もち麦に夢を託し、生産者の生きがいと地域活性化をめざす
2021年05月06日
信原秀清さん、中曽まゆみさん(岡山県高梁市(一社)宇治雑穀研究会)
岡山県高梁(たかはし)市の北西部、標高350mの高原に広がる宇治町は、一般社団法人宇治雑穀研究会が拠点を置く町だ。研究機関のような名称だが、もともとは雑穀類を生産する団体として設立され、現在はもち麦品種「キラリモチ」で麦粉や麦茶、地ビールを製造・販売している。
「いなきび」栽培から始まった雑穀研究会
宇治地区では古くから水稲を中心とした農業が行われてきたが、平成24年、岡山県の職員から信原さんに「いなきびを作ってみないか?」と打診があった。
雑穀類についてはあまり知らなかったが、かつてこの地域でもきびや麦を作っていたという話を耳にしていた信原さんは挑戦してみることにした。「雑穀類は長い間、途切れてしまっていたんですね。そこで私らで復興させようと、仲間数人が集まって宇治雑穀研究会を設立したんです」。知識のない雑穀類を勉強しようという、まさに研究グループだった。「私らが作ったいなきびは自家用でもあったんですが、やがて、このいなきびを使って焼酎を作りたいという話になり、岡山空港限定販売の焼酎が作られたんです。もっとも、私らはきびを作るだけで、焼酎には関わらなかったんですけどね」と信原さん。
そして同じ頃「もち麦」の話が持ち込まれた。「もち麦のことも全然知らなくて、最初は農家4戸、1反の田地から始まったんです。『キラリモチ』という新しい大麦品種で、作ってみるまでわからなかったが、収穫して食べてみたらもちもちしておいしい。これはいいということで、作付面積を増やしていったんです」。現在「キラリモチ」は210aまで広がっている。
食物繊維が豊富なもち麦「キラリモチ」に注目が集まる!
「キラリモチ」にはさまざまな特長がある。もち麦は米と一緒に炊いて食べるのが一般的だが、炊飯後に褐変することがある。「キラリモチ」は褐変の原因成分であるプロアントシアニジンを含まないので、加熱調理後も白さを失わない。「もち性」品種であることから粘りがあり、もちもちの食感がある。水溶性食物繊維の主成分であるβグルカンを玄米の3倍、白米の20倍、他の大麦品種の1.5倍も含み、わが国では「コレステロール値の正常化」や「食後血糖値の上昇抑制」「満腹感の持続」などが、アメリカでも「冠状動脈心疾患のリスクを低減する」という機能面が評価されている。
研究会ではもち麦を中心に、いなきび、黒米なども加え、メンバーも徐々に増えていった。地元の高校と連携し、作付と収穫作業に生徒たちが参加したり、高校内のカフェでもち麦を使ったシフォンケーキを作ったりと、広く活動を展開していった。
研究会ではさらに、もち麦の粉・粒・お茶の3種類の商品を開発して、地元の直売所などで販売をスタート。「学校給食でもち麦を使ってもらったり、岡山市のイベントに出品したりしました。高校生と共同で開発したことで食育の場を提供できましたし、地域にも活気が出てきたんです」と語るのは、事務局の中曽まゆみさんだ。
左 :もち麦(粒)はお米に混ぜて炊くだけ。サラダやデザートにも
右 :「キラリモチ」を焙煎した麦茶は香ばしさが際立つ
高梁市初の地ビール生産へ動き始める
もち麦の生産と加工品作りが軌道に乗ると、研究会のメンバーの中から「せっかく麦を作っているんだから、ビールを作ってはどうか」という意見が出てきた。「はじめはちょっとした遊び心だったんです」と信原さんは振り返る。
ものは試しとビール製造会社に問い合わせると、「もち麦では無理」と断られた。「ビール麦ともち麦を使ったビールなんて聞いたこともない」というのが理由だった。そこで岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授に協力を仰ぎ、ビール麦にもち麦10%を加えたビール作りを吉備土手下麦酒醸造所に依頼。醸造所も当初はどんなビールになるのか予測がつかなかったというが、めでたく2017年3月に完成する。
試作品完成披露会で初めて飲んだ人々は、苦味が少なく軽やかで爽快な味わいに、思わず笑みがこぼれた。ところが、ここで問題が持ち上がる。「ビールは完成したのですが、販売するには法人化しないといけないとて言われてね」。
そこで信原さんは普及指導センターに相談し、法人化の勉強会を開いて社団法人にしようと考えた。「社団法人は利益配分することができないのですが、もともと研究会で始めたことだし、株式会社にすることは考えておらんかったのです」。もちろん、組合員の手間賃や機械借り受け費などは支払うシステムである。組合員も全員一致で社団法人化に賛成し、2018年春、ビールの販売が始まった。
右 :フルーティーな麦の香りがさわやかな、軽い飲み口の「花笠」
夢をあきらめると、地域の力が失われてしまう
一般社団法人化したことで、組織としてのまとまりが生まれた。製品化されたもち麦ビールは、地元の祭り「渡り拍子」にちなんで「花笠」と名づけられ、ラベルもカラフルにデザインされた。調査ではビールにもβグルカンが含まれることが判明。もち麦の含有量を20%まで高めたもち麦ビールを新商品に、普及指導センターや6次産業化サポートセンターの協力を得て、2018年に6次産業化総合化事業計画の認定を受けた。もち麦のビールは、もち麦の加工品とともに、地元や岡山市の百貨店のフェアなどにも出展している。
現在、法人の組織は生産・加工・管理・総務の4部門からなり、組合員は26名となった。2019年6月には、月曜日のみ営業のカフェ「麦」をオープン。地域内外の人々の交流の場としてにぎわいを見せている。「男性は17人で、9人いる女性は全員が加工部に所属しています。4つの部署の代表者が月1回集まる会議には普及指導員さんにも参加してもらって、問題解決や今後の展開に向けてさまざまな話し合いをしています。当面の課題は、新たな販路の開拓ですね」。こう話す中曽さんの表情は明るく、「普及指導センターをはじめ、みなさんの力を借りて、夢を実現していきたい。夢をあきらめてしまうと地域の力が失われてしまうと思うんです」と、力強い声が返ってきた。
左 :宇治雑穀研究会の組合員たち
右 :カフェ「麦」のエントランス
左 :パエリア(写真左)はもちろんもち麦入り
右 :宇治雑穀研究会の商品のほか地元農産物も並ぶ
信原さんも「もち麦栽培が増えたことで、これまでに16反の遊休地がよみがえりました。もち麦といえば宇治と言われるよう、これからも品質の良いものを作って、宇治のもち麦をもっと広めていきたいですね」と目を輝かせた。(ライター 上野卓彦 令和元年12月23日取材 協力:備中県民局農林水産事業部 備北広域農業普及指導センター)
●月刊「技術と普及」令和2年4月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
一般社団法人 宇治雑穀研究会 ホームページ
岡山県高梁市宇治町宇治1831-1
0866―29-2001