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ぐるり農政【188】

2022年11月21日

トキやコウノトリは「害鳥」

ジャーナリスト 村田 泰夫


 「放鳥の候補地として認定されると、あぜに除草剤をまけなくなる」「そもそも、トキはイネを踏み荒らす害鳥」。新潟県の長岡市など本州でのトキ放鳥計画に、地域の稲作農家の一部が反対している。除草剤に依存する農業をよしとし、トキの繁殖に抵抗する農家が、2022年現在のいまなお、いることに残念に思う。生物多様性の大切さは、理解しにくいのだろうか。


murata_colum188_1.jpg トキは明治の初めごろまで、日本の全国にいたそうだ。明治に入り鉄砲による狩猟が解禁され、その美しい羽根をとるため捕獲された。また、田植えしたばかりの水田を、えさを求めて歩き回って苗を踏み荒らす害鳥として駆除された。「ニッポニア・ニッポン」という学名のあるトキだが、日本の各地からだんだん姿を消し、「キン」という名の日本最後の野生のトキは、2003年に新潟県佐渡島で死に絶滅してしまった。

 国はトキを復活させようと、同じ種類のトキを中国から譲ってもらい、人工繁殖に取り組んだ。それを成功させて2008年に佐渡で放鳥され、復活の第一歩となった。その結果、国内の空に飛ぶトキの数は大きく増え、21年夏ごろには、佐渡トキ保護センターで繁殖させて放鳥した鳥だけでなく、野生で自然に繁殖した鳥も含めると約450羽になるという。現在では500羽近くに増えているかもしれない。


 「赤ちゃんを運んでくる」という伝説で知られるコウノトリも、同じ経緯をたどった。おめでたい鳥として、日本全国にいたコウノトリだったが、水田を踏み荒らす害鳥として駆除されたり、農薬で水田にドジョウなどのエサがいなくなったりして、1971年にいったんは絶滅してしまった。

 最後の生息地は兵庫県豊岡市だった。絶滅する寸前の1965年に国の特別天然記念物に指定され、国と兵庫県や豊岡市主導で保護活動が始まったが、個体数を増やすことができなかった。旧ソ連から若いコウノトリを譲り受け人工繁殖に取り組み、1989年に人工繁殖を成功させた。その後順調に個体数を増やし、2005年に最初の5羽が野外に放鳥、日本の空に再びコウノトリが舞った。

 兵庫県などが人工繁殖に取り組み始めたころ、豊岡市に取材に訪れたことがある。コウノトリは羽を広げると2mを超える大きな鳥で、その飛ぶ姿は美しく、「赤ちゃんなど幸運を運んでくる鳥」というプラスのイメージもあって、地元民から復活を望む強い希望があった。


murata_colum188_3.jpg その一方、地域の水田農家には、「水田を踏み荒らす害鳥をなぜ増やすのか」という根強い抵抗もあった。保護活動に取り組む兵庫県の担当者の前で、不満を表明する農業者の姿を見たこともある。

 当時、豊岡市内の水田の農地整備事業が計画されていて、国や県は水田でメダカなどの水生動物が暮らせるように、魚道の設置を農家に提案していた。1枚の田んぼを広げる工事だったと思うが、トラクターや稲刈り機の効率が上がるので、農業者が望む事業だった。だが、1枚の田んぼを大きくすると段差が大きくなり、水生動物や用水路と田んぼの間を行き来しにくくなってしまう。コウノトリが住めるような環境を整えようと、県は用水路と田んぼの間に階段状の小さな水路(魚道)を設ける設計を農業者に提案していた。それに対し農業者が「負担が増える」と不満をみせていたのだ。

 大型の肉食鳥であるコウノトリは食物連鎖の頂点に位置する鳥である。その美しさだけでなく、自然生態系が守られている象徴としてコウノトリをぜひ復活させたいという意識が国民の間に強いはずだと思っていた私にとって、「害鳥」だとして復活に抵抗する人がいることを知ったのは驚きだった。


murata_colum188_2.jpg その後、どういう経緯で農地整備事業が実施され、今日ではコウノトリの繁殖に反対する水田農家がいなくなったのか、改めて取材していない。だが、一つヒントがある。兵庫県や豊岡市、それに農協が地域農家の協力を得て、「コウノトリを育む農法」に2003年から取り組み始めた。冬に水を張る「冬期湛水」を実施したり、農薬を原則として使わなかったりして、水田にドジョウや小魚、カエルなどの生きもの(コウノトリのエサ)を増やす米作りを始めたのである。そうして収穫した米を「コウノトリの郷米」として売り出した。

 それだけではない。コウノトリが豊岡市内の水田に営巣し始めてからは、エコツーリズムも実施されるようになった。豊岡市にある「兵庫県立コウノトリの郷公園」を視察し、野生のコウノトリの子育ての様子を見て、近くの城崎温泉に泊まって但馬牛を食べ、「コウノトリの郷米」をお土産にするツアーが人気だという。

 農薬を使わない米づくりだと、収穫量が25%も減るが、普通の米より54%高く売れるという調査結果もあり、地域の水田農家はいまでは積極的に協力しているという。兵庫県長岡市の取り組みを、新潟県長岡市の水田農家も学び、ぜひトキの本州での野生復帰に協力してもらえたらと思う。農業者の生産の場である水田の生物多様性を高める取り組みは、農業者の所得を増加させ、地域経済の活性化にもつながる。(2022年11月17日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。


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