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IPM

千葉県におけるいちごIPM実証調査(千葉県 平成30年度)

背景と取組みのねらい

 千葉県のイチゴ栽培では、本圃で天敵を利用したハダニ類の防除技術が普及している一方、育苗期における天敵の導入事例は少ない。
h30ipm_chiba_0.jpg 育苗期の防除には化学合成農薬が主に用いられており、薬剤抵抗性が発達して防除効果が低下することで、多回数散布や残存したハダニ類の本圃への持ち込みが問題化している。そのため、育苗期においても化学合成農薬だけに頼らない、総合的防除体系の確立が望まれる。
 また、春先の収量低下や品質低下の要因の一つとして、本圃でのワタアブラムシ(以下:アブラムシ)やヒラズハナアザミウマ(以下:アザミウマ)の被害がある。アブラムシやアザミウマの防除には、定期的な化学合成農薬の散布により発生密度上昇を防ぐことが必要であるが、近年はアブラムシやアザミウマに対する薬剤感受性の低下や害虫の増殖が早く、薬剤による防除だけでは対応しきれないなど、化学合成農薬のみによる防除は困難となってきている。
 そこで、昨年度(平成29年度)取り組んだ育苗期からの天敵カブリダニの導入によるハダニ類の防除に加え、本圃でのアブラムシ、アザミウマに対しても天敵資材を導入し、これら害虫に対する天敵を中心とした防除体系の実証を行った。

地域の概要

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 山武地域は千葉県の東部に位置し、東金市、山武市、大網白里市、九十九里町、芝山町、横芝光町の3市3町から構成される。地域の農業はその地形から、北西部では肥沃で広大な火山灰土の台地畑を利用して露地野菜及び施設野菜・花き生産等が営まれ、南東部の九十九里平野では稲作を中心に、平坦な砂質畑を活用した露地及び施設野菜や植木の生産等、バラエティーに富んだ営農が行われている。
 実証圃を設置した山武市成東地区は、県内でも有数のイチゴ栽培地域で、観光・直売をメインとした経営が行われている。栽培面積は1,630a、農家戸数は約70戸、品質向上と生産安定のため、IPM技術の導入が積極的に進んでいる。

実証圃の概要

1.調査試験区の構成
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(1)育苗期
○調査期間  :平成30年4月9日~平成30年9月7日
○ハウス構造 :パイプハウス2連棟(600㎡、間口6m×奥行き50m×2棟)のうち試験区として1棟を使用
○栽培方式  :プランターに親株を植えてベンチ上で育苗
○試験区の規模:3株植えのプランター69個(207株)
○天敵放飼  :4月17日
 ミヤコカブリダニ(スパイカルプラス、69パック/区)(図1)
 チリカブリダニ(スパイデックス、50ml/区)

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図1 育苗期におけるミヤコカブリダニ(スパイカルプラス)の放飼

(2)本圃
○調査期間:平成30年9月26日~平成31年4月10日

1)試験区①(高設栽培、アフィパール放飼あり、防虫ネットなし)

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○調査期間 :平成30年9月26日~平成31年4月10日
○ハウス構造:パイプハウス2連棟(600㎡、間口6m×奥行き50m×2棟)
○天敵放飼 :
 10月31日 チリカブリダニ(スパイデックス、100ml/10a)、ミヤコカブリダニ(スパイカルEX、250ml/10a)
 11月21日 リモニカスカブリダニ(リモニカ、2L/10a)(図2)
 12月 5日 コレマンアブラバチ(アフィパール、1瓶/10a)
 12月14日 コレマンアブラバチ(アフィパール、1瓶/10a)
  1月16日 チリカブリダニ(スパイデックス、100ml/10a)

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図2 本圃におけるリモニカスカブリダニ(リモニカ)の放飼

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図3 アフィパールの放飼。紙コップに小分けにし、ハウス内3カ所に放飼


2)試験区②(土耕栽培:アフィパール放飼なし、防虫ネットをサイドの換気口に展張)

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○ハウス構造:パイプハウス2連棟(600㎡、間口6m×奥行き50m×2棟)
○防虫ネット:サンサンネット クロスレッド(目合:0.8mm)
○天敵放飼 :
 10月31日 チリカブリダニ(スパイデックス、100ml/10a)、ミヤコカブリダニ(スパイカルEX、250ml/10a)
 11月21日 リモニカスカブリダニ(リモニカ、2L/10a)(図2)
  1月16日 チリカブリダニ(スパイデックス、100ml/10a)

調査内容および方法

1.育苗期におけるハダニ、天敵の調査
 10~14日間隔で各プランター(親株3株定植)から1株の小葉1枚を抽出し(小葉約69葉/区)、そこに寄生するミヤコカブリダニ、チリカブリダニ、ナミハダニの個体数を調査した。7月中旬以降は切り離された小苗69株を対象として、同様に調査した。

