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農業経営者の横顔



若い人に選ばれる、地の恵みを人の和で次世代につなぐ農園

2022年01月06日

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服部都史子さん、忠さん
(愛知県大口町 服部農園有限会社)


 農業従事者の高齢化や人手不足が深刻化する中で、「求人を出さなくても若い人が集まり定着率も高い」米農家の服部農園。そこには技術だけでなく、人としての成長にも力を注ぎ、働き手のやる気と責任感を引き出す経営者の努力がある。
 社員を育てる企業表彰「グッドキャリア企業アワード2019」(厚生労働省主催)では、そうそうたる大企業が名を連ねる中、農業法人として初となるイノベーション賞を受賞。さらに平成30年度には「全国優良経営体表彰」の経営改善部門で農林水産大臣賞を受賞した。
 そんな偉業を成し遂げる夫妻の横顔は、意外にも素朴で気負いがない。感謝、思いやり、礼節といった不易の教えを大切にした経営なのである。


従業員の平均年齢は28歳
 服部農園は、昭和35年に服部都史子さんの父親である現会長、靖宏さんが露地野菜農家として起業。平成11年に法人化し、26年に忠さんが代表に就任した。
 服部農園のある丹羽郡大口町は、名古屋市中心部まで車で30分ほど。利便性が高く、近年急速に都市化が進む地域だ。多くの地主から農地を託され、水稲を主とした経営面積147ha(水稲98ha、大麦45ha、露地野菜4.5ha、夏野菜苗10万鉢)は当該地区一番の経営体であり、町の農地集積の約半分を担っている。
 令和元年度の売上額は1億5000万円。従業員は社員9名、アルバイト6名で、平均年齢は28歳。ほかに次年度内定者や、新型コロナウイルスの影響で休職中の人なども働いている。


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左 :毎年、圃場で撮影される写真は、案内状やパッケージにも印刷される
右 :忠さん発案の会社のロゴ。Hの文字は「土の茶」「水を張った田んぼの青」「稲が少し育った緑」「色づき始めた黄色」「収穫できるオレンジ色」で構成され、田んぼの1年を表現


若手の指導は経営者ではなく先輩
 会社員だった忠さんが服部農園に入社したのは20代。アウトドア好きの忠さんには仲間が多く、よく農園の手伝いに来てくれた。若い人たちがわいわい作業をしていると、「あそこは楽しそうだ」と評判になり、働きたい人が集まってきた。
 忠さんは最低でも2年に1回は従業員を雇用することと、先輩後輩の年齢差が5歳以内になることを心がけている。なぜなら、年齢が大きく離れていると、年長者の何気ない一言を若手が威圧的と感じてしまうからだ。しかし、年齢の近い先輩のワンクッションがあるとまるで違う。
 新人の指導は忠さんではなく先輩従業員が担当する。仕事を教えることで、新人より先輩の方が大きく成長するという。経営者が作業を全部やって、「見て覚えろ」的なスタイルの農家も多いというが、それでは今の若い人はついてこない。 
 最近は愛知県立農業大学校卒の従業員が増えたが、ほんの5、6年前までは農業未経験者の集団だった。そのため、普及指導員を講師に招いて稲作勉強会を繰り返し開催し、栽培について一から学んだ。トラクタやフォークリフトなどの免許取得に際しても、費用面だけでなく出勤扱いとして、農園が全面的にバックアップしている。


従業員が経営者の目線を持つ
 従業員は毎日、作業日誌を手書きしている。目的なく現場に向かわないようにすることと、忠さんが一緒に作業しなくても、彼らの成長や改善点が見えるという利点がある。忠さんは丁寧に日誌を読み、週に一度返事を書き込む。不安やミスにはアドバイスを、また、積極的に成長を見つけてほめることで従業員の自己肯定感を高め、やる気を引き出す。
 誰がどこで何をするかを事務所のホワイトボードに書き込み、作業の見える化も実現した。伝達漏れやミスを減らし、個々人の責任感を培った。


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左 :目標や作業内容のほか、反省点などが書かれた作業日誌。それに対する忠さんのメッセージが温かい
右 :従業員研修の様子。テーマは「良い人生とは」


 また、経営者の目線を養うためにマネジメントゲーム研修(※)を年2回、全員が受講。決算書は全従業員に公開し、各人がさまざまな改善提案を出し合う。世間一般では「働けば給料をもらえる」と考えるが、経営を学ぶと「毎日仕事がある」のと「収入がある」のは違うことだと理解できるようになる。今夏、コロナ禍でボーナス支給が見送られたときには、一人一人が自分のできることを考え、自発的にチラシのポスティングや重機の整備などに取り組んだ。

