提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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近年、当地域では微小害虫の発生が増加傾向にあり、薬剤散布回数の増加と共に、薬剤抵抗性発達が問題化している。また、国においては「みどりの食料システム戦略」が制定され、持続可能な農業に取り組むことを目標としている。
そこで、総合防除(IPM)による化学合成農薬の削減を目的に、佐賀県のキュウリ栽培に適した生物防除(天敵利用)の省力技術、並びに耕種的防除法等に関する実証調査を行う。あわせて、薬剤散布回数の削減や品質および収量向上による経営効果を評価する。
管内は佐賀県の南西部に位置し、武雄市、白石町、江北町および大町町の1市3町からなり、北西部は黒髪山、杵島山系が連なる山麓地域、南東は有明海に面した肥沃な平坦地域からなる。
施設野菜は中山間地域を中心にキュウリやアスパラガス、チンゲンサイ等が栽培されている。特に、キュウリは県内有数の産地であり、令和5年は農家戸数が54戸、栽培面積が14.3haとなっている。
1.調査期間
実証区:令和6年8月~10月
慣行区:令和6年9月~12月
2.試験区概要
実証区は天敵利用+推奨防除暦体系による農薬散布、慣行区は天敵利用+推奨防除暦を基本にした農家判断での追加防除を行う体系による農薬散布とした比較試験を実施した。
表1 試験区概要
1.虫数調査
各試験区の任意30株について、1株あたり上位葉、中位葉各1枚におけるアザミウマ類・コナジラミ類(成幼虫数)、アブラムシ類、ハダニ類、およびカブリダニ数を調査した。また、ホコリダニの発生有無についても調査を行った。調査期間は、実証区が令和6年8月9日~10月16日、慣行区が令和6年9月4日~12月9日までで、概ね14日間隔で行った。
2.ウイルス症状調査(黄化えそ病、退緑黄化病)
調査の最終日に罹病している株数をカウントした。ウイルス病の有無は、葉のモザイク症状で判断した。
3.薬剤使用状況調査
栽培期間中の使用薬剤について聞き取り調査を行った。
4.ハウス内温湿度調査
実証区、慣行区において使用されている環境モニタリング装置((株)ニッポー製)による温湿度測定を行った。
5.経営評価
薬剤散布量における防除経費と労力時間を比較した。価格についてはJAさが農薬価格に基づき調査を行った。
1.虫数調査
1葉あたりのスワルスキーカブリダニ、コナジラミ類、アザミウマ類の頭数の推移を調査した。
(1)実証区
7月25日に定植。7月26日にディアナSC、8月2日にアグリメック及びオーソサイド水和剤を散布した後、8月10日にスワルスキーカブリダニを放飼した。
およそ2週間後の8月23日の調査では、スワルスキーカブリダニの頭数は0.72頭/葉となり、定着が見られた。その後も増加し、最終調査時には4.85頭/葉となった。
アザミウマ類は、スワルスキーカブリダニの定着以降、成幼虫は0.03頭/葉を超えることはなく、低密度で推移した。
コナジラミは9月下旬ごろから増加し、10月上旬には0.89頭/葉となった。
アブラムシは、10月上旬に0.05頭/葉の発生が見られ、調査最終日には4.48頭/葉になった。
また、9月下旬ごろからチョウ目害虫が発生し、農薬散布により一時密度が低下したが、調査最終日には再び増加した(0.25頭/葉→0.08頭/葉→0.48頭/葉)。
ホコリダニについては、調査期間中の発生は見られなかった。
図1 実証区における天敵と害虫の推移 (令和6年6月9日~10月30日)
1:ディアナSC(7月26日)
2:アグリメック(8月2日)
3:マイコタール(8月23日)
4:マッチ乳剤・プレオフロアブル(9月30日)
5:マイコタール・ベネビアOD(10月13日)
6:マイコタール・スタークル顆粒水和剤(10月30日)
(2)慣行区
8月18日に定植。8月19日にディアナSC、8月27日にアグリメック及びオーソサイド水和剤、9月3日にプロポーズ顆粒水和剤を散布した後、9月4日にスワルスキーカブリダニを放飼した。
およそ2週間後の9月20日の調査では、スワルスキーカブリダニの頭数は、1.33頭/葉となり、定着が見られた。その後も増加し、最終調査時には6.65頭/葉となった。
アザミウマ類、コナジラミ類の成幼虫共に調査後半で0.9頭/葉となったが、これらの密度増加とともに、スワルスキーカブリダニの密度も増加した。
ハダニについては、10月16日には密度のピーク(5.25頭/葉)を迎え、その後は農薬散布によって密度が低下した。
アブラムシとホコリダニについては、調査期間中の発生は見られなかった。
図2 慣行区における天敵と害虫の推移(令和6年9月4日~12月12日)
1:ディアナSC(8月19日)
2:アグリメック(8月27日)
3:マイコタール・プレオフロアブル(9月15日)
4:ベネビアOD(10月5日)
5:スタークル顆粒水和剤(10月13日)
6:プレオフロアブル(11月15日)
7:グレーシア乳剤(12月12日)
2.ウイルス症状調査
実証区では、10月16日の最終調査時に、退緑黄化病が1750株中2株(0.1%)確認された。黄化えそ病は0株であった。
慣行区では、12月9日の最終調査時に、退緑黄化病が1950株中149株(7.6%)確認された。黄化えそ病は0株であった。
