人々に求められる有機農産物の安定供給に挑戦。有機JAS認証の加工品にも取り組む
2019年08月01日
有限会社肥後あゆみの会は、平成13年10月に設立。設立当初は柑橘農家4戸、野菜農家2戸の6家族で、有機栽培で自立できる農業をめざして設立した。除草剤、化学肥料を使わず、土壌消毒もしない。殺虫、殺菌剤をできる限り減らすことに取り組み、柑橘、野菜で有機JAS認定取得の面積を15haまで拡大している。平成27年には、自社の加工所を設立、有機JAS認定の加工品を生産するに至った。
メロン栽培から有機農業へ。多様な技術と人との出会い
(有)肥後あゆみの会は、熊本県宇城市にある。人口は1万2000人。熊本県中央部、不知火海に面したところだ。トマト、ミニトマト、ミカン、ブドウなどの産地で、昭和中期まで塩田だった土地で栽培された「塩とまと」は、糖度が12~13度と高く、地域のブランドとして知られる。その中で、「トマトの単作有機栽培を行い、ある程度の規模(澤村農園は370a)で作っているところは全国でも少ない」と澤村さん。それだけ栽培は難しく、「熊本県の平坦地で有機で作ろうとすれば、4月中旬〜6月中旬の間が限界」であるという。
同社は有機栽培を地域にも広げたいと仲間をつのり、6家族でスタートしたが、栽培技術はすぐには確立しなかった。柑橘農家の圃場には枯れ木が広がり、設立から5年目に面積は半減、苦しい経営が続いた。それでも澤村さんが有機にこだわってきたのはなぜなのか。
塩とまと(左)と3種類のトマトジュース(右)。有機プレミアム塩トマトジュースは、日本で初めて有機栽培に成功した、高糖度トマト「塩とまと」を絞っている。また、会の共同出荷者の有機JAS認証ミカンを皮ごと絞った有機ミカンジュースも人気商品。いずれもストレートジュース
熊本県農業大学校の一期生として入学、昭和55年の卒業後に就農した。減農薬メロンの栽培を経て、就農10年目、30歳の時に、2haまで拡大した農地をすべて有機農業に転換した。
「わが家は先代まで漁師でした。小さい頃は父と漁に出かけることが楽しみで、四季を通じていろいろな魚介類の恵みをいただきました。しかし原因不明の不漁を経験し、また水俣の生産者や流通の皆さんと出会って『農業は自然を守る産業であること』に気がついたんです」。
経営が立ち行かず、解散寸前だった時に、韓国の自然農業協会、趨漢珪(チョー・ハンギュ)さんの農法との出会いがあった。
澤村さんは、人間にとっての食べものが、植物にとっての肥料や堆肥などの養分であるならば、「肥料や堆肥などの成分、質、量をどう考えるのか」「収穫終了後の土をいかに休ませるのか」を考え、緑肥作物や、野草堆肥(2〜3年熟成したもの)を使うようになった。野草は県内の河川敷の草を刈ったものを利用している。
平成15年には、規模の拡大に伴い、農地取得がしやすい1戸1法人となった。他の出荷者の農産物は仕入れ会計を行って、共同出荷を続けている。加工品も同様だ。
安心安全な加工品を求めている人がいる!