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2.本圃におけるハダニ、天敵の調査
 試験区①では、ハウスの支柱で仕切られた約1mのブロックごとに小葉1枚を抽出(小葉56葉/区)、試験区②では同様に、支柱で仕切られ2段高接ベットの上下段の約1mのブロックから各小葉1枚を抽出(小葉186葉/区)し、そこに寄生するミヤコカブリダニ、チリカブリダニ、ナミハダニの個体数を調査した。調査は10~14日ごとに行った。

3.本圃におけるアブラムシ、天敵の調査
 2.の調査と同様の方法で、小葉に寄生するコレマンアブラバチ(マミー)、アブラムシ類の個体数を調査した。調査は10~14日ごとに行った。

4.本圃におけるアザミウマ、天敵の調査
 試験区①、試験区②において、2.で定めた各ブロックから1花を抽出し、そこに寄生するアザミウマまたはカブリダニの寄生の有無、および個体数を調査した。また、各ブロックの1果実についてアザミウマによる被害の有無を調査した。
 試験区として設置した各ハウスにおいて、ハウス内3か所のイチゴ株上とハウス外2か所の側窓開口部近辺に、約30cmの高さに粘着トラップ(ホリバー青)を設置し、アザミウマ成虫の捕獲数を調査した。

調査結果

1.育苗期における天敵放飼によるハダニ類の防除効果
 天敵放飼前に、ナミハダニがわずかにスポットで発生していたため、4月13日にマイトコーネフロアブルを使用して密度を低下させてから、4月17日に天敵放飼(スパイカルプラス+スパイデックス)を行った(図4)。天敵放飼後はナミハダニの発生は見られず、定植直前まで殺ダニ剤を使用することなく防除することができた。

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図4 育苗期のナミハダニ及びカブリダニの発生推移(平成30年)

2.育苗期の天敵放飼によるハダニ防除効果
 試験区以外のハウスでは、天敵を利用していない購入苗を定植したほ場があるが、そこでは、苗から持ち込まれたと思われるハダニ類の増加が見られた。薬剤による防除を実施した結果、天敵放飼前日の10月27日にはハダニの密度が低減したが、放飼1か月後の12月上旬にはハダニが再び増加し、チリカブリダニの追加放飼やマイトコーネフロアブルのレスキュー防除が必要となった。
 一方、育苗期に天敵を放飼した苗を定植したほ場では、ハダニの発生は定植後から継続して認められず、天敵放飼前の1~3剤の殺ダニ剤散布と気門封鎖剤で防除できた(図5)

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図5 本圃でのハダニ及びミヤコカブリダニ・チリカブリダニ発生推移(平成30~31年)

3.コレマンアブラバチ放飼によるアブラムシ防除効果
 試験区①においては、11月上旬にアブラムシ類の発生がわずかに見られた。このため、11月10日にチェス顆粒水和剤、11月18日にウララDFを使用し、密度を低下させてから、12月5日・14日の2回に分けて、コレマンアブラバチを紙コップに小分けにしてハウス内3カ所に放飼した。放飼後は、マミーの定着はほとんど確認できなかったが、アブラムシ類の発生は見られなかった(図6)

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図6 本圃でのアブラムシ及びコレマンアブラバチ(マミー)発生推移(平成30~31年)

 試験区②においては、アブラムシ類の発生は確認できなかったが、試験区①と同時期の11月8日にチェス顆粒水和剤、11月17日にウララDFの薬剤散布を行った。シーズンを通してアブラムシの発生は確認できなかった(図6)

4.リモニカスカブリダニ放飼によるアザミウマの防除効果の検討
 試験区①(防虫ネット展張なし)においては、11月10日にベネビアODの散布を行い、11月21日にリモニカ(50,000頭/10a)の放飼を行った。リモニカの放飼前まではアザミウマ類が粘着トラップに捕殺されていたが、放飼後は春先までハウス内のトラップでは確認されなかった(図7)。また、ハウス換気の始まる3月上旬まで寄生花はほとんど認められず、果実被害の発生もなかった(図8)

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図7 リモニカスカブリダニ放飼区(防虫ネット展張あり・なし)と慣行区(平成28~29年)におけるヒラズハナアザミウマ成虫の粘着トラップ(ホリバー青)捕獲数の推移(平成30~31年)

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図8 リモニカスカブリダニ放飼区(防虫ネット展張あり・なし)と慣行区(平成28~29年)における寄生花及び被害果の発生推移、リモニカスカブリダニ発生推移(平成30~31年)

 試験区②(防虫ネット展張あり区)では、9月中旬に防虫ネット(サンサンネットクロスレッド0.8mm目合)を展張し、11月10日にベネビアODの散布、11月21日にリモニカ(50,000頭/10a)の放飼を行った。放飼後はハウス内のトラップでの捕殺個体数はわずかであった(図7)。外気が暖かくなった3月以降になると、ハウス内でもアザミウマ類が確認できるようになり、寄生花は3月中旬から増加した。被害果の発生は少ないまま栽培は終了した(図8)

