きょうも田畑でムシ話【124】
2023年07月07日
キマダラカメムシ――内柔外剛の個性派?
いったい全体、カメムシとは何ものであろう。
臭い、群れる、刺す、はしる。
求める種類にはなかなか出会えないのに、特に用もない種類となるとその場を埋め尽くすほどに押し合いへしあい重なりあうほどに、目に飛び込む。だからといってホントに飛びかかることはなく、ヒトの黒目いっぱいに存在をアピールする。
カメムシがかくも不可思議な昆虫となって知られるのは、その多様性、目撃数の多さゆえだろう。
この狭い日本だけでも1300種を超すカメムシが記録され、それでも常に新たな種を求めるキトクな人々の働きにより、さらに数字を更新中だ。それだけ多いとヒトとの摩擦は避けられず、名前がわかっているうちの1割が農業害虫としてリストアップされているという。
はっきりしているのは、いくら頑張って新種を探しても彼らの個体数をしのぐことはできないということだ。食用昆虫がちょっとしたブームになっているが、カメムシのつくだ煮ならすぐさま大量にできそうな気がする。
となると、その味だ。
粗末な食体験しかないが、茶色系カメムシは見栄えを気にしなければ抵抗なくのどを通る。
ただし、ノコギリカメムシは避けた方がいい。青色系カメムシとともに、口にしたらおそらく後悔するだろう。思い出に残る味を求めるなら、止めはしないが......。
右上 :揚げたカメムシ。茶色系は、カメムシだと知らなければ意外にイケる?
何はともあれあちこちにゴマンといるカメムシだが、わが家のまわりに限れば絞り込むのは難しくない。
3大カメムシを挙げるならヨコヅナサシガメ、マルカメムシ、ホオズキカメムシであり、それにナガメとクサギカメムシを加えた5種がご近所の常連さんだ。このうち生活上困るのは、菜園に出没するホオズキカメムシぐらいである。
左 :マルカメムシは臭い。個人差はあるが、このカメムシだけは臭いことで定評がある
右 :ホオズキカメムシはわが菜園の常連さん。歓迎したことはないのだけど、なぜだか好かれている
近年はそこに新参のカメムシが登場し、幅をきかせている。さしずめ、「シン・カメムシ」といったところだ。
名を、キマダラカメムシという。体長は2cmほどあり、国内最大級の大きさを誇る。
しかも、よく目立つ。「黄斑」の名前の通り、背中には黄色っぽい斑点がたくさんある。樹皮の色にうまく似せた感じはするのだが、その黄色の散らばりによって、「わい、ここにおるでー」といった無言の存在アピールとなっている。なんとなくクサギカメムシに似ているのだが、キマダラカメムシの方は、日本にはふさわしくない感じが漂うのだ。
ほんとうは両種を並べて見比べるのがいいのだが、うまい具合に同じ場所で見たことはない。体長で比較するなら、個体差を考慮しても、キマダラカメムシはクサギカメムシより5mmほど大きい。
左 :キマダラカメムシ。漢字で書けば、「黄斑」。たしかに黄色のまだら模様がよく目立つ
右 :産卵中のクサギカメムシ。こうした場面に出くわすと、なんとかして守ってやりたくなる
幼虫は、さらに個性が際立つ。
からだのまわりは黄色く縁取られ、どこかの国で発掘された古代のお面を思わせる。
しかも、あと1回脱皮すれば成虫になる終齢幼虫の背中のおしりに近い部分には、ウルトラマンの目をくっつけたようなデザインの黒いマスクが乗っかっている。そこだけを見ると、なんだかにらまれているようで落ち着かない。
左 :葉の上にいたキマダラカメムシの幼虫。あまりにも目立ちすぎだ
右 :キマダラカメムシの終齢幼虫。ん? ウルトラマンの目に似ているものはなんだろう
こんな特徴を持つキマダラカメムシを近所で初めて見たのは、2年前のことだ。
「うん? こんなカメムシ、いたっけなあ?」
思わず、首をひねった。