「このトマトを見て下さい。果頂部が黒っぽくなっているでしょう。カルシウムが欠乏するとこうなるんです。糖度はとても高いのですが、商品にならない。そこで始めたのが加工です。もったいないじゃないですか」。
当初は県内阿蘇の加工会社に材料を持ち込んで委託加工をしていたが、それだと有機JASのトマトを使っているのに、JAS認証がとれない。トマトだけでなく、あゆみの会の生産者の有機JAS農産物も加工したいと考えて、加工所を整備することにした。県の宇城地域振興局農業普及・振興課にも助言をもらい、県の6次産業化総合対策事業で、加工場の什器購入費の半額助成を受けた。建物は倉庫を改築した。
左 :加工場の生産ライン
右 :加工所スタッフの松尾泰慶さんと、藤井尚子さん。「試行錯誤で、いろいろな商品をつくっています」
加工所ができて3年。現在は2名の若いスタッフが加工に従事している。松尾泰慶さんは入社して6年目。2年半の間、畑でトマトをつくっていた。肥後あゆみの会は、熊本有機農業研究会の研修生を受け入れ、独立を支援している。澤村さんのもとで有機農業をやってみたいという若者も全国からやってくる。松尾さんもそのひとりで「愛情をこめて育てた農産物を、よりおいしい商品にしたい」と意気込みを語る。
左 :肥後あゆみの会の加工場「天芯工房」の加工品。ギフト商品にも力を入れ、様々な組み合わせで化粧箱を用意している
右 :農業研修生とスタッフ。農業後継者の育成にも力を入れている
加工所では、トマトだけでも年間11tを扱う。ジュースなら500ml瓶で280本分が1度に加工できる。原料はへたをとって冷凍しておき、注文に応じて都度加工して納品する。あゆみの会の生産者の柑橘類のジュース、生姜のシロップなどもある。
「添加物や化学調味料を使わないので、加工品にも素材そのものの味が出ます。トマトなら収穫した時期によって、糖度の高い時期はジュース用、その他はピューレ用などに使い分けもします」と松尾さん。「ネット通販などもありますが、まだまだ認知度が低く、現状では95%を青果のルートに乗せて卸しています。今後は商談会などにも出て、積極的に加工品を売り込んでいきたい」と松尾さん。農家の委託加工も現在5軒受けている。高齢化が進む中で、少しでも現金収入につながり、地域の農家の手助けになればとの思いからだ。
設立当初と違っているのは、3割あった規格外品のトマトが、現在は3%も出ていないということ。野草堆肥による土づくりによって、品質が向上したのだという。
「基本的に肥料分は、ぼかし肥料と草しか入れてない」という澤村さんのトマトは、昨年、一昨年と、日本有機農業普及協会の「栄養価コンテスト」で最優秀賞を受賞した。糖度1位、抗酸化力6位、ビタミンCは5位。抗酸化力が低くなりがちな冬のハウス栽培トマトでありながら、平均値の2倍あるとはすばらしいと審査員がコメントしている。「一般的には、土壌分析をして足りない成分があれば、その成分の肥料を入れる。カルシウム欠乏なら、カルシウムを入れればいいトマトができるかというと、そうではない。肥料のやり過ぎは、害虫や病気を誘発することもあります。うちは野草で作った堆肥とぼかし肥料しか入れないけれど、できたトマトは糖度が高く、ビタミンが豊富で抗酸化力が高い。これは、土の中でたくさんの微生物が働いているということではないかと思うんです」。
右 :「甘くて昔のトマトの味がする」「えぐみがない。アレルギーの子どもも安心して食べられる」と人気の大玉トマト
農産加工は、電気代、光熱費、材料費などの原価と売価が一目瞭然で、青果よりコスト計算がしやすいと澤村さんはいう。現状では赤字ではないが、利益も出ていない。
「加工を軌道に乗せるにはまだまだですが、自分はこの農業をしてきて本当に良かったと思います。有機農産物は今、消費者にどんどん求められている。今度商談をするオーガニックの流通メーカーは、40年前には売上が4000万円だったのが、今では4000億円だそうです。志を同じくする新規就農者も、未来が見えてくるんじゃないかな」。
9月には県内氷川町に70aのトマトの圃場を整備する。また、阿蘇の高原地域に圃場を整備することも決まっている。平坦地でトマトが栽培できない7月~10月に阿蘇で栽培ができれば、1年中オーガニックのトマトを熊本から供給できるようになる。
左 :澤村輝彦さんのトマトのハウス。「窒素分の少ない野草堆肥を使うことで、作物の白根が多くなり、トマトの生命力が旺盛になって、病害も少なく、自然な味と香りになるんです」
「みんなが求める安心安全な有機農産物を、人々が日常的に買える価格で提供し、その結果として、人々が健康になり、次の世代に農地や農業、食べ物が受け継がれていく。『自分も有機農業をやりたい』という人が、どんどん出てくるために、自分たちが良いモデルをつくらなければ」と澤村さんは語った。(ライター 森千鶴子 平成30年3月15日取材 協力:熊本県県央広域本部宇城地域振興局農業普及・振興課)
●月刊「技術と普及」平成30年7月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
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