提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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福岡県のイチゴ栽培では、本ぽでの防除には天敵を利用したハダニ類(主にナミハダニ)の防除技術が普及している。一方、春先の収量低下や品質低下の要因の一つであるアザミウマ類(主にヒラズハナアザミウマ)の防除には、主に化学合成農薬が用いられており、近年、アザミウマ類に対する薬剤感受性の低下が問題となっていることから、化学合成農薬だけに頼らない防除体系の確立が望まれている。
このため、2か年(平成30年度、令和元年度)にわたり、2ほ場でリモニカスカブリダニの秋放飼によるアザミウマ類の防除効果、加えて、ハダニ類及びアブラムシ類に対する天敵を組み合わせたIPM体系による主要害虫の防除効果を検討した。その結果、アザミウマ類に対する防除効果が認められ、主要害虫に対するIPMの体系化が可能であることが示唆された。
令和2年度は、新たに1ほ場を試験区に加え、3ほ場において、過去2か年に検討したIPM体系による防除効果の年次変動を検証した。あわせて、管内の生産者ほ場9箇所においてリモニカスカブリダニの秋放飼を行い、その効果を周知することで普及を推進することとした。
八女普及指導センター管内は福岡県南部に位置し、八女市、筑後市、広川町の2市1町から構成される。南は熊本県、東は大分県と接しており、東部から山間地・山麓地・丘陵台地・平坦地に区分され、耕地面積9,620ha(県全体に占める割合11%)、うち田4,490ha(同7%)、畑5,120ha(同29%)と、県内では畑の割合が高い地域である(H28耕地および作付面積統計)。
農産物は水稲、麦をはじめ、茶、ブドウ、キウイフルーツ、ミカン、ナシ、イチゴ、ナス、トマト、キク等、多くの園芸作物が栽培されている。中でもイチゴは県内有数の生産地域〔JAふくおか八女いちご部会の栽培面積:105.2ha、農家戸数:466戸(H30実績)〕であり、主に京浜・京阪神市場に出荷されている。また、実証ほを設置する八女市旧八女市地区及び黒木地区は生産安定と省力化のため、ハダニ類の防除にカブリダニ類の利用が盛んに行われている。
1.年次変動の検討
(1)供試品種
福岡S6号(あまおう)
(2)ハウス構造
(すべてR2)
※試験区1からの距離は、試験区2および慣行区 約8.0km、試験区3 約0.5km
①試験区1
パイプハウス6連棟(2,385㎡、間口7.5m×奥行53m×6棟)
高設栽培
②試験区2
パイプハウス3連棟(693㎡、間口7.0m×奥行33m×3棟)
土耕栽培
③試験区3
パイプハウス4連棟(1,344㎡、間口7.0m×奥行48m×4棟)
土耕栽培
④慣行区
パイプハウス6連棟(1,815㎡、間口7.0m×奥行55m×6棟)
土耕栽培
(3)試験区の構成
試験区1、2では、10月17日にスリムホワイト45をハウス開口部に設置した。その後、11月10日にリモニカスカブリダニ(リモニカ)を25,000頭/10a放飼した。また、リモニカスカブリダニの定着前にアザミウマ類の密度を抑制するため、ベネビアODを散布した(試験区1は11月12日、試験区2は11月4日、試験区3は11月17日にそれぞれ散布)。
2.リモニカスカブリダニ普及拡大のための取り組み
(1)供試品種
福岡S6号(あまおう)
(2)試験区の構成
八女普及指導センター管内である八女市、筑後市、広川町であわせて9箇所の圃場を選定し、試験を行った。
リモニカスカブリダニ(リモニカ)を25,000頭/10a放飼。
放飼時期は11月10日から12月15日の期間とした。
1.年次変動の検討
(1)アザミウマ類の発生(被害程度含む)及び天敵(リモニカスカブリダニ)の定着状況
①調査1 ハウス内外のアザミウマ類発生状況
試験区1~3、慣行区ともに粘着トラップ(ホリバーブルー)を設置し、アザミウマ類(主にヒラズハナアザミウマ成虫)の誘殺数を調査した。
設置はハウス外4箇所(ハウス側窓外側)、ハウス内8箇所(ハウス側窓内側4箇所及びハウス内部イチゴ株上4箇所)。
※設置及び回収日は毎月10日、25日前後を目安とした
※今回の試験では1月下旬回収分までを取りまとめた
左から ハウス側窓(開口部外側)、ハウス側窓(開口部内側)、ハウス内部(株上30cm)
②調査2 イチゴ株上でのアザミウマ類の発生状況及び天敵の定着状況
試験区1では4箇所、試験区2、3及び慣行区では、それぞれ2箇所の調査区を設けた。
本ぽ定植後、1調査区あたり任意の30花を抽出し、そこに寄生するアザミウマ類、リモニカスカブリダニの個体数を調査した。また、各調査区の果実について、アザミウマ類の被害の有無を達観で調査した。