表2 ウイルス症状調査結果
黄化えそ病(左)と退緑黄化病(右)
3.薬剤使用状況調査
実証区における殺虫剤の使用数は、育苗期を含めて14剤で、うち本圃での対アザミウマ類・コナジラミ類への使用は7剤であった(表3)。これは、9月頃からチョウ目害虫の発生が確認されたことが要因で、使用した殺虫剤は、推奨防除暦と比較して4剤増加した。また、作期が想定より短くなり、1剤不使用となった。殺菌剤の使用は、育苗期を含めて8剤であった。本圃では、べと病と褐斑病予防のため、推奨防除暦と比べ3剤の追加と1剤の変更があった。
表3 実証区における育苗期、本圃の防除履歴
慣行区における殺虫剤の使用数は、育苗期を含めて14剤で、うち本圃での対アザミウマ類・コナジラミ類への使用は7剤であった(表4)。ハダニとチョウ目害虫の発生により、5剤(※)の追加散布と1剤の変更があった。殺菌剤の使用は8育苗期を含め9剤であった。
本圃では、褐斑病とべと病の予防のために5剤の追加散布が行われ、その追加散布後に散布が予定されていた1剤は不使用であった。
※追加散布の5剤には、実証区のみ使用予定で誤って慣行区で散布した昆虫寄生製剤マイコタールが含まれる。
表4 慣行区における育苗期、本圃の防除履歴
4.湿度調査
慣行区の10月中の温湿度データを確認した。
気温は20~25℃前後、湿度は常に80%以上を保っていた。
実証区については、パソコンの不具合により過去データを確認することができなかった。
図3 慣行区におけるハウス内温度と相対湿度の推移(10月)
5.経営評価
本圃での薬剤総散布回数は混用での散布のため、実証区では12回、慣行区では13回となった(データ省略)。また、殺虫剤の散布回数は実証区では11回、慣行区では9回であった。
害虫防除にかかる10aあたりの経費は、実証区では87,484円、慣行区では73,842円となり、実証区が13,642円高くなった。10aあたりの労働時間については、実証区では952.6分、慣行区では905.4分で、実証区が47.2分長くなった。
表5 本圃での害虫防除にかかる薬剤数及び経費
表6 本圃における害虫防除に係る労賃
●実証区・慣行区の両区において、前作までの天敵利用区と同様にアザミウマ類の発生が少なく、アザミウマ類による果実や葉への食害は確認されなかった。
●天敵放飼前の小さな株への防除は、摘芯作業後の害虫が増加してからの防除と比較すると薬液量も少なくて済み、散布労力量も少ないため、負担感は小さかった。雨天が継続して農薬散布ができない状況下において、天敵の有効性を感じている。
●今作はチョウ目害虫による食害が多く、薬剤を用いて防除を行う中でBT剤であるジャックポット顆粒水和剤を使用したが、効果が高いように感じた。
●マイコタールを使用するにあたり、殺菌剤が混用できるものと併用できるものについての区別がつきにくい点が気になる。
●これまでは天敵の調査は県担当者に任せていたが、天敵の効果を実感するようになり、自身でも圃場内の天敵の様子を観察しようと、ルーペを購入した。
●過去2年間の試験では、天敵利用をする試験区と天敵を使用しない慣行区を設置し、天敵利用による効果を確認することができたが、農家判断による追加散布が目立つという課題が生まれた。そのため、最終年度は、実証区を天敵利用+推奨防除暦体系による農薬散布、慣行を天敵利用+推奨防除暦を基本にした農家判断での追加防除を行う体系による農薬散布とした比較試験を実施した。
●しかし、猛暑によりチョウ目害虫が大発生し、追加防除を複数回行うことになった。実証区ではフェニックス顆粒水和剤、プレバソンフロアブル5、ジャックポット顆粒水和剤、プレオフロアブルの4つの殺虫剤を追加防除に使用した。慣行区では6回追加防除を行った。内訳は、プレオフロアブル、マイコタール、フェニックス顆粒水和剤、スターマイトフロアブル、グレーシア乳剤。マイコタールは誤散布で、グレーシア乳剤はリセット防除のために散布した。
●両区ともに、アザミウマ類やコナジラミ類を対象とした殺虫剤の追加散布はなかった。このことから、天敵利用+推奨防除暦体系は、これらの害虫に対して有効であると考えられた。ただし、追加防除があったことにより、これまでの調査と比較して、経費や労働時間を削減することはできなかった。
●実証区では、昆虫寄生製剤であるマイコタールを3回散布した。その結果、マイコタールに感染したコナジラミが複数確認されたが、慣行区と比較して効果を示すことは困難であった。
●次作では、栽培初期からマイコタールを使用し、かつ散布間隔を狭めることで、コナジラミにおける初期の防除強化に取り組みたい。
●管内キュウリ農家からは、「使用できる薬剤の数が減るため利用を考えていない」「最適な防除時期や防除ローテーションを知りたい」といった声があがっているため、天敵使用時における混用表や佐賀県版キュウリIPM防除体系の作成や配布に取り組むことで、天敵活用の普及に努めていきたい。
●また、最終年度に向け、管内生産者を対象にアンケート調査を行うことで、天敵利用の現状を正しく把握することや天敵を活用することへの意識調査に取り組みたい。
●次作も同様に、実証区(天敵利用+推奨防除暦体系による農薬散布)と慣行区(天敵利用+推奨防除暦を基本にした農家判断での追加防除を行う体系による農薬散布)での比較試験を実施する。この試験を行うことで、予防防除の重要性や防除回数を削減できる体系を示していきたい。