キマダラカメムシが東南アジアなどを原産とする外来種だと知ったのはそのあとだが、整理の悪い写真データを探ったら、2012年には岡山県の博物館で標本を展示していた。同県では2005年に見つかったのが最初だそうだ。
日本にはまず、長崎の出島に入ったらしい。鎖国も昆虫には関係なく、唯一開かれていた貿易の地に忍び込んだことになる。1783年に新種として記載されたタイプ標本は、1770年の長崎県で採集されたものだとされる。
興味深いのは、その後の足取りだ。当時の長崎県では普通に見られたらしいが、それから150年ばかり、まったく見られなくなったというのだ。しかし1930年代に入ると再び、同県内の至るところで見つかるようになった。そして少しずつ分布域を広げ、2008年にはとうとう、東京でも見られるようになった。
日本に外来カメムシなんていくらもいないと思いがちだが、実際にはすでに約100種が外来種だという。キマダラカメムシは大きくて目立つから話題になりやすいが、そのほかにもまだたくさんの外来カメムシが国内にいるということになる。千葉県にいつごろ侵入したのか知らないが、わが家のまわりでは数年前からよく目にする。
その遭遇率はきわめて高い。もしかすると、ご近所の5大カメムシ以上によく出会うような気がする。
樹液を吸っているらしく、サクラやケヤキの幹に何匹も張り付いている。
見つめられても、動じることはない。しかも成虫と幼虫が混在することも多いから、写真を撮るのには都合がいい。
心配なのは農業への影響だ。しかし幸いなことに、いまのところ大きな被害を受けたという報告はないそうだ。木の幹にしがみついて汁を吸うだけなので、影響は少ないのだろうか。
右上 :キマダラカメムシの幼虫(上)と成虫。血のつながった親子かどうかはわからない
わが家ではナスやピーマンの栄養分が、毎年のようにホオズキカメムシに搾取されてきた。しかもヤツらは大挙して押し寄せるのか、その株で繁殖した結果そうなったのか知らないが、とにかくうじゃうじゃといる。
その点、キマダラカメムシは控えめだ。太い幹にいるといっても、せいぜい数匹である。派手に見えるから、認識されやすい。
左 :カメムシの外来種といえば、これまではこのヨコヅナサシガメが圧倒的な注目度を誇った。キマダラカメムシの登場で、その地位が揺らいでいる?
右 :キマダラカメムシのくち(口吻)はかなりがっしりしている。それでないと、かたい樹皮に突き刺せないよね
同じ外来カメムシでいえばヨコヅナサシガメもおなじみさんだが、彼らに比べればキマダラカメムシは穏やかなイメージだ。ヨコヅナサシガメは肉食性で頑丈な針状のくちを持つため、見方によってはおっかない。
キマダラカメムシもほかの虫の体液を吸っているところが観察されている。しかし基本的には樹木の汁を吸うだけだ。個人差が大きいので断定はできないが、臭いと感じたこともない。
こうしてキマダラムシと向き合うと、個性派なのにじつは地味なカメムシだというように思えてならない。
外見のデザインに着目するなら、いかにもカメムシらしい姿の成虫よりも、独特の個性を持つ終齢幼虫に注目すべきだろう。
その外見をバイオリンにたとえる人もいるが、そういわれればなるほど似ている。
右 :バイオリンムシの標本。キマダラカメムシの終齢幼虫をバイオリンにたとえることがあるとか。でも、この虫に似てるかなあ
でも、同じ楽器にたとえるなら、琵琶の方が近くないだろうか。
バイオリンムシと呼ぶのもいいが、東南アジアの熱帯雨林にいる変わった姿の虫として世界的に有名だ。
ここはひとつ、「琵琶虫」ということでどうだろう。
ところが困ったことに、ビワムシと片仮名で書くと、クワカミキリの別称と間違えられる。
外来種と付き合うのはムズカシイ。

たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。