調査①の粘着トラップの設置は10月15日から行った。
調査②は、おおむね花が咲きそろう11月上旬に調査を開始した。調査回数は各調査とも月2回とし、毎月10日前後、25日前後を目安に調査。5月7日に調査を終了した。
(2)害虫防除にかかる費用等
試験区、慣行区の防除に係る総経費を算出し、比較を行った(定植時~5月7日まで)。
2.リモニカスカブリダニ普及拡大のための取り組み
リモニカスカブリダニを放飼した生産者に対して聞き取り調査を行い、リモニカスカブリダニによるアザミウマ類の防除効果を検討した。
1.年次変動の検討
(1) アザミウマ類の発生状況
図1 ハウス外部におけるアザミウマ類の粘着トラップ誘殺数の推移
●ハウス側窓外側の粘着トラップ誘殺数(以下、誘殺数)でアザミウマ類の発生を見ると、各試験区、慣行区とも10月15日~11月11日の期間が発生のピークとなり、その後は厳寒期に向けて減少した。
●2月以降に若干の発生が見られたものの、本格的に増加が始まったのは3月25日以降であった。
●試験区2及び慣行区については試験区1、3と比べるとアザミウマ類の発生は少ない傾向であった。
図2 試験区と慣行区におけるアザミウマ類の粘着トラップ誘殺数の推移
※( )内は他作物でアザミウマに登録のある農薬
●ハウス内外の誘殺数でアザミウマ類の発生を見ると、スリムホワイト45を設置していない試験区3では、10月26日~11月26日の期間にハウス側窓外側に比べてハウス内部の方が多く推移した。
●これに対し、スリムホワイト45が設置された試験区1では、同期間でハウス外部に比べてハウス内部の方が少なく推移した。この傾向は、試験区1と同じくスリムホワイト45を設置した試験区2では見られなかった。
(2)イチゴでのアザミウマ類の発生状況及び天敵の定着状況
①アザミウマ類の発生状況について
●試験区1では11月11日に10花あたり0.1頭(以下、頭)と、アザミウマ類の発生が見られたものの、3月25日の調査日まで少なく推移。その後は徐々に増加し、特に調査終了日である5月7日では8.0頭と急激に増加した。
●試験区2では、11月26日に0.2頭のアザミウマ類が確認され、試験区1と同様に3月25日の調査日までは少なく推移。4月8、22日の調査日で0.7頭、2.3頭と増加傾向にあったものの、5月7日の調査では1.5頭と再び少なくなった。
●試験区3では、11月11日に0.7頭のアザミウマ類が確認され、2月24日までの期間に0.3~2.3頭と継続的に発生が見られるなど、ほかの試験区や慣行区と比べると多い傾向であった。3月9日の調査日では14.2頭と急増したため、3月11日にファインセーブフロアブル、3月25日にスピノエース顆粒水和剤とアザミウマ類対象農薬を散布したが発生は収まらず、4月22日の調査日では27.0頭とさらに増加した。4月23日にディアナSCを散布したことで、調査終了日である5月7日には20.7頭と若干の減少がみられたものの、依然密度は高いままであった。
●慣行区では、調査開始から1月26日までの期間はアザミウマ類の発生が認められず、2月9日の調査日で0.2頭認められた後、3月9日までは低密度で推移した。3月25日、4月8日の調査日にそれぞれ0.5頭、1.2頭と増加したものの、農薬での防除により低密度で抑制され、調査終了日である5月7日には0.7頭と少なくなった。
●試験区3では、アザミウマ類が急激に増加した3月9日よりアザミウマ類の果実被害が継続的に確認された。
●試験区1及び2、慣行区では期間を通して果実被害は認められなかった。
2.天敵の定着状況について
●試験区1、2では、11月28日にそれぞれ10花あたり0.5、0.2頭(以下、頭)、試験区3で12月15日に0.2頭のリモニカスカブリダニの生息が認められ、その後は各試験区とも定期的に生息が確認された。
●試験区1では、5月7日のアザミウマ類増加に合わせてリモニカスカブリダニの増加が確認された。
図3 アザミウマ類の発生状況及びリモニカスカブリダニの定着状況
※( )内は他作物でアザミウマに登録のある農薬
(1)防除費用等
●殺虫剤の散布回数は、慣行区が15回であったのに対して、試験区1は9回と少なかったが、試験区2は15回、試験区3は14回と同等であった。
●試験区1では殺虫剤の使用は少なくなったものの、ベリマークSCの価格が高く、殺虫剤の総費用に差がなかったこと、また、試験区2、3では慣行区と殺虫剤の散布回数に差がなかったこと、一方、試験区ではリモニカやアフィパール等の天敵やスリムホワイト、アフィバンク等のIPM資材の費用が増したことから、10aあたりの害虫防除コストは、試験区1が204,660円、試験区2が184,160円、試験区3が228,400円、慣行区が128,280円となり、慣行区に比べて試験区1が76,380円、試験区2が55,880円、試験区3が100,120円高くなった。
