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きょうも田畑でムシ話【114】

2022年09月09日

カメムシ――意識改革の門  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 ヘクソカズラという、なんとも哀れで気の毒な名前を持つ植物がある。
 なにしろ、「屁」に「糞」までくっつくのだ。臭いことを伝えたいなら、おならだけで十分だと思うが、どうして雲古までつけたのか。かなうなら、命名者に尋ねてみたいものである。
 その悪臭のもとは、メチルメルカプタンという成分だ。くさったタマネギや、臭い口のにおいにたとえられる。
 昔は「クソカズラ」 だったから、1ランク上がって良かったねえと祝福すべきなのか。個人的には、クソカズラの方がいくらかマシだったように思う。


tanimoto114_2.jpg それはさておき、ヘクソカズラはどれほど臭いのか。
 それを自分の鼻で試した人も多かろう。
 花を咲かせたヘクソカズラは、意外にかわいい。ちいさなベル状で花弁は白く、中央部だけが赤い。そんなところからお灸にたとえ、「やいと花」と呼んだ時代がある。
 そうかと思えば、菅笠にかすりの着物姿で田植えをする若い女性たちになぞらえ、「早乙女花」という愛らしい名前をささげた人もいる。
 だがどんな名前であれ、実際ににおいをかいでみると、やはり臭い。 何のために臭いのかというと、虫が寄り付かないようにするためである。
右 :ヘクソカズラ。「早乙女花」の俗称もあるのに、臭いといって嫌われる。ちょっと気の毒だと思いませんか?


 例えばジャコウアゲハは、ウマノスズクサというアルカロイド系物質を含む植物を食草にする。その葉を食べた幼虫は、天敵である鳥にまずいと思われるそうだ。いやいや、毒のある成分だから、口にすること自体がマズいのかもしれない。
 何匹かは犠牲になるハズだが、そのマズさをおぼえた鳥は、目の前にいても食べる気を起こさなくなるという。
 ジャコウアゲハの幼虫を食べたことはないから、どれだけまずいかは、もちろん知らない。だが、この毒帯び幼虫の説明は、さもありなんという感じがする。
 ヘクソカズラはそれでも、冬になると リースの飾りとして使える。黄金の玉がいくつもつるに付くので、なにかと具合が良いのである。


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左 :庭のフェンスにからみつくウマノスズクサを目当てに集合したジャコウアゲハの幼虫。アルカロイド系の成分を含む植物だが、彼らはそれを利用して身を守る
右 :ヘクソカズラの実。見ようによっては黄金色だ。わが家ではリースの材料にする


 ところで、臭いということで思い出す虫は カメムシが筆頭だろう。ヘキセナール、デセナールといったアルデヒド類が、その悪臭の元とされる。コリアンダーとかパクチーとかいわれるハーブの一種のようなにおいと表現され、スカンクのおならにも似るという。
 スカンクはわかるが、そのおならのにおいまでは知らない。でもまあ、そうした貴重なにおいなのだと、ありがたく承っておくとしよう。
 ともあれ、カメムシはたしかに臭い。
 だが、自信を持ってそう言えるにおいを発するカメムシはそれほど多くない。
 世の中には、においフェチといわれる人がいる。そうした人たちは片っぱしからカメムシのにおいをかぐのかもしれないが、その嗜好の持ち合わせはない。
 農業界では斑点米カメムシとか果樹カメムシが有名で、名うての害虫として、それなりの評価(?)を受けている。
 だがそれは米や果物の品質を落とすということで嫌われるのであり、においをアピールするものではない。悪臭で農作物に害をなすことはないはずだ。


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左 :チャバネアオカメムシ。代表的な果樹カメムシのひとつとして、農家には嫌われる
右 :ウシカメムシ。この姿を見てカッコいいと言わない人はいるのだろうか。もはや芸術品だ


 虫に興味はあるから、見目うるわしい虫がいるときけば見たいという気持ちにはなる。
 で、これまでに何種類かのカメムシのきれいどころを探しに出かけたことはある。
 例えばオオキンカメムシがそうだし、アカギカメムシ、ナナホシキンカメムシ、アカスジカメムシ、アカスジキンカメムシなどがそうだった。

