提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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佐賀県のイチゴ栽培では、本圃で天敵を利用したハダニ類の防除技術が普及している。しかし、薬剤感受性の低下や育苗圃から本圃へのハダニ類の持ち込みが要因となり、本圃におけるハダニ類の密度は増加している。また、現在作付けが拡大している県育成品種「いちごさん」においても、「さがほのか」と同様にハダニ類の発生に苦慮している。
そこで、育苗期から天敵を利用した防除技術について検討し、化学農薬だけに頼らない総合的な防除体系の確立を図る。
あわせて、天敵導入によりアザミウマ類に有効な薬剤の使用に制限がかかり、暖候期にアザミウマ類が増加して防除が困難になることから、天敵を利用したアザミウマ類防除についても検討を行う。
アザミウマ類による被害果実
佐城地域は佐賀県のほぼ中央部に位置し、管内は佐賀市、多久市、小城市の3市からなる。その地形は、有明海に面した佐賀平坦地帯、脊振・天山松浦に係る山麓・山間地帯に大別される。施設野菜は平坦部を中心にイチゴやキュウリ、トマト、ナス、アスパラガス等が栽培されている。特に、イチゴは県内有数の産地であり、令和3年産はJA取り扱い販売戸数が122戸、栽培面積が23.5haとなっている。平成28年産から県育成品種「いちごさん」の導入を進めており、令和3年産は管内の約9割の作付面積を占めている。
1.育苗期
※天敵放飼: 5月29日にスパイカルEX(250ml)を親株1,100株に対し2本放飼
2.本圃
※試験区天敵放飼:
10月27日にスパスパトリオ(スパイカルEX(250ml)+スパイデックス(300ml)を2セット放飼、リモニカ1Lを3本放飼、1月14日にスパイデックス100mlを6本放飼
※対照区天敵放飼:
10月27日にスパスパトリオ(スパイカルEX(250ml)+スパイデックス(300ml)を2セット放飼、1月25日にスパイデックス(500ml)を1本放飼
※試験区設置資材:
スリムホワイト30(連棟ハウスのみ)
1.育苗期
6月下旬までは親株から任意の複葉(試験区70枚、対照区90枚)を抽出し、ハダニ類およびミヤコカブリダニ(以下ミヤコカブリ)の頭数を調査した。
また、7月上旬からは子苗から任意の複葉(試験区70枚、対照区80枚)を抽出し、ハダニ類およびミヤコカブリ頭数を調査した。複葉は各株の新生第3葉とした。調査は月2回とし、約2週間おきに実施した。
2.本圃
任意の複葉100枚を抽出し、ハダニ類、チリカブリダニ(以下チリカブリ)、ミヤコカブリおよびリモニカスカブリダニ(以下リモニカス)を含むその他カブリダニの頭数を調査した。
複葉は各株の新生第3葉とした。また抽出した複葉と同じ株から1花ずつ、合計100花を抽出し、アザミウマ類およびリモニカスを含むその他カブリダニの頭数を調査した。
リモニカスは複葉と花の両方で確認されたため、結果は株当たり頭数とした。調査は月2回とし、約2週間おきに実施した。
1.育苗期
(1)ハダニ類の発生状況およびカブリダニの定着状況
①試験区
1複葉当たりのハダニ類頭数は、7月上旬には1複葉当たり0.67頭まで上昇したが、7月下旬には0.39頭と、やや抑えられた。ホコリダニによる被害が見られたため7月25日にスターマイトフロアブルを散布したことから、8月以降ハダニ類頭数は低く抑えられた。
1複葉当たりのミヤコカブリ頭数は、7月に0.10~0.17頭まで上昇し、8月以降はほぼ見られなくなった(図1)。
②対照区
