提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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「背景」
糸島地域では、複数の個別大規模経営体が水田農業の主要な担い手となっている。近年、農業者の高齢化や世代交代等により担い手への農地集積が進み、一経営体あたりの栽培規模が拡大している。担い手の経営の維持発展において、収量や品質の高位平準化が重要であるが、規模拡大が進む中、生育に応じたきめ細かな栽培管理が難しくなっており、作業効率の向上が求められている。
そのような中、当地域ではRTK基地局が設置されたことを契機に、スマート農業機械の導入が進み始めたことから、スマート農業技術の活用による作業時間の短縮や労働負荷軽減、収量・品質の高位平準化等の効果について検討し、水稲省力安定生産技術の確立、普及に向けた取組を進める必要がある。
「目標」
1.RTK基地局を活用したスマート農業技術の展開による水稲の生産性の向上や作業労力の軽減
2.ロボット田植機による田植作業の労働負荷軽減、ドローンによる肥料・農薬散布作業の省力化
3.ドローンの可変施肥による生育ムラの軽減
4.収量・食味メッシュマップ付コンバインによるデータを活用した肥培管理の検討
●福岡県糸島市
糸島市は、福岡県の最西端に位置しており、北側には玄界灘、南側には背振山系が連なり、それらの中間部には糸島平野と呼ばれる自然豊かな田園都市が広がっている。古くから農業が盛んで、主要品目は、水稲、イチゴ、ミカン、畜産、花きとなっており、市の基幹産業として重要な役割を担っている。また、大消費地である福岡市と隣接し、流通の拠点となっている。
○ロボット田植機(クボタ田植機 NW8SA-PF-A)
慣行区は3人(移植1人、苗補給2人)作業だったのに対し、実証区は主に苗補給のための2人(うち1人はマップ作成及び外周移植兼任)と、1人少ない人数で作業することができた。
欠株率や移植後の苗の活着も問題なく、高精度な作業ができた。
しかし、10aあたりの作業時間は、実証区の方が3.1分長くなる結果となった。これは、実証区の方が、植付速度がやや遅かったこと、マップ作成の時間や慣行より1周多い外周植付を要すること、外周植付を除いた直線距離が短いため移植効率が下がったことが理由として考えられる。また、慣行区では移植しながら苗のせ台に苗を補給していたが、実証区では畔際での苗補給のみであり、このことも時間を多く要した要因であると考えられる。
マップ作成は毎年行うことが望ましいとされているが、情報が保存されているため、ほ場条件が大きく変わらなければ、翌年以降のマップ作成時間は短縮することができる。
ロボット田植機の使用については、外周に2周必要となり、大区画ほ場での使用が想定されるが、自動運転で旋回まで行えるため、経験の浅いオペレーターでも安定した高精度の作業をすることができる。さらに、操縦作業における身体的・精神的疲労度は慣行の移植に比べて5割削減でき、省力化が可能となる。ただし、本実証においては、人的負担は軽減できたものの、実証区の方が作業に時間がかかったため、適期における作業可能面積が約25.6haとなり、実証農家の経営規模である29haには及ばなかった。よって、供試機械の導入については適期作業期間を考慮した上での検討が必要と思われる。
○リモートセンシング用ドローン(Mavic3)
8/3のセンシングデータをもとに作成した可変施肥マップ
○ドローン(T30K、T10K)
ドローン作業は、補助者の配置が義務付けられ2人作業となるが、乗用管理機を使用した場合と比べ、作業時間は約4割削減できた。また、10aあたりの施肥量や薬液の散布量が少ないため、肥料や薬液の補給に係る負担が軽減されたことや、離着陸以外は自動飛行となるため、身体的・精神的疲労度は、乗用管理機作業よりも削減できた。
ドローンの活用により、作業性に劣る不整形ほ場においても効率的に作業できることや、高速散布が可能なため、労働負担の軽減や適期作業の実施が可能となり規模拡大が期待できる。
※追肥・防除1回目はT30K。防除2回目は、機械手配の都合上、T10Kを使用したため、作業時間や経営評価等はT30Kで評価をおこなった。
○収量・食味メッシュマップ付コンバイン
(DR6130SX-PFQW-C+食味収量メッシュマップセンサ)
実証で使用したコンバインはメッシュ単位で収量・食味が測定されることから、ほ場内のばらつきを把握でき、結果を翌年の可変施肥に活用することで、ほ場内の生育ムラが軽減され、収量・品質の高位安定化が期待できる。
また、データの活用により、実証農家のような大規模経営においても、細かな管理が可能になるほか、データを蓄積していくことで、栽培経験の浅い農家でも生育に応じた管理が可能となる。
1.作業時間について
10aあたり作業時間は、実証区で4.51時間、慣行区で4.64時間であった。実証区の田植えでは、マップ作成時間やほ場条件などから慣行区よりも作業時間が増加したが、ドローン作業で時間が短縮され、全体の作業時間の短縮につながった。(図1、2)。
図1 植付作業
①ほ場の最外周を有人走行し、ほ場マップを作成
