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IPM

ハウスミカン栽培における新しい天敵農薬を利用したハダニ防除技術の検討(愛知県 平成30年度)

背景と取組みのねらい

 ハウスミカン栽培では、ミカンハダニの薬剤散布回数の増加とともに感受性低下が問題化している。そこで、総合防除による化学合成農薬の削減を目的に、愛知県のハウスミカン栽培に適した生物農薬(天敵等)に関する実証調査を行うこととした。
 JA蒲郡市では、ミカンハダニの天敵であるスワルスキーカブリダニを農薬登録した「スワルスキープラス」について、平成24年から3カ年試験を行い、効果を確認してきた。試験結果は良好で農家の評価も高く、現在、管内の多くの農家が導入している。
 今般、従来品の「スワルスキープラス」よりも遮光性・耐水性・保湿性に優れた「スワルスキープラスUM」が販売された。そこで、現地で利用されている「システムスワルくん」と、天敵の放出期間やハダニ抑制効果、作業時間等の比較調査を行い、より効果的な天敵農薬を検討する。

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著しく吸汁されると葉緑素が破壊され白っぽくなる

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果皮は光沢のない黄色になり商品価値が低下する

地域の概要

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 当産地は、愛知県の東南部に位置し、南は三河湾に面し北は標高400mほどの山を背負う蒲郡市と豊川市御津町にまたがる東西20kmの範囲にある。
 気候は、比較的温暖で降霜日数は極めて少なく、年平均気温16.3℃、年平均降水量1,630mmである。土質は比較的肥沃な壌土または砂壌土である。冬の日射量が豊富なうえ、昭和43年に開通した豊川用水により豊かな水に恵まれたことから夏季の干ばつが解消され、ハウスミカン、つまもの、イチゴ、花きに代表される施設園芸が盛んな地域となった。なお、カンキツ栽培面積は平成31年で375haと県内一の産地となっている。

実証圃の概要


(1)実証期間 平成31年1月24日から令和元年5月11日まで
(2)試験場所 愛知県蒲郡市神ノ郷町名取
(3)栽培概要 品種:宮川早生
        栽培方法:加温ハウス栽培
        栽培面積:10a 植栽本数:110本 植栽間隔:3m×3m
        加温日:平成30年12月6日、満開日:平成31年1月13日
        ハウスのサイド開放日:令和元年5月16日
(4)区の構成
  1区5樹2反復

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(5)ほ場見取り図
同一ハウス内に試験区と慣行区を設置した(図1)

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図1 展示ほ場の見取り図

調査内容および方法

●試験期間
平成31年1月24日から令和元年5月10日

●調査内容
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●供試資材
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スワルスキープラスUM

調査結果

(1)スワルスキーカブリダニ虫数とミカンハダニ成虫数の推移
 スワルスキーカブリダニは、両区とも天敵農薬設置14日後の2月7日に初確認した。また、設置から約1カ月間の発生数は、区による明確な違いは見られなかった。その後、試験区は5月10日まで継続確認でき、慣行区は3月6日を除き、5月10日まで継続確認できた。
 ミカンハダニは、試験区で1月30日、慣行区で2月7日に初確認した。試験区は、初確認後しばらくは数頭で推移していたが、2月27日より増え始め、3月28日には180頭と試験中最も多くなった。しかし、4月11日には大きく減少した。慣行区は、初確認から3月6日までは0頭から1頭で推移したが、3月13日から増え始め、3月28日には181頭に急増し、試験中最も多くなった。3月28日以降は漸減した(図2、3)

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図2 試験区におけるスワルスキーカブリダニおよびミカンハダニ生虫数の推移

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図3 慣行区におけるスワルスキーカブリダニおよびミカンハダニ生虫数の推移

(2)ミカンハダニの被害状況
 試験期間中、試験区・慣行区とも、果皮には軽微な被害しか見られなかった(図4)。また、区による被害程度の違いは見られなかった。

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図4 ミカンハダニによる果皮被害

(3)アザミウマ類生虫数の推移
 誘殺数は、両区とも調査開始から試験終了まで一時減少した日も見られたが、漸増傾向で推移した。誘殺されたのは成虫のみであった(図5)。(種類別のデータは省略)。

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図5 アザミウマ類の青色トラップへの誘殺頭数の推移

(4)薬剤散布履歴
 試験中の薬剤は、試験区、慣行区とも同じ薬剤を使用した。
 両区とも加温前、加温直前、満開時に殺ダニ剤を散布した。天敵農薬は、満開時の殺ダニ剤散布から18日後の1月24日に設置した。天敵農薬の設置からサイド開放した5月11日までの124日間は薬剤散布はなかった。サイド開放の直前にはアザミウマ類防除に主眼を置いた薬剤散布が行われた(表3)

表3 薬剤の散布履歴
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 ミカンハダニの多発樹および近接の樹体は水洗いを行った(3月20日、3月31日、4月13日)。
 水洗いは、直径13mmのホースの先端に潅水ノズル(図6)を接続し、樹冠下部から樹冠上部に向かってミカンハダニを洗い流すように行った。水は農業用水を使用。1樹当たりの作業時間は約30秒で、水量は約50リットル使用した。水洗いは、ミカンハダニが1葉当たり0.5頭を越えた程度で行い、減らない時は再度行った。