1複葉当たりのハダニ類頭数は7月上旬に1.89頭まで増加したが、2回防除を行ったことで7月下旬には0.13頭まで抑えられた。その後も定期的な防除を続け、8月以降ハダニ類頭数は低く抑えられた(図1)。
図1 ハダニおよび天敵カブリダニ頭数(育苗期)(令和3年5月~令和3年8月)
矢印は各区の殺ダニ剤散布回数
試験区①スターマイトフロアブル(7月25日)
対照区①トクチオン乳剤(7月7日)、②コロマイト乳剤(7月9日)、③アグリメック(7月28日)、④トクチオン乳剤(8月19日)
(2)防除回数および経費等
ハダニ類に対する殺ダニ剤(化学農薬)での防除回数は対照区が5回に対して試験区が2回で、対照区に比べ3回少なかった。また、害虫防除にかかる化学農薬での防除回数は、対照区の10回に対して試験区は7回で、対照区に比べ3回少なかった。
ハダニ類防除にかかる10a当たりの薬剤・資材費は、対照区が8,379円に対して試験区が24,155円と、試験区の方が15,776円高かった。また害虫防除にかかる10a当たりの薬剤・資材費は対照区が12,922円に対して試験区が47,346円で、試験区の方が34,424円高かった(表1)。
ハダニ類防除に要する育苗圃10a当たり労働時間は、試験区で天敵放飼に約93分、薬剤防除に約139分の合計232分で、対照区の合計約348分に対して116分短くなった。また、害虫防除に要する育苗圃10a当たり労働時間は、試験区で合計約580分であり、対照区の合計約625分に対して45分短くなった(表2)。
なお、化学防除の総回数は、対照区が14回に対して試験区が26回と大幅に増加しているが、これは試験区において炭疽病を主とする薬剤防除を頻繁に実施したことによるものである(表1)。
表1 育苗期の防除回数と防除費の比較
表2.育苗期のハダニ類防除および害虫防除に要する育苗圃10a当たり労働時間
2.本圃
(1)ハダニ類、アザミウマ類の発生状況およびカブリダニの定着状況
①試験区
1複葉当たりのハダニ類の頭数は、12月中旬まで0~0.1頭で推移した。1月上旬には0.66頭まで増加したため1月14日にチリカブリの追加放飼を行い、1月下旬には0,1頭に減少した。2月下旬には一時的に2.18頭まで増加したが、3月以降は0.2~0.6頭に減少した(図2)。
1花当たりアザミウマ類頭数は、11月には0.86~0.87頭まで増加したため、2回防除を行い、12月上旬には0.24頭、12月下旬には0.05頭まで減少し、1月~3月上旬は0.13~0.33頭で推移したが、3月下旬以降、2.29~3.77頭まで増加した(図3)。
チリカブリは12月から1月上旬まで1複葉当たり0.02~0.03頭確認できた。追加放飼後は徐々に増加し、2月~4月上旬では1複葉当たり0.09~0.76頭確認できた。
ミヤコカブリは11月中旬に1複葉当たり0.07頭確認できたが、厳寒期の12月~2月は0頭で推移し、3月以降では0.01~0.08頭確認できた(図2)。
リモニカスは11月上旬から見られ、12月には1株当たり0.18~0.19頭確認できた。1月以降は0.03~0.24頭確認できた。特に3月以降はアザミウマ類の急激な増加に伴い、リモニカスも増加した(図3)。
②対照区
1複葉当たりのハダニ類の頭数は、12月上旬に0.53頭まで増加したが12月中旬には0.1頭まで減少した。1月上旬には0.87頭まで増加したため1月25日にチリカブリの追加放飼を行い、1月下旬には0.09頭まで減少し、3月下旬まで0~0.17で推移した。4月上旬に0.42頭に増加したため、薬剤防除を実施した(図2)。
1複葉当たりのチリカブリ頭数について、12月には0.01~0.12頭確認できた。1月上旬には0.33頭まで増加した。追加放飼後の1月下旬には0.01頭確認でき、その後は0.03~0.07頭で推移した。ミヤコカブリの頭数は1月上旬に0.04頭確認でき、その後は0~0.19頭で推移した(図2)。