5.防虫ネットの展張による防除効果の検討
 防虫ネットを展張していない試験区①に比べ、ネットを展張した試験区②では、3月以後のハウス内のアザミウマ類の捕殺数、寄生花率は高くなった(図7)
 一方、アブラムシについては、防虫ネットを展張した試験区②では発生しなかったが、展張していない試験区①では11月に発生したため、薬剤散布と天敵(アフィパール)を2回放飼した(図6)

6.防除費用等
 化学合成農薬(殺虫剤)の散布回数は、平成28~29年作の慣行栽培では13回だったのに対し、今年度の試験区①では8回、試験区②では10回と減少した。
 慣行区では、アザミウマの防除剤としてベネビアOD、マッチ乳剤、カウンター乳剤(2回)の4剤を使用したのに対し、リモニカを放飼した試験区①、②では3月までアザミウマの増加が認められなかったため、両試験区ともに3剤で防除することができた。
 また、慣行区では殺ダニ剤散布を6回(延べ7剤)行ったが、試験区①では1回、試験区②では3剤で防除できた。両試験区ともに育苗時に天敵を利用していたことにより本圃へのハダニの持ち込みを抑制し、天敵導入前の殺ダニ剤散布を最小限に抑えることができた。
 防除にかかる総経費については、平成28~29年作の慣行栽培の123,433円に対して、試験区①は153,613円/10a、試験区②は158,617円/10aとなった。

表 防除コストの比較
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考察

1.育苗期における天敵(カブリダニ)放飼の効果について
 育苗期間に天敵カブリダニを放飼してハダニの密度低下を図ることによって、育苗圃から本圃へのハダニ持ち込みリスクを低減できることが分かった(図4、5)。これにより、本圃におけるカブリダニ放飼によるハダニの防除効果の安定化が図られるとともに、イチゴ栽培の全期間における化学合成農薬の使用回数の削減、薬剤散布労力の低減、ハダニの薬剤抵抗性の発達抑制につながると考えられる。

2.コレマンアブラバチの防除効果について
 アブラムシ類の密度が低い状態でコレマンアブラバチを放飼するこができたため、十分な防除効果が得られたと考えられる。しかしながら、放飼後にマミーの定着・増殖があまり見られなかったため、長期間コレマンアブラバチの効果を維持させるためには、餌のアブラムシをムギで増殖させるバンカー法などの活用も検討する必要がある。

3.リモニカスカブリダニの防除効果について
 今回の試験結果により、リモニカスカブリダニを放飼して早期に増殖・定着させることで、春先に問題となるアザミウマ被害の抑制効果が確認できた。天敵カブリダニによるハダニの防除において、ハダニの発生密度を低減させてから放飼を行う「ゼロ放飼」が必要なことと同様に、アザミウマの発生密度を低減させてからリモニカスカブリダニを放飼することにより、防除効果が高くなることが推察された。また、薬剤散布回数が低減されることからアザミウマの薬剤抵抗性の発達抑制も期待される。

4.防虫ネットの展張による防除効果について
 防虫ネットを展張しない試験区①ではアブラムシの発生が見られたが、ネットを展張した試験区②では発生がなかった。このことから、ネットによりアブラムシのハウスへの飛び込みが減少した可能性が考えられた。
 アザミウマについては3月以後のハウス内の捕殺数、寄生花率は試験区②の方がやや高くなり、明確な防除効果は確認できなかった。

5.その他
 全栽培期間で天敵を使用するようになり、殺虫剤の使用回数が激減したことで、土着天敵(ニセラーゴカブリダニ、ハダニアザミウマ等)が定着。その一方で、今まで問題にならなかった微小害虫(トビムシ)が出現するようになった。

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図9 ニセラーゴカブリダニ(左)とハダニアザミウマ(右)

農家の意見

●天敵を全栽培期間で活用することにより、農薬散布の手間や農薬費用を削減できるようになった。
●イチゴの収穫期間は、病害虫が発生していることが分かっていても、収穫作業に追われてなかなか農薬散布が行えず、防除が手遅れになっていた。
●天敵導入により費用は増えるが、天敵が働いていると思うと精神的にも安心感があり、価格以上の価値を感じている。今年度は被害を発生させることなく収穫を終えることができ、大変満足している。

今後の課題

 全栽培期間において天敵利用技術が普及。今後も、安定生産に向けて技術の普及を図る。

提案するIPM防除体系

山武地域の天敵使用方針
(1)育苗期での天敵使用方針
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(2)本圃での天敵使用方針
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(平成30年度 千葉県山武農業事務所改良普及課、農林水産部担い手支援課)