提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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米政策の転換や米価が低迷する中、水田農業の担い手は高齢化が進み、経営体の規模は拡大傾向にある。水田農業の維持・発展を推進するため、水稲の省力・低コスト技術の確立が求められている。
そこで、密播苗だけでなく、田植え同時薬剤処理による作業の効率化や低コスト化技術の確立について検討した。目標は以下の通り。
①密播苗を用いた移植栽培の苗箱数削減に加え、箱処理剤、除草剤の田植え同時処理を実証する。
②苗箱数削減と田植え同時処理との組合せた栽培技術の長所、短所を明らかにする。
③苗箱削減技術の経営メリット、収益性改善効果を調査する。
●佐賀県杵島郡江北町
佐賀県の中央部に位置する江北町は、古くから米づくりなどの農業が盛んな土地で、九州の穀倉地帯である佐賀平野の一翼を担っている。平坦部は海抜0m程度の低平地のため、雨期や台風時には冠水害などの災害を受けやすいが、粘質土壌で地力に富み、米麦大豆・野菜の農業好適地帯となっている。
●施肥体系(実証区、慣行区共通)
基肥 成分kg(N-P205-K20)4.5-2.6-3.2
追肥 成分kg(N-P205-K20)2.4-0-1.8
●水管理
実証区、慣行区ともに移植後に入水。移植後~7月上旬まで、降水量が多く深水管理になっていたため水を落として浅水管理とした。中干し期間は7月下旬から穂肥施用前まで。その後間断灌水とし、9月21日に暗渠栓を開放し落水。
播種 | 能率と効果 |
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![]() 大種米きんぱロール(左) ![]() 播種作業 |
播種日:5月31日 ・実証区で用いた播種機の精度は高く、大種米きんぱロールを使用することにより、通常より多い1箱当たり269gの湿籾を均一に播種することができた。 ●型式 播種機(SR-285KRW) 大種米きんぱロール(SS-KR285) |
収穫 | 能率と効果 |
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![]() 実証区(左)と慣行区(右) (10月15日) ![]() 収穫作業 |
・収穫日:10月15日 ・実収(10a当たり) 実証区 :518kg 慣行区 :454kg ・実証区は、慣行区と比べて多収となった。(実収量比114%) ・実証区のほうが茎数・穂数が少なく㎡当たり籾数も少ない結果となっているが、実際はここまで差があると感じるほどではなかった。 ●型式 収量コンバイン(DR6130) |
※写真・図をクリックすると拡大します
(1)育苗について
育苗箱は、実証区・慣行区ともに軽労化育苗箱を使用した。軽労化育苗箱は、培土量が通常の育苗箱の3分の2で済むが、培土に含まれる肥料の量も少ない。そのため、播種量の多い実証区では苗の生育への影響が懸念されたものの、育苗期間が短かったことから苗の生育への影響はなかった。
実証区は、慣行区と比べて移植時の苗丈が短く、葉数も1.4葉ほど少なく、地上部乾物重は軽かった。苗の取り扱いを行う上でのマット形成は十分にできていたが、移植時に必要なマット強度としてはやや不足気味であった。
(2)最適株数並びに株当たり植込み本数とその評価について
県の栽培基準では、「さがびより」の栽植株数は50~60株/坪を基準としているが、当地域の農家段階では、使用苗箱数の削減を図るため疎植となる傾向がある。
実証農家では、栽植株数を50株/坪程度、植付本数を1株あたり3本程度に設定していることから、本実証における搔き取り量で、特に問題はみられなかった。
移植状況
(3)除草剤の効果と薬害の所見について
実証区、慣行区ともに初中期一発剤は田植同時散布を行った。散布ムラもなく、薬害はなかった。除草剤の効果は高かったが、後発生する雑草が例年よりも多いとの農家の印象。
(4)生育について
実証区の欠株率が高くなったのは、マット強度不足による苗の搔き取り不良に加え、植え傷みや移植後の大雨による深水の影響などが要因と考えられる。深水による初期生育の抑制は、初期分げつが確保されず、茎数不足の傾向で推移し、穂数が少なくなった。生育期間中、気温は梅雨期間含め8月末まで平年よりも高く推移し、9月以降は平年より日照時間が短く、白未熟粒や充実不足粒の発生による品質低下が懸念されたものの、問題はなかった。
(5)病害虫防除について
実証区の箱処理剤は田植同時処理を行い、本田防除は8月下旬に1回行った。8月調査時点で実証区、慣行区ともに病害虫の発生に問題がなかったものの、成熟期調査時には両区ともに紋枯れ病や籾枯細菌病が確認された。特に慣行区は実証区に比べて茎数が多かったことから、紋枯れ病の発生程度が多かった。
(6)収量・品質について
実証区は慣行区と比べて欠株がやや多く、収量構成要素から考えられる収量も少なくなるはずであったが、実収量は、実証区が慣行区を上回った(慣行区比114%)。
これは、分解調査において病害虫の影響がある株を除外して調査したことから、収量構成要素からみた収量と実収量に乖離がみられたものと推察された。圃場全体としては、慣行区が実証区より病害虫の発生程度が大きくなったことから、収量に影響したと推察される。
収量調査
※実収は収量コンバインによる全刈収量の実測値
(7)その他
欠株率は実証区が12.8%、慣行区が6.7%だった。
主要因として、密播苗では慣行苗と比べて根量も少ない上に、軽労化育苗箱の使用によるマット強度不足が考えられた。前述した通り、通常の育苗箱に比べて培土量が少ないため、マット強度が弱く、移植搔き取り時にマットがよれる現象が確認された。そのため、横送りの最初と最後が欠株になりやすいことから、欠株率が高くなったと推察された。
欠株率の改善のためには、十分なマット強度を得ることが必要と考えられた。
作業時間について、慣行区と比べ、播種から田植作業までの労働時間が約21%削減でき、使用箱数を約25%%削減できた。また、普及センター管内の一般的な農家の使用箱数は単当20箱程度であるため、一般的な農家と比べるとさらに削減効果は大きいと考えられる。
作業時間実績(全作業)
今回の実証結果では、マット強度不足や深水による欠株率の増加等が認められたものの、実証区は慣行区に比べて増収となった。田植同時処理による作業時間29%の短縮、使用箱数の削減による省力・低コスト化が図られ、経費が5%削減され、所得が28%増加した。
経営評価(10a/円)
本実証では、マット強度不足による搔き取り時の連続欠株、深水による初期分げつ抑制や欠株率上昇が課題として残った。労力軽減の一環として軽労化育苗箱を使用することも有力ではあるが、密播疎植を行う際は通常の育苗箱を使用し、十分なマット強度を確保することが必要である。
県内ではスクミリンゴガイの発生地域が多く、今回はスクミリンゴガイの発生がない地域であったことから、防除剤を散布していないが、防除剤の同時散布は作業時間の短縮につながる。密播では必要な苗箱数が少なくてすみ、移植の作業性が向上するため、普及性はあるが、通常の苗と比べると苗質が貧弱なため、各地域の圃場環境や気象条件等を考慮した栽培技術の組み立てが必要と考えられる。
(平成30年度 佐賀県杵藤農林事務所杵島農業改良普及センター、佐賀県農業技術防除センター)