 キバラヘリカメムシもなかなかおしゃれだし、外来種ではあるものの、ヨコヅナサシガメもカッコいい。ウシカメムシ、ウズラカメムシ、エサキモンキツノカメムシも魅力的だ。
 こうして名前を上げながら、そのにおいを思いだそうとするのだか、「コイツは臭い!」と自信を持って勧められるものはいない。はっきりいえぱ、それらを臭いと感じた記憶がないのである。
 してみると「カメムシ=臭い」いう図式は必ずしも当たっていないことになる。
 そう思って、個人的には臭いと自信を持って言えるホオズキカメムシに当たってみた。
 こいつは臭い。しかもこのカメムシは律儀なヤツで、いつも裏切ることなくわが菜園にやってくる。
 ナス、ピーマン、トマトなど、いろんなものに集団で陣を張り、 まるで弱い者いじめを楽しむかのように針をつきたて、吸汁する。そのにおいは、臭いと言っていいだろう。
 同じように菜園の常連であるナガメはどうか。これまたたくさん卵を産んで、あちこちに自分たちの王国を築いていく。覆面レスラーのマスクに似たデザインで目にはつくが、臭いとは思えぬ。


 さればとて思い出したのが、マルカメムシであり、ホシハラビロヘリカメムシだ。
 さっそく探しに出ると、クズの葉や茎ですぐに、何匹も見つかった。カメムシを何匹も欲しいときにはオススメだ。
 そのあとはさて、実験タイムとなる。


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左 :マルカメムシ。クズを探せばハズレなし、と言っていいくらいの普通種だ
右 :ホシハラビロカメムシ。自分たちの悪臭で自滅するのかどうか、今回も実験に付き合ってもらった


 もう何年も前になるが、当時はふんだんにあったフィルムのケースにホシハラビロヘリカメムシを数匹一緒に入れ、はたして自分たちのにおいで自滅することがあるのかどうかを試した。
 いささか残酷な気もしたが、純粋にカガクのための実験だと思ってどうなるかを見たのだ。すると心やさしい彼らは、身をもって自らの臭気の危うさを教えてくれた。
 その犠牲的な行いには、報いなければならぬ。菜園で狼藉を働くカメムシを見つけたら、「......てなわけだから、あまり群れると危ないでっせ」と警告してやろうと思ったものだ。


tanimoto114_9.jpg しかし、それからかなりの年月が過ぎた。そこであらためて、新しい機材で試そうと企てた。
 といってもビニール袋で捕獲し、ジャムの空き瓶に入れて様子をみようとしただけだ。
 庭に出てホオズキカメムシ数匹をひっ捕らえ、瓶の中にぼっとん。1匹だけでも十分に臭いので、数秒でダウンするだろうと予想した。
 ところが意に反して、数分たってもなんともない。必死に逃げだそうとするだけだ。こんなことでは、全国に知れわたった「屁こき虫」の名が泣く。ガマン強いのか、においに鈍感なのか。
右 :ホオズキカメムシは間違いなく臭いのだが、瓶に閉じ込めてもなかなかダウンしなかった。協力者の小さなオンブバッタも平気だった


 それならと次に、マルカメムシにバトンを渡した。が、結果は同じだった。
 フィルムのケースに比べればかなり広い空間だからかもしれないが、それにしても完全に期待ハズレである。
 意を決して、かつての犠牲者でもあるホシハラビロヘリカメムシで試すことにした。
 すると、秒殺とはいかないものの、なんとかダウンするところは見せてくれた。
 農業害虫に同じ化学農薬を使い続けると、抵抗性がつく。散布することで、それ以前より害虫が増えるリサージェンスという現象もよく知られている。してみると、野外で捕えた彼らもそうした進化系の一派だったのか?
 検証や考察はしていないからホントのところはわからないが、集団で一カ所に閉じ込めても害虫退治にはつながらないという教訓は得た。だからいつも、集団でわが野菜たちをいたぶるのだろうか。
 においで野菜をダメにすることはないと信じながら、どーでもいいような実験をしてしまった。それなら鳥に食べられた方が自然界のリサイクルにかなう。
 罪なことをしたものだと、ちょっぴり反省している。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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