時代の流れを読みながら伝統の緑茶を守り抜く
2023年10月12日
熊本県は全国7位(2021年)の生産量を誇る有数の茶産地だ。とりわけ球磨地域は県内最大の産地で、煎茶のほかに九州特有の蒸し製玉緑茶(たまりょくちゃ=ぐり茶)も生産されている。お茶を取り巻く環境が日々変化する中、高品質のお茶にこだわり、挑戦を続ける川上製茶を訪ねた。
台地でできる農業が茶業だった
清流として名高い川辺川の流域、球磨郡相良村。村内の高原(たかんばる)台地に川上誠一さんの茶園はある。今や大規模なお茶団地も形成されている当地だが、茶の生産が増えたのは昭和50年代から。「ここは台地なので水が少なく、畑作の灌漑設備もなかったので、できる作物は限られていたんです」と誠一さん。父親は兼業で畜産と果樹栽培を行っていたが、40代で茶の栽培を始めた。
若い頃から家業を手伝ってきた誠一さんは、代替わりする前から父親と一緒に農業経営に携わってきた。父親が病気で働けなくなったため、事実上の経営者となったのは35歳の頃。農協青年部や地域の活動にも積極的に参加し、40代で茶部会の会長も務めた。「農家は普通、父親が引退してから経営者になることが多いんです。だから40~50代になっても親の意向が強く、なかなか自分の経営はできない。自分の場合は30代でスタートできたのがよかったと、今となっては思いますね」。
左 :県内有数の緑茶の産地である相良村の茶畑と「日本一のお茶の里」を謳う看板
右 :「ずっと向こうまでうちの茶畑です」と説明する川上誠一さん
だからこそ、後継者の育成については早くから考えてきた。「お茶は儲からんから継がせない」のではなく、次の代も茶業で生きていける農業の形を模索してきたのだ。息子の大和さんは2016年に就農し、現在は経営にも参画させている。「そのほうが若い感性を活かして、若い層へお茶を届けることができる」とも。9年後、60歳になった時には完全な経営移譲を考えているという。
大和さんには茶園の一部管理を任せているほか、作業日誌やホームページの更新、SNSなどを駆使した情報発信などは一緒に行っている。娘さんも協力的で、「これからはインスタ(インスタグラム)せんと売れんばい。私がする」と情報発信を買って出てくれたそうだ。
急須のない家が増えた現在でもリーフ茶にこだわる
「この20年でお茶を取り巻く環境は大きく変わった」と誠一さんは言う。20年前には生産する緑茶は100%リーフ茶であったが、現在は半分をペットボトル用に出荷している。今やペットボトル用のお茶がほとんどという農家も少なくない。単価が安くとも、数量や単価のブレがなく、品質もとやかく言われないので、農家としては楽という面もある。しかし昨今の肥料、農薬、原油価格の高騰は茶の買い取り価格には反映されず、楽なだけでは先が見えない状況だ。川上製茶では、元来刈り捨てていた秋番茶をペットボトル用に出荷しているが、これも一番茶、二番茶の良質なお茶づくりへの投資だと考えている。
左 :香り高い山つきの茶と、濃い味わいの平坦地の茶をブレンドした特上煎茶
右 :「さえみどり」の特徴は強いうま味。一煎目は水出しでうま味と甘みを味わい、二煎目はお湯で爽やかな香りを楽しむ
「家族経営でリーフ茶を作り続けていくことが最大の目標」と語る誠一さん。作っただけ売れていた時代とは異なり、今は作っても売れない時代になった。経営安定のためにペットボトル用のお茶も生産しながら、急須で飲むリーフ茶の生産を続け、小売等の販売力を強化して息子の世代に渡していきたい。そのためにどうするか? 誠一さんは知恵を絞ってきた。
