きょうも田畑でムシ話【89】
2020年08月11日
巨大イモムシ――「嫌い」を超えた存在感
狭いわが家の菜園に、どうしてこうも虫が寄りつくのか。
以前から、そんなふうに思っていた。
春になってキャベツが育ち始めたころ、どこからともなくモンシロチョウがやってくる。それに気がつくころにはもう、ナガメやコナガ、ホオズキカメムシも繁殖作業を始めている。自然の営みというより、工業製品をつくるような、なんとも律儀な増殖だ。
その先は、推して知るべし。それほど時間をかけずに、緑の葉があって害虫の見えないところはない状態にしてくれる。虫好きの端くれとしては、感謝状のひとつも送らねばならぬ。
収穫は、ハナから当てにしていない。運が良ければいくらかは食卓に上るであろう、といったくらいの期待度だ。
だから、虫がついても、たいていはほったらかし。プチ生物研究家のあやしげな基本方針にのっとり、害虫がはびこったら自然と、虫の観察園に切り替わる。
ところがことしは、ちょっとだけ様子がちがった。これまで一度も実ったことのない大玉トマトが収穫できたのだ。誰もが簡単だというのに、毎年1個も結果しない小型カボチャが、あろうことか4個も5個もぶら下がっている。このままいけば、わが菜園の収支決算を大きく塗り替える異例の年となる。
雨よけ栽培キットを改良したハウスもどきは、春になって側面だけ、網にしてみた。大玉トマトが奇跡的に収穫できたのは、天井部だけビニールを張ったままにしておいたおかげかもしれない。
もっとも、そこらに転がっていたありあわせの網だから、方々にすき間がある。出入り口も、網をのれんのように垂らしただけである。
右 :雨よけハウスキットを改良したハウスもどき。雑然としすぎて、とても菜園家を名乗れない
そんな構造的な問題もあって、わがハウスもどきの中ではウマノスズクサやヤマノイモが生い茂り、それと歩調を合わせるようにしてツルムラサキ、アピオスのつるがからまっている。いつもなら棚づくりにするニガウリも、それらに混じって育っている。
トマトのわき芽ぐらいは摘むが、他のつる性植物は放任状態。ハウスもどきの中はジャングルと化し、虫たちが屋外とほとんど同じようにのびのびと生活する。こうなると逆に、虫たちから感謝状をいただきたいくらいである。
そんなところにこつ然と現れたのが、巨大イモムシだ。はっきりした記録はないが、もともとはどこかで拾ってきたヤマノイモのむかごを庭に捨てたのが始まりだった。それ以来、わが家では庭のあちこちにヤマノイモが根を下ろし、その一部がハウスもどきにまで侵入したようである。
左 :庭のヤマノイモの葉に隠れていたダイミョウセセリの幼虫
右 :蛾と間違えられることが多いセセリチョウだが、ダイミョウセセリに は大名らしい風格がある?
ヤマノイモは、ダイミョウセセリという小さなチョウのえさになる。数年前には、そのセセリチョウが実際に現れた。
もちろん、大歓迎だ。大名を名乗るだけあり、いくらかの品格を感じさせる。
しかし、ことしのヤマノイモの客人ならぬ〝客虫〟は、親指ほどに太いイモムシである。それも一応は室内といっていい場所なのだ。俗にイモムシ・ケムシというが、こうした芋類につくようなものがイモムシの正統派だろう。
それらは長じてスズメガになる。よく知られた、ジェット機のようなスタイルの大型の蛾だ。
畑の土を掘っていると、スズメガのさなぎが出てくることがある。小さな蛾のさなぎも見つかるが、スズメガのそれと比べたら、雲泥の差である。
話題の〝客虫〟はどうやら、キイロスズメのようだった。体長は10㎝ぐらい。それにしてもいつ、どうやって入り込んだのか。
左 :キイロスズメの成虫。そのスタイルはジェット機のようで洗練されている
右 :地味なせいで無視されがちだが、土の中から蛾のさなぎが現れることは珍しくない
スズメガの幼虫も最初のうちは小さい。それが終齢ともなると、一気に巨大化する。そうなって初めて気がつくことが多いため、突然現れたようにみられるという。
一理ある。とはいうものの、侵入経路はまったくもって不明である。
発見のきっかけは、俵形の巨大な糞だ。姿は見えなくても、そこらに転がる大きな糞で所在がわかる。頭隠して尻隠さずの様相である。
今回見つけたキイロスズメの幼虫は、終齢だった。そこで細かく切った新聞紙を水槽に敷き詰め、そこに置いた。見込み通り、ほどなくして幼虫はもぐり込み、さなぎになった。
別の日にはオリーブの木で、サザナミスズメの終齢幼虫と対面した。それも新聞紙の海にもぐりこんでさなぎになり、ほどなくして成虫が浮上した。似たようなはねの模様を霜降り、ゴマ斑にたとえる蛾もいるが、さざ波もなかなかの連想ではある。