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図6 潅水ノズル

(5)薬剤費
 10月24日から5月11日の10a当たりの薬剤費は、試験区、慣行区とも158,850円で、うち天敵農薬は120,000円であった。

防除にかかる費用
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(6)天敵農薬の組み立てと取り付けに要する時間と労賃
 試験区は組み立て不要のため、組み立て時間は0分であった。
 慣行区の100個当たりの組み立て時間は42分であった。組み立て労賃は、100個当たり試験区は0円、慣行区は629円であった。
 取り付けは、試験区、慣行区とも二人一組で行った。実証農家が取り付けを行い、補助者が資材の手渡しや取り付けフックの切り外しを行った。100個当たりの取り付け時間は、試験区で7.7分、慣行区で7.8分と、区による違いは見られなかった。労賃は、両区とも116円であった。(表4)。

表4 天敵農薬の組み立てと取り付けに必要な時間と労賃
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結果考察

1.スワルスキーカブリダニの分散に及ぼす影響
 両区ともに、天敵農薬設置2週間後に初確認できた。また、設置から約1カ月の間は発生数に大きな違いは見られず、両区ともその後の虫数に大きな違いは見られないことから、資材の違いが放出・分散に与える影響に違いはないと考えられる。

2.スワルスキーカブリダニによるミカンハダニの防除効果
 ミカンハダニの被害程度は両区とも極軽微であり、スワルスキーカブリダニがミカンハダニの多発を抑制し、被害を抑えたと考えられる。また、両区とも被害程度に違いは見られなかったことから、資材の影響はないと考えられる。

3.アザミウマ類の誘殺数の推移
 青色粘着トラップへの誘殺数は両区とも、調査開始から試験終了まで一時減少した日も見られたが、漸増傾向で推移した。
 漸増した要因は、外気温の上昇に伴い換気扇の稼働時間が増え、吸入口からハウス内への飛び込み個体が増えたことと推測される。

4.薬剤散布の抑制について
 両区とも、天敵導入から124日間は、殺ダニ剤を散布しなくてもミカンハダニの加害程度は軽微にとどまっていた。このことは、天敵の利用が、殺ダニ剤の散布回数の抑制や効果の高い殺ダニ剤の維持確保にも繋がると考えられた。
 また、ミカンハダニの多発時に水洗いを行ったが、スワルスキーカブリダニに及ぼす影響は少なく、ミカンハダニの発生数を減らす効果が見られたことから、有効な作業であると思われる。

5.資材の違いが労働時間に及ぼす影響
 資材の組み立て時間は、慣行区が長くなった。慣行区はケース内に天敵が入ったパックと保水資材、産卵基質のフェルトを挿入して組み立てる必要がある。これが、組み立て不要の試験区よりも労働時間が長くなる要因であった。

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 設置時間は、二人作業の場合は区による違いは見られなかった。しかし、農家から、慣行区の資材は大きく持ち運びがしにくいこと、取り付け作業が一人の場合はもう少し時間がかかること、などの意見が出された。  よって、一人で資材の組み立てから設置まで行った場合、慣行区よりも試験区の方が、労働時間が短縮できると考えられる。

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6.スワルスキーカブリダニによるミカンハダニ防除効果的な使用方法
 加温前、加温直前、満開時に殺ダニ剤を散布し、ミカンハダニの密度を「ゼロ」にして、殺ダニ剤の残効がなくなる頃にスワルスキーカブリダニを1樹当たり1000匹放飼する。
 放飼後はよく観察し、ミカンハダニが増加傾向の樹があれば、水洗いを行って頭数を減らし、スワルスキーカブリダニとのバランスを取ることでミカンハダニの爆発的な増加を抑え、果実への被害を軽減できると考えられる。

農家の意見

1.使用感
 試験区は、資材が小さく片手で多く持つことができたが、取り付けフックの穴が小さいため、取り付ける枝を探す時間が長くなった。作業効率は慣行区よりも良かった。

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 慣行区は、資材が大きくかさばったが、取り付けフックの穴の直径が大きいので、取り付ける枝を探す時間は短かった。フック端の耳が大きいため、枝が入り組んでいる場所では掛けにくかった。フックの切り取り線を開けるための時間がかかった。

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 今回、設置作業を二人で行ったが、一人で行う場合、取り付け時間は1個につき5秒ほど追加するべきであると考えられる。

2.留意点
天敵農薬は、数多く付けると効果があると考えられることから、作業性の良いもの、コストの安いものを使用したい。
 天敵の増減を見て対策を取る必要があるため、2週間ごとの観察が必要だと感じた。

3.次年度の意向や要望
 今回、ハダニ防除に天敵を導入したが、水の散布だけでハダニを抑えられたので、これからも行っていきたい。

今後の課題

 産地では、ハウスのサイド開放後はアザミウマ防除に主眼を置いた薬剤散布を行うため、ミカンハダニが増えるほ場が見られる。スワルスキーカブリダニに影響が少なく、かつ、果皮に緑斑が残らないアザミウマ類の防除薬剤の開発が求められる。

提案するIPM防除体系

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(平成30年度 愛知県東三河農林水産事務所農業改良普及課、愛知県農業総合試験場企画普及部広域指導室)