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農業経営者の横顔



遠方からでもわざわざ訪れたい。 「お母さんの味」にこだわった 農家レストラン

2017年10月17日

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伊藤惠子さん (宮城県美里町 株式会社はなやか)


 仙台から車で1時間以上かかる宮城県美里町に、予約をしてでも訪れたいレストランがある。一流ホテルのシェフの舌をも魅了するそのレストランの名は「野の風」。緑あふれる田園地帯にたたずむ古民家風の菜園レストランだ。宣伝をしていないにもかかわらず口コミで評判が伝わり、地元の人たちはもちろんのこと、遠方からも多くの食通が訪れ、平日でも満席になるほどの人気だ。


初めてでもどこか懐かしい味
 平日のランチメニューは1種類のみ。席に座れば料理が次々とテーブルに並べられる。くるみ豆腐、はっと(水とん)汁、新じゃがのごはんなど、地元の素材をふんだんに使ったメニューばかり。日によって内容が変わるものの、全12種類で1300円。仙台市内ならば倍以上の値段でも納得の豪華さだろう。ボリュームたっぷりに見えるが、シンプルで優しい味付けに不思議と箸が進む。初めてでもどこか懐かしさの感じる味に、心もほっこりする。


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 :菜園レストラン「野の風」 /  :ランチメニューの一例。鮮度抜群の豪華なメニューだ


2度の手術を経て食堂をオープン
 「野の風」を経営するのは、株式会社はなやかの代表取締役である伊藤惠子さん。専業農家だった伊藤さんがビジネスの道に本腰を入れたきっかけは、自らが患った病だった。
 結婚後に就農。農作業、家事と充実した毎日を送っていた40代。ときどき地元の祭りでみそ焼おにぎりを販売するのが楽しみだった。「喜んで買ってくれるのがうれしくて」。これが加工販売の原点だ。


 この喜びが伊藤さんには忘れられなかった。40代後半、町で直売所を作る話が持ち上がり、直売所内に食事を取るスペースを作ることを知った。「地元の味、お母さんの味を提供したい」と、食堂運営者に自ら手をあげた。
 オープンに向けていよいよ動き出そうというときに病が発覚。2度の手術を経験した。しかし、病気を経験したことが伊藤さんの心を奮起させた。準備に向けて奔走する姿に、家族や周囲の女性たち、そして普及指導員がサポートした。農産物直売所「花野果(はなやか)」内に食事処「はなやか亭」をオープンしたのは平成13年4月。退院してわずか3カ月後のことだった。


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農産物直売所「花野果(はなやか)」()と直売所内にある食事処「はなやか亭」(


「お母さんの味」が浸透
 「はなやか亭」は、直売所の一角にわずか20席でスタート。はっと汁などの郷土料理を看板メニューにした。また、みそ焼きおにぎり、みそをしそで巻いた「しそ巻き」などの惣菜も直売所に並べた。この「お母さんの味」が地元の子どもからお年寄りまで人気を集め、予想以上の売り上げを記録。4年で7000万円の売り上げ目標を、わずか1年未満で達成した。


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 :直売所でも人気の惣菜コーナー
 :人気のハンバーグ、コロッケ、焼きおにぎり。売り場に並べたとたんに売れていく


 「お客さんがのんびりくつろげる場所にしたい」と始めた食事処だったが、人気が出ると、お客さんの待ち時間が多くなり、くつろげる空間とは程遠くなっていた。そこで、「お客さんがもっとゆっくりできるレストランにしたい」と、平成18年、かやぶき農家を借りて予約制レストラン「白山堂」をオープンした。契約の都合上3年の期間限定ではあったが、野趣あふれる雰囲気と旬の野菜を使った料理で好評を博し、「お母さんの味」はさらに多くの人に浸透した。


201710_yokogao_hanayaka_3.jpg そして、農業生産法人を設立した平成22年、県のアグリビジネス経営基盤強化事業の補助を受け、菜園レストラン「野の風」をオープンさせた。

 現在、農業生産部門は、水稲24ha、大豆6ha、野菜35aと、年々生産規模を拡大。伊藤さんの息子がおもに担当している。レストラン・加工部門は、娘が担当。以前は、伊藤さんしか出せなかった「お母さんの味」が娘にも確実に伝わっているという。「私がいなくても子どもたちがしっかりやってくれているから、私が新たなことにチャレンジできる」と子どもたちに感謝している。
右 :古民家風の落ち着いた店内


出会いが生む新しい試み。料理人とコラボしたプロジェクトも
 「断らずにひとまずやってみる」が伊藤さんのモットー。成功も失敗もどんなことも「楽しい」と言ってしまう伊藤さんのバイタリティーは、多くの出会いを生み、つながりを作っている。
 みそ焼おにぎりを食べたのが縁で、関東の一流ホテルの元総料理長とは10年以上、親交を深めている。年に1回、「野の風」でイベントを開き、一流ホテルの料理長が美里の野菜を使い、フレンチ料理を披露している。


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 :関東の一流ホテルのシェフを招いたイベントも開催
 :個室は地元の女性たちの会合にも使われている


 加工部門では昨年、一風変わったカレーと冷製スープの販売をスタートした。県内生産量4位を誇る美里町の北浦地区で栽培したナシを使ったスープと、ナシと自家製の大豆を使ったカレーだ。県内老舗旅館の料理長がレシピを監修した"お墨付き"の逸品だ。こうしたたくさんの人との出会いが、伊藤さんのビジネスチャンスにつながっている。


今抱える課題
201710_yokogao_hanayaka_12.jpg 「順調に経営できているのかな」と笑顔を見せる伊藤さんが今抱えている課題は、生産拡大により手狭になった加工場の問題だ。現在、「野の風」内に加工場があるが、作る数に限界がある。

 また、若手の担い手不足も頭を悩ませている。「農作業などの力仕事や、パソコンなどのデジタル作業で若い人たちの力が欲しい」と、人材の充実を切望する。ただ、こうした課題に直面するたび、「普及指導員さんに相談して解決を図ってきた。気軽に悩みを話せるのでありがたい」と感謝している。
右 :「梨の冷製スープ」と「豆と梨のカレー」。人気は上々だ


「お客さんの笑顔」が原動力に
 1日24時間では足りないほど毎日忙しく動き回る伊藤さんの原動力は、「お客さんの笑顔」だ。東日本大震災の直後、避難所にお弁当を配った際、食べる気力を失ったおばあちゃんが「こんな料理が食べたかった」と笑顔を見せてくれたことが今も忘れられない。食が命をつなぐことを実感した瞬間だった。
 だから次の笑顔を求めて伊藤さんは走り回る。「多くの人に農業の面白さを知ってもらいたい」と、今後は農業体験や田舎宿泊体験など滞在できるプログラムを実現させたい考えだ。「昔から受け継がれている郷土の味、お母さんの味を多くの人に伝えたい」という一人の女性の思いが、今日も、多くの人の心を突き動かしている。
(ライター 杉本実季 28年6月6日取材 協力:宮城県農林水産部農業振興課、美里農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」平成28年9月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


(株)はなやか
宮城県遠田郡美里町字練牛14号20
TEL 0229-59-1250

○菜園レストラン「野の風」
TEL 0229-59-1250
営業時間 11:00~15:00(水曜休)
○食事処「はなやか亭」
農産物直売所「花野果(はなやか)」内
TEL 0229-59-1313
営業時間 10:00~17:00(水曜休)