いいものは必ず受け入れられる! 山の中で行列ができる"たまごかけごはん"専門店
2020年03月09日
「少しでも高く売りたい」が原点
西垣源正さんは、豊岡市但東町の山の中に作った"たまごかけごはん"の店「但熊」を行列のできる繁盛店に育て上げた農業経営者だ。
但東町は戦前から製炭、養蚕、畜産が盛んで、戦後になって養鶏業が増えた地域である。西垣さんが農業高校を卒業して家を継いだとき、300羽程度の鶏舎を父親が経営していた。西垣さんは高校在学中から、自分で作ったものは自分で値段をつけて売りたいと考えていた。「いい卵を少しでも高く売りたい」と、鶏舎を増築し、4000羽の養鶏農家になった。さらに、地域の同業者14人でエサ配合施設を建て、高い品質の鶏卵づくりに励んだ。
西垣さんたちの売り値に対し、問屋からは「高すぎる」と言われたが、菓子製造会社と取引が始まり、年間4000万円の売上となった。当時の取引先の社長の言葉が、西垣さんのその後に大きな影響を与えたという。「おいしいものを作るには、職人の腕は3割程度で、7割は材料」。西垣さんは、生産する卵の品質こそがすべてであると胸に刻んだ。
だがその後、菓子会社の業績悪化により取引は終了してしまった。時代は昭和から平成を迎えようとしていた。14人いた仲間は高齢を理由に抜けていき、平成8年には西垣さん1人になった。千葉の同業者から卵の自動販売機を勧められ、1台60万円で購入したものの注目度が低く、売れ残ってしまう。千葉に電話すると、「自販機1台だけじゃダメだ。2~3台置かなけりゃ認知されないよ」と言われ、すぐに増設した。するとテレビで取り上げられ、徐々に売れ行きがよくなっていった。「この自販機が、その後の経営を支えてくれる、力強い戦力になりました」と西垣さんは笑う。
最初は1台のみだった卵の自動販売機。自動販売機の安定した収益がその後の事業展開につながる
直売所の共同経営から独立
ふるさと創生事業の一環として町内に温泉施設が開設され、多くの来場者が訪れた。西垣さんはここで地産の野菜などを販売しようと、仲間5人でトレーラーハウスの直売所を週末に開店した。まだ「道の駅」などの直売所が普及していなかった時期で、農家は野菜を持ってこない。西垣さんたちが集落を回り、野菜を集めて回った。やがて購買客が増え、野菜も多く集まるようになり、よく売れた。
その頃、施設を経営する第三セクターから、直売所の増設が提案された。そのためには、施設工事や什器に経費が必要で、利益を上げなければならない。すると販売価格が上がり、生産者に負担をかけることになる。そうした状況を見て西垣さんは、温泉施設での販売から身を引くことにした。「但東町の生産者を大事にしなければだめだと思いました」。
左 :トレーラー販売から発展した農産物直売所「百笑館」
右 :店内には地元のとれたて野菜が並ぶ
西垣さんは仲間を説得して、トレーラーハウスで新たな直売所を作ることにした。そこが現在、直売所「百笑館(ひゃくしょうかん)」が建つ場所である。「当時このあたりは田んぼで、地主の許可を得て埋めて舗装しました。事務作業をスムーズにするためPOSレジを導入したけれど、1年目は200万円の赤字でした」。仲間が「もうやめよう」と主張する中、西垣さんだけが「もう一度投資して、建物もトイレも駐車場も整備しよう。5000万円の売上が出る店にしよう!」と力説する。地域の農家の野菜販売を続けたかったことと、「田んぼを埋めてしまった地主さんに申し訳ないし、5年契約のPOSレジのリースも契約期間が残っていました」。引くに引けない事情が西垣さんにはあった。結局、200万円の赤字を5人で分担して支払い、トレーラーハウス直売所の会は解散。西垣さんは1人で野菜の販売を再スタートさせた。それが地産野菜直売所「百笑館」だ。
左 :但東町栗尾(くりお)の卵だから「クリタマ」
右 :発酵鶏糞を使って栽培された西垣さんのお米
「たまごかけごはんが商売になるはずない」と言われても
平成13年にオープンした「百笑館」は、奥行きを狭くした分間口を広くとり、車で来やすい設計にした。「建物ができて、お客さんが来てくれましたが、この時期に底力を発揮したのが卵の自販機でした」。お客さんは、いい卵を覚えてくれる。そこから発想したのが"たまごかけごはん"だ。生みたての卵を炊きたてのご飯にかけ、醤油を垂らして食べる"たまごかけごはん"は、きっと人気を集めると常々思っていた。だが、誰に言っても同意してもらえない。
そんな折、この地域を台風が襲い、大きな被害をもたらした。災害補助金と銀行から資金を借りて、"たまごかけごはん"の店「但熊」を何とか開店した。卵の新鮮さと西垣さんが丹精込めて作った米のおいしさ、さらに卵かけ放題350円(取材時。令和2年2月現在400円)という価格設定が知れ渡り、休日などは2時間待ちの繁盛ぶりになった。現在、年間来客数は5万人を超える。
左 :「但熊」外観。休日には行列ができることも
右 :老若男女がたまごかけごはんを堪能する。店内の卵は食べ放題
左 :2升炊き炊飯器で1升4合ずつ炊くのが西垣さんのこだわり
右 :大ヒット商品「たまごかけごはん定食」
その後、平成22年に卵を使ったスイーツ専門店「但熊弐番館」をオープンした。「おいしいものを作るには、職人の腕は3割程度で、7割は材料」という菓子会社の社長の言葉が"芯"になった。「うちにはパティシエがいません。材料を調合して電気オーブンの設定をするだけ」というが、ケーキ等のスイーツはほぼ完売する。「うちは娘ばかりなので、女の子が好きなスイーツ専門店にしたんですわ」と、西垣さん。次女夫婦が生産と加工販売を受け持っている。
左 :オープンテラス、ティールームも併設する但熊弐番館
右 :卵をぜいたくに使ったお菓子はたまご屋ならでは
左 :ズコットチーズケーキ
右 :但熊弐番館の厨房で作業中のスタッフ
みんなが喜ぶ店にしたいからアイデアを出し続ける
1万羽の鶏を育て、ユニークな"たまごかけごはん"を広め、農業と養鶏業の新たなスタイルを実現してきた西垣さんに、平成23年度の農林水産祭天皇杯(畜産部門)が授与された。だが、やるべきことを成し得たという意識は西垣さんにはない。娘夫婦が経営を継ぐことで代表を退き、やりたいことをやるという西垣さん。「但熊」の待ち時間を楽しく過ごしてもらうために、店の前の池で鯉を飼って、お客さんに餌やりをしてもらいたいという。西垣流アミューズメントだ。
もう一つ取り組んでいるのが、若手就農者の育成だ。田んぼ、農機、倉庫などを無償で提供して、若い人に農業をやってもらいたいと活動している。「やりたいことはまだまだあります。地域の農業のため、お客さんのため、商売の邪魔はせんようにやりますよ」と、西垣さんは大きな声で笑った。(ライター 上野卓彦 平成30年12月4日取材 協力:兵庫県但馬県民局 豊岡農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」平成31年3月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
○株式会社西垣養鶏場 ホームページ
兵庫県豊岡市但東町栗尾225-1
TEL:0796-55-0045