美しい名前といえば、ことしは雲紋の名にふさわしい美麗種・ウンモンスズメの幼虫も登場した。しかも羽化後にはモスグリーンの美しい卵を産んでくれた。
残念なことに、1匹だけである。オスがいないので、ふ化することはない。
左 :ハウスもどきの中に現れたキイロスズメの巨大幼虫。驚いたのか、頭をひっこめている
右 :オリーブの木にとまっていたサザナミスズメの幼虫。頭は西洋の盾のような形をしている
左 :わが家で羽化したウンモンスズメ。この色合いは、いつ見ても日本的だと思う
右 :羽化したウンモンスズメが産んだ卵。ヒスイを思わせる美しさだが、オス不在のため受精はしていない
菜園の主役であるミニトマトの葉で、クロメンガタスズメの巨大なイモムシを見つけたことも思い出深い。
体色には黄、緑、茶の3種類あるが、過去に見たことのない黄色い個体だった。
クロメンガタスズメは、農家が注意すべき害虫とされる。通称「ゴマムシ」だ。したがって喜ぶのは不謹慎かもしれないが、まあ、たったの1匹だし、よそに放すようなことはしなかったから、お許し願おう。
右 :わが菜園には、黄色いクロメンガタスズメの幼虫が出現したこともある
虫嫌いが知ったら卒倒するかもしれないが、世の中にはイモムシのファンがけっこう、いる。虫が好きだということでぼくもその仲間とみられがちだが、何度か明らかにしているように、イモムシもケムシも苦手だ。それでも巨大なものになると心ひかれる事実は否定しようがない。
そんな気持ちがあるからか、野外に出て植物や虫を観察しているときに出会うイモムシもまた多い。
ノコギリクワガタが寄り付く木が近所にあると知り、さっそく、捕りに出かけた。
苦労することなく最初にメスが見つかり、木を揺するとオスが落ちてきた。久しぶりのノコギリクワガタに気を良くして周囲を見回すと、そこにいたのがまたもや巨大なイモムシだった。
ブドウスズメだ。防ぎょ態勢なのか、頭を丸くして大きく見せようとする。口からは緑色の液体を出してきた。
そこらに生えていたノブドウでもえさにしているのだろうか。それにしても、好きでもないイモムシはいつもこうして突然、ぼくの前に現れる。
ケムシでないからイモムシと呼んでいいのだろうが、少し前にはオオトビモンエダシャクの幼虫との出会いがあった。
大型のシャクトリムシである。その成虫は何年か前、春先の庭で見た。
それがこれまた、ご近所に潜んでいたのである。フェンス越しに見えたウツギの木の枝に、そいつはいた。
――あれえ、なんだかヘンだなあ。
と直感した。
枯れ枝のようで、枯れ枝でない。まさに絵に描いたように「木化け」していたのが、オオトビモンエダシャクの幼虫だった。
上 :トビモンオオエダシャクの幼虫。なるほど、木の枝に似ている
そっと、ふれた。
かたい。
目をつぶっていたら、木の枝と間違えてもおかしくはない。それくらいのかたさだった。
その昔、野良仕事に出かけた人が持っていた土瓶を近くの木の枝に引っ掛けた。ところがその後すぐに、ガチャーンという土瓶の割れる音がした。何を隠そう、その枝こそがオオトビモンエダシャクの幼虫だったのである。
おそらく、そういうことが多かったのだろう。その幼虫はいつしか、「ドビンワリ」とあだ名されるようになった。木の枝と見まごうシャクトリムシは多いが、このオオトビモンエダシャクこそ、元祖ドビンワリである。
あの強固な感触からして、アルミ製の小さなやかんだったら、掛けられたかもしれない。
だが、それでは話にならない。「アルミやかん割り」だなんて、語呂が悪すぎる。ドビンワリに軍配が上がるだろう。
この幼虫は、ネコ顔でも注目度が高い。
――顔を拝まないわけにはいかないな。
少しだけ、見る位置をずらした。
なるほど、ネコである。
右 :ネコ顔を持つトビモンオオエダシャクの幼虫。よく見ると、ちっこい目があるね
このフェンスには、アンモナイトの化石のような種を隠し持つアオツヅラフジもからんでいる。
折しも、花の季節。小さな花の集まりだから、クローズアップで撮影することになる。
と、そこにもまたしても、イモムシがいた。黒っぽい体に並ぶ目玉模様。たぶん、セスジスズメの幼虫だ。
いったんはそう思ったのだが、しっぽ(尾角)が見えない。どうやら、ヒメエグリバの幼虫のようだ。スズメガのような巨大イモムシに育つことはない。
それにしても、たくさんいる。その隣にも、またその隣にもいた。
イモムシが苦手といいながら、こんなにも次から次へと個性的なものたちに出会えるのは、一種の幸運ととらえるべきだろう。
左 :見方によっては、おとぼけ顔に見えるヒメエグリバの幼虫。寝ぼけたワニのような印象だ
さて、次はどんなイモムシが現れるのか。
出会いはまさに、一期一会である。

たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。