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農業経営者の横顔



会社員から44歳で就農。GAPを取得して地域をまとめ、テレビCMで新しい農業会社のあり方を提唱

2023年07月14日

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大平尚志さん(大平やさい株式会社 香川県観音寺市)


 北西部に瀬戸内海、南には讃岐山脈が連なる観音寺市は香川県の西端に位置し、台風などの自然災害が比較的少ない地域。温暖な気候を活かし、露地野菜の生産が盛んに行われている。大平やさい株式会社は19haの水田を活用し、水稲のほかレタスやロメインレタスなどを主力に栽培している。販路は売上ベースで契約栽培が95%、5%が市場流通だ。自社のテレビCMを制作するなど、農業でビジネスをPRする大平尚志(ひさゆき)社長にこれからの農業経営について聞いた。


なぜ農業を職業にしたのか? そして、今感じること
 専門学校を卒業して一般企業に就職し、その後は企業戦士として単身赴任も経験。44歳で地元香川にUターンして家業の農業を引き継いだ大平さん。12年前、就農する際に抱いたのは、高齢化による農業人口の減少と、遊休地問題に伴って地域の景観が変化していくという不安だった。だが大平さんは就農にあたり、「人が生きるための必需品である衣食住を考えた時、食につながる農業というビジネスにはチャンスがあると確信したんです」と、起業家の目線で分析したという。

 しかしながら、今あらためて思うのは「まさかここまで収益が上がらないものなのか」ということ。「テレビのニュースなどで『野菜価格の高騰で家計が苦しい』といった報道がされますけど、私たち生産者のことも理解してほしいですね......」と悲しい表情に。「安い時にはなんにも報道されないでしょ? たまには『日本の農家も大変です。皆さん野菜をもっと食べましょう』なんてことも言ってほしいですよね」と苦笑する。

 「就農当初からすると、生産にかかる経費は上昇しています。一方、生鮮野菜の価格は、昔より下落しています。どうしてこのような構造になったのか、われわれ生産者は何を目指せばよいのかを日々探究しています」と大平さんはいう。


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テレビCMを制作したわけ
 大平さんは2014年に経営を法人化(株式会社)し、社員雇用に取り組んだ。「社員の福利厚生面や給与、休日などをきちんと整備したかったことと、会社組織にすることで社会的な信用を得ることが目的でした」と語る通り、法人化の背景には今後の農業のあり方を模索した結果があった。

 現在は、日本人の雇用をいかに増やすかが課題である。というのも、コロナ禍で外国人技能実習生が入国できなくなって、どんどん従業員数が減っていったからだ。常時12人いた技能実習生が半数以下になったことで、彼らに依存した経営だったことを痛感した。「これではいけないと思いました」。
 同時に、持続可能な農業を実践するには、将来の担い手を多く育てること、また地域の過疎に歯止めをかけ、地域雇用を創出する使命を感じた。そこで企画したのがテレビCMだった。ドローンを使った美しい映像が織りなす大平やさいの企業イメージCMは、大平さんのそんな農業への思いが込められている。オンエアは岡山県と香川県の放送局のみだが、「大平やさい テレビCM」とネット検索すると、YouTubeで視聴することもできる。農業ビジネスを広い世代に理解してもらい、「農業を職業に」という価値観の醸成を意図したイメージ戦略である。


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GAPを取得しようと思ったきっかけ
 現在、大平やさいは、社員7名、パート5名、技能実習生4名、派遣会社からの人員を合わせて26名というスタッフ構成。作付面積は全体で約38ha、内訳はレタス14ha、ロメインレタス8ha、水稲5ha、タマネギ4.5ha、スイートコーン4ha、青ネギとキャベツ各1ha、ニンニク60aなどで、自社生産分は約1093t、他社集荷分が約183t(キャベツ、青ネギ、ブロッコリー)となっている。


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 2017年には認証8品目でASIAGAPを取得し、香川県では初の認証農場となった。きっかけは、東京オリンピック・パラリンピックの飲食サービスにおいて、持続可能性に配慮した食材の調達基準が策定され、農産物ではGAP取得が必要であると知ったこと。東京オリパラに提供できれば、何よりスタッフや会社自体のモチベーションのアップにつながるだろうと大平さんは考えた。「やはり、自分たちの野菜がアスリートたちに食べてもらえたらうれしいし、安全・安心な野菜を第三者に認証してもらうことは大事なこと」と、評価されることの重要性と、それに伴う責任感も感じている。


202306yokogao_oohira11.jpg ただ、GAP取得には大変なエネルギーが必要だった。「でもね、今となってはGAPを取得しておいてよかったと思います。これからはGAPが当たり前になっていきますから」。大平やさいが主体となって地域や県外の農家がグループを組み、それぞれがGAPを取得して出荷している。GAPが基準となる納入先も徐々に増えているという。
 大平やさいは2022年に、GLOBALG.A.P.も取得した。顧客から要望されてのことだったが、今後、輸出事業を拡大していく際にメリットになることはもちろん、成長していくための重要な資格と考えている。


持続可能な農業を目指すために
 大平やさいのある観音寺市は大型スーパーマーケットや商店も多く、病院や学校も充実していてとても住みやすい町。とはいえ、若者が都会へ出てしまうとなかなか帰ってこないという悩みは、地方都市であればどこでも同じだ。
 「今後は作付面積を広げて生産量も増やし、集出荷施設を建てて会社の規模を大きくしていく予定ですが、そこに必要となるのが人材、担い手です。若者を雇用するためには年間休日100日以上、週休2日制が必須だと思います。魅力ある農業、持続可能な農業を実現させるには、雇用と連動して各人の所得の向上を目指すことがポイントです。若者が『この会社いいな、農業は働き甲斐があるな』と思えるような産業にすること、それが目標です」と大平さん。


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 2021年からシンガポールにレタスを輸出する事業も開始した。そして2022年2月には、レタス類で輸出産地の大臣認定も受けた。「しかしこのご時世、前途はちょっと多難じゃないですか?」といじわるな質問をぶつけてみたら、「いや、今はコロナ禍で社会の動きが鈍いですけど、収束したら一気に動き出すと思いますね」とのこと。
 加えて「国内市場だけを考えるのではなく、マーケットの海外展開を目指しています。機械化、スマート農業もここ数年で加速すると思います。常に時代を見据えて新しいことに挑戦し、海外を視野に入れた事業展開が未来への課題です。これはまさしく、既成概念にとらわれないイノベーションなんです」と、力強い言葉が返ってきた。(ライター 上野卓彦 令和3年12月20日取材 協力:香川県西讃農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」令和4年5月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


大平やさい株式会社 ホームページ
香川県観音寺市大野原町大野原3884
TEL:0875-24-8248