地産地消飲食店を立ち上げ、自社農産物のブランド確立を目指す
2012年02月17日
阿部好美さん(中央・有限会社峰岸ファーム 代表取締役・岩手県平泉町)
左が好美さんの妹で店長の上野智妃さん、右が副店長の阿部由紀さん
世界遺産登録で活気づく、古都・平泉。多くの観光客でにぎわう中尊寺の表参道「月見坂」登り口付近、町営中尊寺第一駐車場の周りには、数軒の飲食店や土産物店が軒を連ねている。その中の一軒が「平泉農家茶屋」。農業法人「峰岸ファーム」が運営している飲食店だ。
店を訪ねると、社長の阿部好美さん(30歳)が、にこやかな笑顔で迎えてくれた。
異業種からの参入で味わった苦労
峰岸ファームの母体は、好美さんの父が経営する「丸正建設株式会社」。公共工事が集中する冬場とそれ以外の時期では、仕事量にどうしても差が生じるため、夏から秋にかけての雇用創出を目的に平成11年、農業法人を立ち上げた。
峰岸ファームの「峰岸」とは、阿部家の屋号。平泉町周辺は阿部姓が多く、集落内では屋号で呼び合うのが一般的だ。では、「丸正ファーム」にしなかったのは、なぜか。「父には、建設業とはしっかり分離したいという考えがあったようです」社名には、農業を始めるにあたっての志と覚悟が表れている。
異業種からの参入ということで、設立当初はさまざまな困難があったという。規模拡大のため耕作放棄地を借地するものの、農地として条件が良くない山間部の土地が多かったこともあり、「キャベツをつくれば気温の影響でぱっくり割れたり、大根を作れば見てくれの悪いものばかりだったり」という状態が続いた。
それでも、耕作面積は28haまで広がり、4.7haを占めるりんどうは、農場経営を支える柱の一つになった。それに次ぐ米も、有機栽培や特別栽培の実践により、顧客を増やしている。米の需要をさらに増やすため、平成19年には米粉麺の開発にも着手。有機栽培米90%とばれいしょ澱粉10%で打った「平泉ごりやく麺」と、米粉と小麦粉で打った「ひとめぼれうどん」が誕生した。玄米を原料にしたスナック菓子や、どぶろくもつくり、農家茶屋で販売している。
家業の手伝いから、社長就任へ
峰岸ファームが設立された平成11年当時はまだ学生だった。大学卒業後、仙台市の不動産会社に就職し、賃貸営業をしていた好美さんのもとに、実家から「仕事を手伝ってほしい」と連絡が入ったのは、平成17年秋。建設業も農業もゼロから覚えなければならなかったが、ちょうどその頃、未知の世界に飛び込んでみたいと思っていた好美さんは、Uターンを決意し、主に事務を担当することとなった。
平成20年の春には、さらなる転機が訪れた。峰岸ファームの「店」をつくることになったのだ。米粉麺を開発した頃から、農場の農産物や加工品を料理にして提供したり、販売したりする店が必要ではないかという話は出ていたが、ちょうどいい場所を見つけてからは、急展開だった。店長に抜擢された好美さんは、今度は接客業に挑戦することに。それまで社長を務めていた母に代わり、社長に就任したのもこの頃。こうして、峰岸ファームの地産地消飲食店「平泉農家茶屋」は、その年の秋に開店した。
中尊寺のそばに店を構える平泉農家茶屋 外観(左上)と店内(右下)
お客様の立場で店づくり
店をつくるといっても、最初は何をやったらいいのかも分からず、コンサルタント会社や町のアドバイスに従い、内装を整えたり、メニューづくりをしたりと、目の前にあることを片付けるのに精一杯だった。店は無事にオープンしたが「ど素人の集団が店をやっていることには変わりなく、せっかくつくった店は、ただの箱になっていました」と、振り返る。
全国はもとより、今では世界にも知られる平泉の中尊寺。その入口に店を構えているのだから、立地は申し分ない。しかし、店内が観光客で一度に埋まると、気持ちに余裕がなくなってしまい、接客に関するクレームを受けることも。「このままではいけない」という思いは、好美さんをはじめスタッフの間で徐々に強まっていった。「たとえば、他の店に行った時に何か気づいたことがあれば、『あそこの店はこうでしたよ』とスタッフ間で情報を共有したり、お客様と積極的に会話して意見を吸い上げようとしたりと、お客様の立場で店づくりを考えるようになりました」
左上 :お客様の声を聞くため店のテーブルの上にはアンケート用紙を置いている
右下 :近隣の物産品も販売
次第に、仕事に対するアイデアも、スタッフから上がってくるようになった。何か提案が出た時には、あれこれ言わず、まず「やってみて」と後押しするという。その裏には、社長就任当初から抱いていた、ある思いが隠されている。「会社を、楽しく仕事ができるところにしたい。楽しく仕事できれば、多少つらいことがあったとしても、やりがいを見出して働けると思うんです」。
手探りで店づくりをしながら、心を一つにしていったスタッフ。それは、好美さんが目指す会社像とも重なっている。
目標は峰岸ファームのブランド化
平泉農家茶屋では、地元農家が持ち込む野菜も販売している。野菜を受け取りながら交わすおしゃべりは、貴重な情報源にもなっているという。「農家のおばちゃんたちは、野菜作りのプロであるだけでなく、料理の仕方や食べ方にも詳しいんです。思いもよらないレシピを教えてもらい、店のメニューに活かしたことも何度かあります」と、好美さんは笑顔で語る。
左上 :平泉農家茶屋のメニュー「はっと汁定食」。はっと汁とは、小麦粉をこ ねて薄く伸ばし、野菜などと一緒に煮た汁
右下 :平泉農家茶屋の天丼。米は自家製、地元産の野菜もふんだんに使用している
情報収集の機会はほかにもある。年に1~2回だが、隣接する一関市にある「道の駅 厳美渓」で、朝市が開催される。厳美地区の花農家や野菜農家など10組ほどが出店しているが、そこには個人名で出荷。普段はなかなか顔を会わせられない農業の先輩たちとの「井戸端会議」は、「今年の花や野菜の出来はどうか、相場はどうか、といった話が多いですね。参考になります」
峰岸ファーム設立から10年以上が経ち、従業員の高齢化も目立ってきている。農作業の効率を上げる方法や、若い人も定着する職場づくり、加工品の販売ルート開拓など、経営者として考えなければならないことは山ほどある。観光客にとどまらず、店には地元の人にももっと足を運んでもらいたいのに、認知度がなかなか上がらないのも悩みの種だ。
「目標は、峰岸ファームのブランドを確立することです。そのために、いいものをつくり、たくさんの人に知っていただきたい」と好美さん。さまざまなものを吸収し、活かそうとする柔軟性と、持ち前のバイタリティーを強みに、経営の舵とりをしていく。(橋本佑子 2012年1月24日取材)