で栽培をスタートさせた。
左 :太陽の恵みを受けて大きく生長
右 :生でも煮てもおいしいパパイヤ
常識を打ち破る栽培技術の確立
北限を超えた栽培の大敵は春の遅霜や低温、初冬の早霜である。地温が低ければ根つき根はりが悪くなる。強い霜に当たれば葉ばかりではなく、実の表面も傷み、商品価値はなくなってしまう。
通常ならハウス栽培を選択したいところだが、そんな常識は栁沼さんには通用しない。ランニングコストなどを考え、露地栽培を選んだ。
左 :苗帽子をかけて寒さ対策をしている
右 :霜が降りるまでに収穫
露地栽培をするなら霜を避けることが必須となる。約7カ月の期間で目標量の収穫を目指すこととした。4月に苗を植えると6月には根付き、そして7月には2mほどの高さへと急成長する。9月は実がなり、10月から霜がおりるころまでに収穫を終えるという試算だ。
この栽培計画を可能にしたのが、栁沼さんが生み出した独自の栽培方法だ。秋から12月にかけて、鶏糞や豚糞などを圃場に入れて土づくりを行う。そして、独自に開発した苗は遅霜を避けた4月に植え、苗帽子をかけて水分調整や温度調整を行い、寒さをしのぐ。「土づくりと苗。この2つのポイントで、わずかな期間でおいしいパパイヤができる」。逆境を乗り越え、自ら新しい道を切り開く逞しさを持った栁沼さんの「サンパパイヤ」が誕生した。
左 :土づくりと独自開発した苗で短期間での収穫が可能になる
右 :暑さに強いので管理も難しくない
パパイヤから感じる無限の可能性
栽培技術を確立したことで、栁沼さんはパパイヤの可能性をさらに広げていく。
農林水産省から6次産業化総合事業計画の認定を受け、パパイヤたれやドレッシング、漬物などの加工品を開発。パパイヤの千切りやペーストも生産し周年供給を可能にした。
また、サンパパイヤを全国の農家に作ってほしいと、サンパパイヤ普及推進協議会を立ち上げ、苗や栽培技術の提供も行っている。茨城から始まったパパイヤ栽培は、全国へ会員数を広げ、今では300人に迫る数となっている。これまで北限だった茨城を優に超え、北は青森県まで広がっている。やぎぬま農園には多くのパパイヤ生産者が訪れるほか、視察者も増えている。
パパイヤ栽培は、経営面でも大きなメリットがあるという。「パパイヤはあまり手がかからないのが最大のメリット。ハードな作業が必要ないうえに、必要なものもトラクターと軽トラックぐらい。暑さに強いので近年の猛暑も問題ない。収穫時期も霜が来るまでにとればいいから、収穫に追われることもない」
経営効率が非常に高いが、「すべて売れることが条件」と念を押す。サンパパイヤ普及協議会を通して長期間の青果供給と生産量の安定化を図っているが、多くの消費者がパパイヤを知り、購入し、毎日パパイヤを食べることが大切になってくる。そのために、栁沼さんは自ら宣伝マンとして動きPRに奔走する。
ライバルはトマト?
パパイヤというと、熟した黄色のフルーツのイメージが思い浮かぶだろう。そこから脱却し、野菜の青パパイヤのイメージへと塗り替える。実際に食すればパパイヤの魅力に気付くのはわかる。
生で食すれば、シャキシャキとした食感にさわやかな風味が加わる。肉や魚と一緒に煮込めば、柔らかな食感とともに肉や魚の旨味がパパイヤに溶け込む。同じ野菜とは思えないほど、いろいろな食感を味わうことができるのもパパイヤの魅力だ。
左 :サラダでも気軽に食べることができる
右 :煮込み料理などバリエーション豊富なパパイヤ
栁沼さんは、その魅力を伝えるために、料理研究家を招いて農園内で料理教室を開いたり、地元の小学生を受け入れて体験教室を実施したりしている。パパイヤの可能性を感じるお弁当やスムージーも開発した。オーナー制度も設立。首都圏をはじめ、近くに茨城空港がある関係から、神戸から農園を訪れる参加者もいるという。
体験学習ができるビニルハウスを建設し、パパイヤの普及に努めている
こうした努力や、健康志向ブームも後押しし、近年では「スーパーフード」として注目を集めるようになってきた。
それでも、1個あたりの価格は500~800円と手が届きやすいとは言い難い。「パパイヤの価値をわかってもらったとしても、毎日食べるためには価格を抑えたいというのが消費者の本音だと思います。そのためには、パパイヤがトマトやジャガイモのような存在にならないといけない。われわれは、市場規模5000億を目指しています。この額はトマトと同等ということ。トマトのように毎日気軽に食べられるような野菜を目指しています」と目標はゆるがない。
「新しいものの普及には、大変な時間と費用がかかる」とまだ道半ばだが、これからも全国へと発信し続ける。使い勝手の良さ、豊富な栄養、おいしさの三拍子がそろったパパイヤは、やはり大いなる可能性を秘めている。(ライター 杉本実季 令和6年1月10日取材)
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茨城県那珂市菅谷 3690