高品質なお茶にこだわりつつ経営を円滑に進めるためには、効率化も欠かせない。その一環として、会社設立にもいち早く取り組んだ。1999年、生産者3戸により有限会社サンティーを設立して社長に就任。製茶工場を新設するとともに、乗用型機械等も導入した。現在はこの会社に生葉の加工を全量委託している。「作業効率が上がっただけでなく、会社を作ったことで生産者同士の情報交換ができ、ライバルとして切磋琢磨することができたのもよかった」という。
左 :製茶工場の外観
右 :製茶工場を案内してくれた大和さん
次第に経営が安定してくると、機械・施設を増強。地下水を掘り、灌漑設備を整え、スプリンクラーも導入した。通常、霜害の回避は防霜ファンで行うが、寒が強すぎると効果がないので、ほぼ全園でスプリンクラーによる散水氷結法(※)を導入し、霜害防止に取り組んでいる。その結果、雨不足の際には灌漑として活用できるのはもちろん、早生品種の導入が可能になり、防除の難しいクワシロカイガラムシ対策としても有効だった。
※ スプリンクラーの散水が植物にかかり、氷結する時の潜熱が植物を低気温から守る凍結防止技術。
販路の開拓、直販でつかんだニーズ
「八女茶や静岡茶に比べて、熊本のお茶も相良茶もブランド力が弱い」。販路を開拓しながら、誠一さんはそう痛感したという。そこで日本茶インストラクターの資格を取得し、イベントや学校での食育など多方面に活動の場を広げ、小売販売、産直にも力を入れている。古くからの常連さんは、今も電話やFAXで注文してくれるが、ホームページを開設してネット販売に乗り出し、同時に生産現場の様子や農家の思いも伝えている。
右 :日本茶インストラクターとして、地元の相良南小学校でお茶入れ教室を毎年実施(2019年2月)
コンクールにも積極的に参加し、「プロが求めるお茶の味だけでなく、消費者から求められる味もある」と、一般消費者も審査に加わる「日本茶AWARD」では2年連続でファインプロダクト賞を受賞。また「相良茶」として新たなパッケージを作り、「にっぽんの宝物グランプリ2017」にも出品、シンガポールで行われた世界大会ではみごと最優秀賞を獲得した。
これらの経験でつかんだニーズを着実に経営に反映し、2019年、有限会社サンティーの茶工場・農場および川上製茶の農場においてJGAP認証を取得した。さらに、健康志向のニーズをとらえた誠一さんは「有機の茶はおいしくない」という思い込みを捨て、「おいしい有機茶を川上製茶から」の意気込みで減化学肥料と減農薬栽培に取り組み、会社と個人でエコファーマーの認定を受けた。
また、これまでにシンガポール、オマーン、アメリカ、フランスなどにお茶を輸出しており、さらに販売を伸ばすべく、茶の有機栽培(「さえあかり」50a)にも挑戦している。今後は一部圃場で有機JAS認証を取得予定だ。
息子の大和さんは若手生産者グループ「球磨ティーファーマーズ」に加わり、発酵香が特徴の萎凋茶(半発酵緑茶)を試作。2019年からは本格的な碾茶(てんちゃ)(抹茶)も製造し、大和さんの人脈でケーキの素材として地元菓子店への提供も始めた。
左 :地域のお茶のブランディングを目指し、自社の高品質玉緑茶「さえみどり」を「相良茶」のパッケージで販売
右 :有機JAS認証を目指し、新たに栽培している品種「さえあかり」
「ピンチはチャンス。2020年の豪雨災害や新型コロナウイルスで大変な今だからこそ、緑茶の新しい楽しみ方を提案し、人々の日常を豊かにしたい」――川上親子は晴れやかな笑顔でそう語った。(ライター 森千鶴子 令和4年7月7日取材 協力:熊本県県南広域本部球磨地域振興局農業普及・振興課)
●月刊「技術と普及」令和4年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
川上製茶 ホームページ
熊本県球磨郡相良村大字川辺212-15
TEL 0966-35-0975