21世紀の幕開けとともに始動! 農業を起点とした交流の場をつくり、訪れた人を「農業の応援団」に
2023年08月10日
山口県西部の山陽小野田市。瀬戸内海に面した約55haもの埴生(はぶ)干拓からは、天気の良い日は関門橋を望める。この地に大型ハウスを建設し、大規模農業経営に乗り出したのが株式会社花の海の代表取締役社長、前島昭博さんだ。
敷地面積15.7ha、東京ドーム3.5個分といわれる広大な農場は西日本最大級を誇る。ここでは花苗・野菜苗2200万本、ポットローズや鉢花170万本が、丁寧な人の手と徹底したデジタル管理の協働により驚異的な正確さで生産されている。
一方、同じ敷地内にイチゴ狩り等の収穫体験施設やレストラン、ショップ、農産物販売所も併設。県内外から多くの観光客が訪れ、今や地域を代表する一大観光施設にもなっている。
研究者から一転。農業を盛り上げたい
かつて前島さんは愛媛大学農学部の大学院に籍を置き、研究者を志していた。しかし、次第に「どれだけ自分が世の中の役に立てるのか。自分の研究が現場で役立っているのか」と疑問を抱くようになった。先が見えずに悶々としていた頃、船方農場グループを知り、農業を盛り上げていくことを決意。25歳の時だった。
山口県にやってきた前島さんは、乳製品の加工をはじめさまざまな農業の企画に携わり、充実した日々を送っていた。転機が訪れたのは2000年のこと。農業経営者を養成するために山口県農業法人協会と山口県農業会議が開いた「尊農塾」に参加することになったのだ。日本農業における6次産業化の先駆けであった船方農場の創業者であり、農業法人経営と観光交流創出のカリスマとして知られる坂本多旦(かずあき)氏のもとで学んだ前島さんは、その成果を経営構想発表の場で「大規模システム生産農場」(後に「花の海構想」)として発表した。
坂本多旦氏の指導のもと、これだけ大きな事業を現実のものとして進めるためには、仲間が必要だということで、船方農場グループで進めてきた経営思想に、熊本県南阿蘇村で観光イチゴ園を展開する木之内農園の代表・木之内均氏を迎え入れ、両社の法人間連携により2005年に株式会社花の海が設立された。
農場の候補地として挙がった埴生干拓は長年、放棄地となっていたものの、水が潤沢にあり、平地なので効率的な施設配置が可能だった。温暖で霜も少なく、遮るものがないから日照時間も長いというメリットもあった。ずっとデメリットとされてきた塩害、強風、水質の問題も、観光園芸に特化することでリスクを軽減できると判断。会社設立から2年後の2007年、満を持して花苗・野菜苗の受注生産とイチゴ狩り営業を開始した。
全国トップレベル! 独自の苗生産管理システム
花の海には2つの農業法人のノウハウをもとに実現した、生産事業と交流事業の2つの柱がある。
生産事業では、約5haもの敷地に連なるハウスで花苗、野菜苗、ポットローズ、鉢花などが、流通や販売の変化に対応したオーダーメイドシステムで生産・出荷されている。この生産品目の多さが同社の特徴であり、数・規模ともに全国トップクラスを誇るという。なるほど、ハウス内を回ってみると、産地向けの接ぎ木苗、プラグ苗づくりから、ホームセンターや花専門店向けのポットローズ、鉢花まで実に多種多様。
これら全てが独自の苗生産管理システムにより、受注、生産、出荷、請求まで一元管理されている。例えば花なら出荷日に開花するよう設定され、効率的に育てられているのだ。このシステムのおかげで、生産物の工程管理が「見える化」でき、マスター登録しておけばパートでも簡単に操作できるという。また、ハウス内の気温や湿度、CO2濃度、日射量のデータを環境測定装置で測定し、コンピューターで管理。5日間ごとにハウス内環境の変化を見える化し、苗づくりに最適な環境を常に保っている。
さらに、育苗用ポットが並んだ大きな台をパズルのように動かすムービングプールベンチシステムや、自走式噴霧器等を取り入れて作業を省力化。1年を通じてハウスを有効に使って利用効率も上げられる上、低コストも実現した。
左 :苗生産管理システム「恵 MEGUMI」の画面
右 :ムービングプールベンチシステムを導入した大型ハウス
「それでも、このシステムをつくり上げるまでは地道に計測を繰り返し、アナログデータを積み上げる作業が欠かせませんでした。一元化を可能にするマスターデータが構築されるまでに要した期間は5~6年。コンピューターと人の力の両方があって、この農場の今があるんです」と前島さんは胸を張る。
イチゴ狩りや季節の花畑。一年中楽しめる交流事業を
もう1つの柱、交流事業ではイチゴ狩りやブルーベリー狩り、コスモスやヒマワリなどの季節の花畑、動物ふれあい広場を展開。苗売場に加え、100戸を超える地元農家と契約している農産物直売所、直営レストランやパン工房も備え、人々が集まり交流できる場となっている。週末ともなると、ここを目指してくる観光客の車列が絶えないほどのにぎわいだ。
左 :イチゴ狩りは通常12~5月まで
右 :イチゴ品種の案内表示
左 :地元産の新鮮な野菜が並ぶ農産物直売所
右 :ショップと飲食スペース
左 :レストランでは薪窯で焼いたピザやパスタなどが楽しめる
右 :バラエティ豊かなイチゴのスイーツ
前島さんは「実際に農業をしている場面を訪れた方々と共有し、一人でも多くの人に日本の農業の応援団になってほしい」と力を込める。その一環として、地域の人とのつながりを培うために開催している農業見学では、普段は開放していないハウス内を見学できる。ハウス一面の苗や花々は緑の絨毯のように壮観で、大人の社会見学として人気が高い。これら一つ一つの交流事業は「農業を身近に感じる入口づくり」となっているのだ。
そんな中、地域イベントの際に協働してくれる美祢農林水産事務所農業部は、山口県や地元の人々との橋渡し的な役割を担ってくれる心強い存在だ。また、植物には病気がつきものだが、健全な育苗のためにも多くの知見を有する農業部の協力は欠かせない。山口県オリジナル種のリンドウやユリの種球生産にも一緒に取り組み、2021年から山口県内の農業者にも供給できるようになっている。
地元と連携し雇用創出に寄与。お客さんの笑顔が原動力に
こうした一連の取り組みが功を奏し、花の海は年間来場者数33万人、総売上17億4900万円の企業へと成長した。現在、従業員は正社員41名、パート217名。パートとして働いていた主婦たちが起業して、同社から業務受託される頼もしいパートナーにもなっている。ほかにも地域の福祉法人と農福連携するなど、雇用創出にも貢献している。
今後は大学や研究機関とともに、異常気象下でも安定して育苗できる手法の開発や高付加価値な苗づくりを目指し、地域との連携もさらに強化していくという。
「自分が学んできた農業の知識・技能が社会の役に立つのかという疑問から出発した25年間でしたが、たしかに役に立っていると実感できる今は、とても充実しています。お客さんが喜ぶ顔を見ることが何よりもうれしいんですよ」。咲き誇る花々の海の前で、前島さんはふわりと顔をほころばせた。(ライター 入江香都子 令和4年3月28日取材 協力:山口県美祢農林水産事務所農業部)
●月刊「技術と普及」令和4年7月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
株式会社花の海 ホームページ
山口県山陽小野田市埴生3392
TEL 0836‐79‐0092