提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
MENU
近年のナシ栽培では、ハダニ類の発生が増加しており、要因として、薬剤抵抗性の発達による防除効果の低下、生産者の高齢化によるハダニ類発見の遅れ等があげられる。
一方、施設野菜を中心に使用されている天敵製剤が、果樹においてもハダニ類防除の一つとして注目されつつある。しかし、本県の果樹栽培においては天敵製剤の活用事例が少なく、天敵に配慮した薬剤防除体系も確立されていない。また、天敵を効果的に使用するためには下草の管理が重要と考えられるが、その知見も不十分な状況にある。
そこで、天敵に配慮した薬剤防除体系や下草管理の違いがハダニ類や天敵の挙動に及ぼす影響を調査することにより、天敵製剤を導入したIPM防除体系の確立を目的とした。
茨城県の西部に位置する筑西市は、東京から北へ約70km、標高20~60mの平坦地にある。鬼怒川・小貝川等が南北に貫流し、河川流域には水田地帯、その間の洪積台地は畑作地帯と肥沃な農地が広がり、水稲、麦、ナシ、こだまスイカ、キュウリ、トマト、コギク、養豚などの生産が盛んである。気候は、年平均気温14℃前後、年間降水量約1,200mm前後、日照時間は1,900時間前後と全体的に温和であるが、関東内陸部の気候の特徴を有し、夏季は高温、冬季には日光おろしと言われる寒冷な季節風が吹き抜ける。
ナシは水稲、トマトに次ぐ筑西市の基幹作物で、生産者は127戸、栽培面積は119ha、産出額は約9.3億円となっており、県内最大のナシ産地である。作型は露地の「幸水」、「豊水」を主体とするが、近年は県オリジナル品種の「恵水」のほか、「あきづき」、「にっこり」、「甘太」など様々な品種の栽培が行われている。また、無加温ハウス栽培は、平成26年の雪害により最盛期の3分の1まで面積が減少しているが、10戸が取り組んでいる。
(1)実施場所
茨城県筑西市関本
(2)調査期間
令和3年5月~10月
(3)使用資材
スパイカルプラス(ミヤコカブリダニ)
(4)設置方法
製剤1パックを専用防水袋に入れ、1樹あたり1~3パック(樹冠面積に応じて調整)を主枝分岐部から概ね2m以内の枝に設置した(図1)。
図1 天敵製剤の設置状況
(5)試験区の設計
表1 各区の概要
実証区1
左 :下草は園全体で常に維持(定期的な踏み倒しのみ)
右 :ローラーで下草を踏み倒している様子
実証区2 機械除草により下草は園全体で少なく維持。株元除草区(左)と株元草生区(右)
(1)ハダニ類・カブリダニ類の発生消長調査
各区の四隅と中央部の計5か所から任意に合計50葉を抽出し、葉上に生息するハダニ類・カブリダニ類の頭数を計測した。
調査は5月12日から10月21日まで、概ね14日間隔で行った。
(2)農薬散布・下草管理の履歴調査
栽培期間中の農薬散布状況、下草管理の状況について聞き取り調査した。
(3)農薬等の経費調査
聞き取り調査から、10aあたりの経費を算出した。
農薬の散布量は平均的な300L/10aを用いた。
労賃は1,000円/1時間。防除作業は20分/10a、天敵設置作業は、事前の防水袋の調整作業を含め48分/10aとして計算した。
(1)ハダニ類・カブリダニ類の発生消長調査
<N氏>
実証区1のハダニ類は5月から発生し、8月以降やや増加したが、対照区より少なく推移した。
カブリダニ類は6月中旬から増加し、10月上旬にやや大きなピークが見られた。対照区よりやや高い密度で推移した。
対照区1のハダニ類は8月から増加し、9月上旬に急増したが、9月下旬には減少した。カブリダニ類は、6月から発生したが少なく推移し、10月上旬にやや増加したが、全体的には実証区よりやや低い密度で推移した(図2、3)。
図2 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(実証区1)
図3 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(対照区1)
<O氏>
実証区2と対照区2を比べると、実証区の方が早い時期からカブリダニ類の発生が見られた(図4~7)。
図4 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(実証区2・株元草生)
図5 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(実証区2・株元除草)
図6 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(対照区2・株元草生)
図7 ナシ葉上に生息するハダニ類とカブリダニ類の密度推移(対照区2・株元除草)