②まくら2周分をあけて内側植付(無人、旋回も自動)
③まくら内周植付(有人)
④まくら外周植付(有人)
図2 作業時間短縮効果
実証作業は約14%作業時間が短縮され、全体の作業時間は0.13時間短くなった
表1 各区の作業体系
表2 田植え作業調査
2.生育について
田植後降雨が続き日照が不足したが、活着に影響はなく、生育は概ね良好に進んだ。田植後30日頃の調査では、慣行区に比べて実証区の草丈は短く、茎数は同等、SPAD値はやや低くなったが、ほ場全体で見ると大きな差はなく、調査地点の差によるものと思われる。
追肥前後の生育について、目視により葉色が濃い地点と薄い地点それぞれでSPADの計測を行った。実証区では、追肥前の調査地点のSPAD値の差は5.4であったが、追肥後(ドローンによる可変施肥)のSPAD値の差は0.7となった。
追肥前後で葉色が薄かった地点のSPAD値は大きく増加しており、葉色ムラの軽減が見られ、生育に応じた可変施肥の効果が見られた。一方慣行区では、追肥前の調査地点のSPAD値の差は7.7で、追肥後(乗用管理機によるほ場内一定量の施肥)の差は4.2となった。差は小さくなっているものの、追肥前に葉色が濃かった地点、薄かった地点は、追肥後も同様の濃淡を示した(図3)。
図3 追肥前後の生育(SPAD) (SPADは各地点10点の平均)
実証区において、追肥後は葉色計測地点のSPADの差が縮まり、葉色ムラの軽減が見られた
3.収量および品質について
追肥前後のSPAD計測地点と同じ地点の坪刈り調査を行った。
実証区、慣行区ともに追肥前に葉色の濃かった地点の方が収量は多くなったが、実証区の方が葉色の濃い地点と薄い地点との差は小さくなった。実証区において、葉色が薄かった地点の追肥量を増加させることにより、一穂籾数の増加や高温登熟下での不稔籾の発生の抑制につながったものと推察される。その結果、コンバイン収量(KSAS)は、実証区の方が慣行区より約9%多くなった。これらのことから、実証区では可変施肥により低収量の面積が減少し、実証区全体の収量が増加したと考えられる。
実証区、慣行区ともに1等となり検査等級に差は出なかった。
しかし、玄米タンパク質含有率を比較すると、実証区は葉色が濃かった地点、薄かった地点ともに、本県における良食味米生産の取組で目標値としている6.8%以下を達成できたが、慣行区において葉色の濃かった地点では、目標値を超過した。
慣行の施肥では、収量が低い地点や玄米品質が劣る地点が混在する管理となっていたのに対し、実証した可変施肥体系では、地点ごとの生育に応じて施肥量を調整することで、収量及び品質ムラの解消が図られた。このことから、本実証技術により収量・品質の高位平準化につなげることが期待できると考えられる(表3)。
表3 収量・品質調査
○当該技術技術を導入した作業体系を実践することで、田植えの時間は慣行よりも増加するものの、ドローンの活用により全体の作業時間は短縮され、労働時間の短縮やそれに伴う人件費の削減が可能となった(図2)。
○実証農家に聞き取りをしながら行った軽労化評価によると、疲労度は大きく軽減され、疲労度を考慮して調整した心理的作業時間は減少した。このことから、当該技術の導入は、単に作業時間の短縮による身体的疲労度だけでなく、心理的疲労度の軽減にも有効であり、労働負荷の軽減につながることが示唆された(図4、5)。
図4 身体的・精神的疲労度
疲労度が最も大きいものを100とした
図5 軽労評価結果
実証区の作業時間は、軽労化により実作業時間より1時間短く感じる結果となった。労働単価を900円とすると、10aあたり900円(1時間×900円)の価値が創出された
○本実証では、ドローンによるリモートセンシングとそのデータに基づいた可変施肥を行い、ほ場全体の収量増加や品質向上につながり、可変施肥による収量及び品質ムラの軽減が確認できた。また、可変施肥の活用は肥料代の削減も期待できることから、経営改善効果があるものと考えられる。本実証においては、可変施肥の前にドローンセンシングという工程が必要であったが、収穫作業において収量・食味メッシュマップを作成できたことから、次年度はそのデータを活用した可変施肥を実施することで、ドローンセンシングの手間を省くことが可能となる(表4)。
表4 経営評価
実証機械は慣行機械に比べ高額だったが、実証技術の導入により、収量の増加や労働費の削減などにつながり、事業利益は増加
○実証ほ場において、収量・食味メッシュマップを用いて、次年度の施肥設計(可変施肥)に応用する。また、近年は衛星データを利用した生育ムラや地力ムラの把握も可能となっており、本実証以外の技術でも可変施肥のためのデータを取得することができる。よって、大規模経営体にとって使いやすい技術の検証が必要である。
○管内では分施体系が主であり、現在は幼穂形成期頃に代表ほ場に入り生育調査に基づき、施肥時期や施肥量を決定している。センシングデータと可変施肥対応機の連携がよりスムーズになれば、調査が簡略化され、多くのほ場を管理している大規模経営体に普及していく技術になると考えられる。
●実証年度及び担当普及センター
(令和5年度 福岡県福岡普及指導センター、福岡県農林水産部経営技術支援課)