図2 ハダニ類および天敵カブリダニ頭数の推移(本圃)(令和3年10月~令和4年4月)
矢印は各区の殺ダニ剤散布回数
試験区①ダニサラバフロアブル(3月5日、スポット散布)
対照区①マイトコーネフロアブル(10月13日)、②グレーシア乳剤(4月5日)
図3 アザミウマ類および天敵カブリダニ頭数の推移(本圃)(令和3年10月~令和4年2月)
矢印は各区の対アザミウマ殺虫剤散布回数
試験区①スピノエース顆粒水和剤(10月18日)、②マッチ乳剤(11月8日)、③べネビアOD(11月23日)④ウララDF(スポット散布)(1月22日)
対照区①べネビアOD(11月5日)、②マッチ乳剤(11月20日)、③グレーシア乳剤(4月5日)
(2)防除回数および経費等
ハダニ類に対する殺ダニ剤(化学農薬)での防除回数は、対照区の2回に対して試験区は1回であり、防除回数を削減することができた。また、害虫防除にかかる化学農薬での防除回数は、対照区の6回に対して試験区が6回であった。これは対照区において天敵放飼前のアザミウマ防除を行えなかったためである。
ハダニ防除にかかる10a当たりの薬剤・資材費は、対照区が64,020円に対して試験区が61,100円で、試験区の方が2,920円安かった。また、害虫防除費は対照区が72,216円に対して試験区が130,609円で、試験区の方が58,393円高かった(表3)。
ハダニ類防除に要する10a当たり労働時間は、試験区が天敵放飼約104分、薬剤防除18分の合計約122分に対し、対照区が天敵放飼100分、薬剤防除138分の合計約238分で、試験区が116分短くなった。また、害虫防除に要する10a当たり労働時間は、試験区が約374分、対照区が約708分で、試験区が334分短くなった(表4)。
化学防除の総回数は対照区の6回に対して試験区が9回で防除回数削減にはつながらなかったが、これは試験区でヨトウムシ類、アブラムシ類、うどんこ病が多発し、防除が必要となったためである(表3)。
表3 本圃での防除回数と防除費の比較
表4 本圃でのハダニ類防除および害虫防除に要する10a当たり労働時間(単位:分)
(3)供試資材評価
試験区ではリモニカスによるアザミウマ類防除の試験を行うため、圃場外からのアザミウマの飛び込みを抑制する目的で、定植前に圃場の一部に防虫ネット(供試資材:スリムホワイト30)を設置した。
防虫ネット効果の評価のため、防虫ネット展張区・防虫ネットなし区の各区について、11月中旬からハウス内外に青色粘着版(ハウス内に3枚、ハウス外に2枚、合計10枚)を設置し、12月中旬以降、毎月1回回収し、アザミウマ頭数を調査した。
ハウス内に設置した粘着版1枚当たりアザミウマ頭数は、11月中旬~12月中旬は防虫ネット展張区で247頭、防虫ネットなし区で約374頭であった。12月中旬~1月下旬は防虫ネット展張区で106頭、防虫ネットなし区で約149頭であり、防虫ネット展張区の方がハウス内のアザミウマ頭数が少なかった(図4)。1月下旬~2月下旬は防虫ネット展張区のアザミウマ頭数が防虫ネット無し区を上回ったものの、2月下旬~3月下旬では、防虫ネット展張区の方が防虫ネット無し区より再びアザミウマ頭数が少なくなった。
試験区本圃での調査においても、防虫ネットを展張した棟の方がアザミウマ頭数は少ない傾向にあり、防虫ネットによるアザミウマ飛び込みの抑制がその後のハウス内アザミウマ増殖を抑える効果が大きいと考えられる。
図4 アザミウマ頭数(試験区本圃・粘着板)
1.育苗期
育苗期から天敵を利用することで、化学農薬のみの防除に比べ、育苗期後半のハダニ類を低密度に抑えることができた。また、本圃への持ち込みは少なく、防除効果は高いと考えられた。