表1 害虫防除に係る費用の比較(10a当たり)
表2 リモニカ普及拡大のための取り組み聞き取り調査結果
1.リモニカスカブリダニによるアザミウマ類の防除効果について
●試験区1、2ともにアザミウマ類の発生は同様の傾向を示し、調査開始から3月25日の調査日まで若干の発生はみられたものの、低密度で推移した。その後、両試験区ともアザミウマ類は増加したが、果実に被害が出るほどの発生とはならなかった。
●試験区1、2とも、11月以降はアザミウマ類対象農薬を散布していない状況であったにもかかわらず、3月25日までアザミウマ類を低密度で抑えたこと、また、3月25日以降のアザミウマ類の発生についても、その増加スピードが緩やかだったことを考えると、リモニカスカブリダニの効果は高かったと推察される。
●試験区3では、調査開始から2月24日までは0.3~2.3頭と若干の発生が見られ、3月9日に14.2頭と急増した。このため数回の補正防除が行われたが、アザミウマ類の密度は減少することなく、果実への被害も散見された。
●リモニカスカブリダニの放飼を行っているにも関わらず、試験区3で3月からのアザミウマ類の急激な増加を招いた要因については、まず、11月10日のリモニカスカブリダニ放飼に対して、ゼロ放飼のためのベネビアODの散布が11月17日とやや遅くなったため、放飼時にある程度のアザミウマ類が生息していたこと。また、スリムホワイト等の防虫ネットの設置がなく、ハウス外からアザミウマ類が多く侵入したこと等が考えられる。
●このことは、リモニカスカブリダニ放飼時にアザミウマ類の発生密度を十分に抑えることが必要であること。また、防虫ネットでアザミウマ類のハウス内への飛び込みを抑える等、天敵だけではなく、複合的に害虫の防除を行うことの重要性を示している。
2.スリムホワイトによるアザミウマ類の防除効果について
●スリムホワイトを設置した試験区1及び試験区2では、ハウス外でアザミウマ類の発生が多かった時期(試験区1:10月26日~11月26日、試験区2:10月15日~10月26日)でも、ハウス内のアザミウマ類の発生は低く抑えられた。
●一方、スリムホワイトを設置していない試験区3では、10月26日以降、ハウス内のアザミウマ類はハウス外と比較して高く推移した。このことから、スリムホワイトのハウス開口部設置はハウス外からのアザミウマ類の侵入を抑制することで、アザミウマ類のハウス内密度を抑制する効果があると判断される。
3.3か年の試験を通しての総合考察
●イチゴの促成栽培におけるリモニカスカブリダニの秋放飼については、3か年の試験を通してアザミウマ類を抑制していることが確認され、高いアザミウマ類防除効果があることがわかった。
●また、3年目の試験で、リモニカスカブリダニ放飼時のアザミウマ類の密度低下ができてない試験区や、スリムホワイト等の防虫ネットが設置されていない試験区では効果が十分でない事例が見られた。
●リモニカ普及拡大のための取り組みにおける展示ほ試験では、防虫ネットが設置されていない区や、放飼時期が遅くなった区については、効果が十分でない事例もみられた。
●これらの事例をみると、リモニカスカブリダニは、アザミウマ類に対する防除効果が高いものの、効果を安定させるには、放飼前にスリムホワイト等の防虫ネットによる侵入抑制と、ベネビアOD等の薬剤防除によるアザミウマ類密度低減が必要であることがわかった。
●また、ハダニ類及びアブラムシ類に対する天敵の同時利用が可能であり、これらを組み合わせることで、主要害虫に対するIPM体系化が可能であると判断される。
●慣行区に比べ、試験区の防除費用が高いため、今後の普及拡大を図るためには、天敵資材など防除コストの削減を検討する必要がある。
1.試験区1(ベリマークSC+ベネビアOD+スリムホワイト45+リモニカ)
アザミウマ類の発生について、年明けから殺虫剤はほとんど使用していないが、春先のアザミウマ類は少なく、収穫終了まで果実被害がほとんど確認されなかったことから、効果を実感している。ベリマークSCによる初期の防除(特にハスモンヨトウ、アブラムシ類)、スリムホワイト45でアザミウマ類の飛び込みを抑制しつつ、リモニカスカブリダニやアフィパール、ハダニ類天敵等の組み合わせで害虫を抑制し、必要に応じて補正防除を行うことで労力軽減につながっていると感じている。
2.試験区2(ベネビアOD+スリムホワイト45+リモニカ)
リモニカスカブリダニを放飼しているハウスではアザミウマ類の発生が少なくなり、薬剤防除の回数が少なくなったため、効果はあると感じている。
3.試験区3(ベネビアOD+リモニカ)
試験結果ではアザミウマ類の発生は多かったが、例年と比べると少ないイメージであった。効果は実感しているが、価格面を考えると実際の導入は厳しいと感じる。