実証区2のハダニ類は、株元除草区では6月中旬に、株元草生区では7月中旬に増加したが、両区とも7月中旬の殺ダニ剤散布後に減少し、その後はほとんど発生が見られなかった。カブリダニ類は、両区とも天敵放飼後の6月上旬から発生が確認され、株元除草区では7月下旬から8月下旬にかけて一時的に減少したが、調査終了時まで発生が見られた(図4、5)。
対照区2のハダニ類の発生は、株元除草区では6月中旬頃から、株元草生区では6月下旬頃から増加し、両区とも7月中旬の殺ダニ剤散布後には減少したが、8月下旬に再びピークが現れた。調査期間を通して、株元草生区の方が少なく推移した。カブリダニ類の密度は両区とも6月下旬頃から増加し、調査終了時まで発生が見られた。株元草生区の方が株元除草区よりやや高い密度を維持して推移した(図6、7)。
(2)薬剤散布・下草管理の履歴調査
<N氏>
実証区1、対照区1ともに、殺虫剤・殺菌剤は同じ薬剤を使用し、使用回数も同じであった。使用剤数は、殺虫剤が15剤、殺菌剤が18剤であった。殺虫剤のうち、殺ダニ剤の使用は3剤(表2、3)。下草管理は、除草を行わずローラーによる踏み倒しを実証区1、対照区1ともに3回(6月7日、7月10日、8月2日)実施した。
表2 化学農薬の使用剤数および防除実施回数
<O氏>
殺虫剤は8月11日のみ実証区2と対照区2で異なったが、それ以外は同じ薬剤を使用し、使用回数も同じであった。
殺菌剤は、実証区2、対照区2ともに同じ薬剤を使用し、使用回数も同じであった。
使用剤数は、殺虫剤が12剤、殺菌剤は17剤であった。殺虫剤のうち、殺ダニ剤の使用は2剤であった(表2)。下草管理は機械除草により、実証区2は3月26日から8月20日まで、対照区2は3月27日から10月9日まで、それぞれ6回実施した。
(3)農薬等の経費調査
<N氏>
実証区1、対照区1ともに、殺虫剤・殺菌剤は同じ薬剤を使用し、使用回数も同じであったため、10aあたりの天敵製剤を含めた農薬経費の合計は、実証区1が対照区1に比べ天敵製剤の費用分の25,103円高くなった。
防除や設置に掛かる労賃を含めた総防除経費は、対照区1の55,347円に対し、実証区1が81,250円で25,903円高くなり、対照区比147%であった(表3)。
表3 農薬等の経費の比較(10aあたり)
<O氏>
殺虫剤1剤のみ実証区2と対照区2で異なったが、それ以外は同じ薬剤を使用し、使用回数も同じであった。10aあたりの天敵製剤を含めた農薬経費の合計は、対照区2の39,168円に対して実証区2が60,017円で、20,849円高くなった。防除や設置にかかる労賃を含めた総防除経費は、対照区2の44,501円に対して実証区2が66,150円で21,649円高くなり、対照区比149%であった(表3)。
●対照区1で、8月下旬から9月上旬にハダニ類が急増した。実証区1も、9月上旬が発生ピークであったが、ハダニ類の密度は対照区1の5分の1と小さく、防除効果はあったと考えられる。
●対照区1で、9月中下旬にハダニ類が大きく減少したが、降雨の影響(9月18日:降水量40mm以上)が一要因として考えられる。
●実証区2では、対照区2に比べて早い時期からカブリダニ類の発生が見られた。また、実証区2、対照区2ともに、6~7月にハダニ類の発生が増加したが、7月19日の殺ダニ剤散布により減少した。その後、実証区2では、ハダニ類はほとんど見られなかったが、対照区2では、8月下旬にハダニ類の発生ピークが見られたことから、天敵導入の効果があったと考えられる。
●実証区2および対照区2の株元草生区と株元除草区を比較すると、株元除草区の方が、早い時期からハダニ類が増加し、発生量も多かった。また、カブリダニ類については、株元草生区の方が安定して発生が確認されたことから、株元の下草による効果があったものと考えられる。
●天敵製剤の効果を確認するため、今年度は、対照区も実証区と同様に、天敵に影響の小さい農薬を用いて防除を行った。ハダニ類の発生が例年より少なかったこともあり、両区とも同じ防除回数となった。
●実証区では、天敵製剤を含めた総防除経費は増加するが、実証農家からは、経費の増加よりもハダニ類急増による早期落葉等の重大な被害を抑制できる点に価値を感じるという声が聞かれており、天敵製剤導入にあたってのポイントになると考えられる。
<N氏>(実証区1)
天敵製剤を導入していないほ場では、一時期ハダニ類が多発したが、天敵導入ほ場では多発することもなく、効果を実感した。
下草を温存して12年になるが、天敵製剤と組み合わせることで、ハダニが多発しても、その後天敵が増え、ハダニ発生を抑えていることが分かった。
天敵製剤は高価ではあるが、天敵が定着してきているように感じているので、継続して利用していきたい。
<O氏>(実証区2)
今年度も6月に、天敵導入ほ場の外周の一部にハダニ類が出たが、その後の拡大がなかったので、間違いなく効果はあると思う。
殺ダニ剤は、昨年度よりもさらに減らした2回散布であったが、問題なかった。
年々安定した効果が出ているので、継続して利用していきたい。