育苗期におけるハダニ類防除回数は、試験区では天敵放飼も含めて3回に対して対照区では5回と、防除回数を少なく抑えることができた。
2.本圃
本圃の試験では両区ともにスパスパトリオを放飼した。
試験区では12月中旬までハダニ類を抑制したものの、対照区では12月上旬にハダニ類頭数が増加した。よって、試験区では育苗期からの天敵利用により、育苗圃から本圃へのハダニ類の持ち込まないことが本圃でのハダニ類発生を抑えるうえで重要だと考えられた。
1月下旬には、両区でハダニ類が増加したため、スパイデックスを追加放飼した。試験区で一時的なハダニ類の増加が認められたものの、チリカブリの定着数が増加し、4月上旬までハダニ類を抑制することができた。暖候期(2月以降)に入る前に天敵追加放飼を行うことが、その後のハダニ類の増加抑制に重要であると考えられた。
リモニカス放飼によるアザミウマ類防除について、前年度調査ではリモニカスの増殖が見られなかったことから、今年度は試験区の一部に防虫ネットを設置し、圃場外からのアザミウマ類飛び込みを抑制するとともに、放飼前の防除では、天敵に影響の少ない薬剤を選択して使用した。これらによって、試験区では11月上旬からリモニカスカブリダニを確認することできた。アザミウマ類頭数は11月までは高く推移していたが、天敵に影響しない薬剤との組み合わせにより12月以降は低く推移し、リモニカスの増殖も確認された。しかし、3月以降はアザミウマ類の急激な増加がみられ、リモニカスのみでは抑制が難しかった。
以上から、本圃での天敵によるアザミウマ類防除については、防虫ネットとのセット導入を行い、暖候期には薬剤防除への切り替えが必要であると考えられた。
育苗期には殺ダニ剤をほとんど散布することがなく、また、本圃でも殺ダニ剤散布の削減ができたため、薬剤散布の労力が軽減され、天敵導入の効果を実感した。
労力だけでなく、品質の面でも薬剤散布を削減できたことは良かったと感じている。
また、昨年(令和2年度)と比較して、アザミウマの被害が少ないと感じた。
1.天敵を利用した育苗期から本圃までの総合的な防除体系の確立
ハダニ類防除に係る省力化対策・ハダニ類の薬剤抵抗性獲得回避対策として、天敵利用は有効な方法であるが、イチゴの育苗期では、炭疽病を始めとする立ち枯れ性病害防除が最優先されるため、天敵に影響のある殺菌剤の使用制限は、育苗期の天敵利用における課題である。この課題を考慮すると、親株定植後から天敵放飼前までの期間、および苗切り離し後から定植までの期間に炭疽病の重点防除を実施し、放飼後は天敵に影響の少ない殺菌剤を使用するといった工夫が必要である。
一方、炭疽病対策として一部の農家で導入されている雨除け育苗については、梅雨明け後は特に乾燥しやすく、ハダニ類が発生しやすい。育苗期の総合的な防除体系として、雨よけ育苗と天敵利用を組み合わせて推進していくにあたっては、天敵の定着を促進するため、潅水回数を増やして湿度保持に努めるとともに、パック型資材(スパイカルプラス)の利用を検討する必要がある。
本圃については、暖候期になると天敵によるハダニ類の発生抑制が難しくなることから、リセット防除の基準を示す必要がある。
2.アザミウマ類防除を目的とした天敵利用
本圃においてリモニカスを有効利用するにあたっては、防虫ネットの設置による圃場外からのアザミウマ類侵入防止、および放飼前の薬剤による集中防除を行い、アザミウマ類を低密度にしてから放飼を行うことが重要と考えられるが、あわせて、ハダニ類の天敵放飼も行う場合には、カブリダニへの影響を考慮して薬剤を選択する必要がある。また、暖候期になると天敵によるアザミウマ類の発生抑制が難しくなることから、リセット防除の基準を示す必要がある。