ソニーが開発した管理者養成の実践的プログラム。研修では参加者が製造業の社長となり、ゲーム形式で会社経営を疑似体験する。


社員が主役の会社作り
202112_yokogao_hattori5.jpg 「従業員はこの会社のために生まれてきたのではなく、彼ら自身のために生まれてきた。従業員は私たちの仕事を手伝ってくれる大切な仲間。経営者が彼らのためにできることは何か。そんな思いでさまざまなことに取り組んでいます」と、都史子さんは語る。
 社会保障制度の拡充や年間休日90日を確保し、農繁期でもきちんと休みが取れるように配慮。チーム力を高める社員旅行や家族を交えたイベントも開き、従業員のライフスタイルを大切にする。毎朝6時、Facebookにアップされる服部農園の最新情報では、主人公は従業員たちだ。
 また、人気アウトドアブランドColumbiaのレインスーツを毎年支給し、塗装が古くなったトラクターの色を憧れの色に塗り替えるなど、若手のモチベーションを上げる努力も怠らない。そこには忠さんの「楽しく仕事をしたい」という思いがある。
右 :日々更新されるFacebookからは、農園の素顔が見えてくる


一枚の葉書が届けるぬくもり
 平成26年、米価の大暴落を受け、少しでも売上を確保するため直接販売を開始。特に農地の地権者に食べてほしいと、都史子さん手書きのメッセージを添えた葉書で米の販売を告知した。
 現在、地権者数は700を超えるが、年3回出す葉書のうち2回は従業員総出で書き、メッセージと名前を記す。ぬくもりのある葉書にファンが増え、販売数は年々増加している。
 平成30年には服部農園で作った米だけを扱うショップ「ハットリライスマーケット」をオープン。ガラス張りの精米工場や「農」と親しむワークショップなど、子どもも楽しめる店作りで地元の若い世代から愛されている。


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左 :ハットリライスマーケットは服部農園ブランドの発信基地。味噌造りのワークショップなどはすぐ定員に達する
右 :精米する工程を見える化。子どもが見やすい高さにも配慮されている


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左 :マーケットの顧客(約300名)に2カ月に一度農園通信を送付。従業員の家族にも送っている
右 :「次世代の子どもたちが『農業っていいな』と感じてほしい」と始めた田植え体験


服部農園の目指すもの
 服部農園では、ほかの農業法人や農業者とともに農作業の効率化に取り組むなど、異業種と連携することで商品開発や販路拡大のチャンスを広げている。また、作業着や商品パッケージを独自にデザインし、服部農園ブランドの構築にも力を入れている。そのほか、ユニークな取り組みは枚挙にいとまがない。「10年後、100年後、この町にこの景色を残したい」をスローガンに、農業を通して地域と関わり、地域とともに一人一人が成長することが服部農園の目標だ。


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左 :都史子さんがデザインしたお米のパッケージ
右 :会長夫妻を囲んでの会食。笑顔があふれる


 「どれだけ機械化が進んだとしても、農作業は過酷です。その一方で、私たちは大企業のような高い賃金や地位を与えられるわけではありません。ならば、ともに働いてくれる従業員に何ができるのか。人生のお土産に何をあげられるのか。それを考えたとき、ここで学んだことや気づいたこと、自己実現したことや『あの時はあんなに頑張った』という体験や記憶――それらが"人生のトロフィー"として、彼らの人生を支えてくれるのではないかと思い至りました。服部農園には志に燃えて就職する人ばかりでなく、かつては困難や生きづらさを抱えて戸を叩く人もいました。グッドキャリア企業アワードや全国優良経営体表彰は、そんな彼らとの葛藤と歩みの日々を形にするために、目標を定めて取り組んだ結果。大切なのはそこに至るまでの道のりです。何かを目指さなければ、日常は変わりません。だから今、私たち夫婦は表彰の後に入ってきたメンバーたちと、また次の"人生のトロフィー"を目指して歩み始めたところです」。

 そう話す服部夫妻は、従業員という家族を守り育てる両親のように強く、優しさにあふれていた。(ライター 松島恵利子 令和2年9月3日取材 協力:愛知県尾張農林水産事務所農業改良普及課稲沢駐在室)
●月刊「技術と普及」令和2年12月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


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TEL:0587-81-6688