きょうも田畑でムシ話【87】
2020年06月16日
ニジュウヤホシテントウ――ベジタリアンは嫌われる
家庭菜園は、ことわざを実感する場でもある。野菜を育てながら生き物を観察し、ことわざまで学べるなら、ありがたいことではある。だから、野菜づくりが教育になるのだ。
なーんて考える人がどれほどいるのか知らないが、ひさしを貸して母屋を取られるとは、よく言ったものである。
ぼくは、楽しみのために野菜を育てる。その結果として収穫物が多少とも口に入ればしめたものだという考えで、庭土に遊んでもらっている。
わが菜園によそと少しだけ異なる面があるとしたら、野菜の栽培と同時に、虫の養殖場ともなっていることだろう。
せめて小松菜ぐらい、ミニトマトぐらいは収穫したいと思って種をまき、苗を植える。
そこまではまあ普通だろう。だがその途中で世に言う害虫が発生したら、教育素材に切り替える。収穫は二の次だ。
そんな考えでもう何年も土いじりをしてきたが、きわめて珍しいことにことしはリーフレタスが驚くほど食卓に上った。もちろん完全無農薬での栽培なのだが、虫害はほぼゼロに近い形で、どしどし収穫できたのである。
対照的なのがキャベツだ。途中までは無事に育ち、いよいよ丸くなる時期にさしかかった。
「キャベツもあんがい、簡単だな」
いくらかキャベツらしい外観になった春先にはモンシロチョウの幼虫である青虫が数匹見つかったが、久しぶりに飼育するのには都合がいい。6匹の幼虫はほどなくさなぎになり、羽化して飛び立った。
左 :きれいに並んだモンシロチョウのきょうだい。どこかの世界のように、適度な間隔を空けている
右 :羽化したてのモンシロチョウとさなぎの殻。手前の赤い液体は、羽化する際に排出された蛹便(ようべん)だ
飼うために与えた葉の量なんて、たかがしれている。それに卵を見つけて1カ月もすれば、もう旅立つのだ。青虫なんて、かわいいものである。
まさに大家らしく、ひさしをほんのちょっと貸しただけの気分だった。キャベツも賛同してくれたのか、大きな葉を広げ、隣の株との空間がどんどん、せばまった。
株には勢いがある。
「きっと、そういう植物を選んで卵を産むのだろうな」
ぼくの単純な頭はそう判断し、実際にその通りであることを何度も体験してきた。アゲハチョウに丸坊主にされるミカンの木は、チョウが飛び立ってしばらくすると、何事もなかったように再生する。
「この調子ならもう、トンネル掛けも必要ないだろう」
取り残したダイコンがとう立ちし、すそがめくれ上がっていた。不織布を外すのにいいタイミングだ。
だが、それが間違いだった。キャベツの株がのびのびできるようになったころ、わが家育ちのモンシロチョウなのか、飛んでくるものがいた。
そのうち、仲間も寄りつくようになった。なかには、はねがぼろぼろになっても毎日、近づくものがいた。そして卵を、そこかしこに産みつける。
それはそうだ。そうやって子孫を残すことが、1000分の1ほどの確率で成虫になれた彼らの最大の役目である。
不思議なことに、卵の数に反して、青虫は驚くほど少ない。とげとげしく恐ろしげなササグモや幼いながら鎌を振り上げるカマキリ、どこからかやってくる寄生バチなどが抑止力となっているのだろうか。
左 :はねがぼろぼろになっても毎日やってくるモンシロチョウ。わが家がよほど気に入ったのか、おそらく同じ個体と思われる
右 :獲物を捕らえたササグモ。サボテンのようなとげが特徴的だ
ところがある時期を境にして、キャベツの葉がレース模様を編み始めた。コナガがいる。オオタバコガがいた。ヨトウムシ、ウワバの類が爆発的に増えだした。
とはいえ、ちょいとひさしを貸しただけだ。しばらくすれば、それらの虫たちも空に舞い上がるだろう。
「なんくるないさー」
ひとつ覚えの沖縄方言を浮かべながら、なんでもないことだと鷹揚にかまえていた。
ところが、現実はちがった。青虫はほとんどいないのに、それ以外の虫の子どもたちが暴れまくっている。まさに害虫のオンパレードだ。もはや観察どころではない。
ことわざ? そんなもの糞くらえだ!
そうでなくても、幼虫の糞は掃いて捨てるほどある。
目の前の大量の糞を見て、フンガイした。ちょっぴりかじるだけの青虫はまだしも、手当たり次第に食い散らす礼儀知らずの虫たちの世話まではしたくない!
キャベツの収穫は早々に、あきらめた。
右 :これはまだマシな方。キャベツは青虫以外の蛾の幼虫たちに食い荒らされ、見るも無残な姿になった
新たに目をつけたのがジャガイモである。そこにはニジュウヤホシテントウが数匹いる。
過ぎたるはなお及ばざるがごとし。何事も、ほどほどがいいのである。
外見のよく似たものにオオニジュウヤホシテントウがいて、どちらも農家には「テントウムシダマシ」の俗名で知られる。
図鑑を片手にわが菜園の民をばながめれば、首の根元は黒くない。ひっくり返しても、太ももに黒いところがない。わが家の客人は、ニジュウヤホシテントウとみてよさそうである。
テントウムシは世界で6000種、日本だけでも約180種もいる。ニジュウヤホシテントウが属するテントウムシ亜科マダラテントウ族のものはどれもよく似たヒョウ柄を有する。大量に栽培されているジャガイモに依存するところからみて、背中に28の星模様を持つニジュウヤホシテントウはまだ一般的な方だろう。
左 :ニジュウヤホシテントウの太ももには黒い部分がない。肩の黄色い汁は身を守るためのものだろう
右 :トホシテントウ。からだ全体に細かい毛が生えたマダラテントウ族の一員だ
「ほほう。キミたちは、ことしもやってきたのか」
例年だとその程度の認識なのだが、ことしはリベンジがかかっている。キャベツのようなレース模様は完成していない。
おなじみのナナホシテントウやナミテントウは、アブラムシを食べる。食性で分類すれば、どう猛な肉食昆虫ということになる。
それにひきかえ、ニジュウヤホシテントウは心やさしいベジタリアンである。獲物を襲ってむさぼり食うようなことはせず、ただ黙々と葉を食べる食植性、草食性の虫である。
などと安心していたら、大変だ。多くの農家はそう思うだろう。
そしてそれは正しい。農家にとって、肉食であることこそ歓迎すべきなのである。
ベジタリアンなんて、とんでもない話だ!
ニジュウヤホシテントウをよく見れば、細かい毛が背中を覆っている。こうして毛が生えたテントウムシは、害虫視されることが多い。
だが、種芋を植えたわけでない。キッチン払い下げの、芽がくっついた皮を埋めただけのわが家の菜園だ。それでもいまごろは地下に、ちっこい芋をこしらえているころである。
その葉上で、幾組かのカップルを見た。どこぞに卵があってもおかしくはない。
毎年発生する虫なのに、マジメに見たことがなかっただけに、卵の写真もない。
左 :交尾するニジュウヤホシテントウ。手前のメスは、食事を続けているようだ
右 :ニジュウヤホシテントウの卵。これだけを見せられたら、どんなテントウムシなのか、ぼくにはわからない
だったらというので1枚ずつ葉を裏返していくと、卵がすぐに見つかった。
おなじみのナナホシテントウ、ナミテントウのものと区別がつかない。だがまさか、産卵のためだけにほかのテントウムシが寄りつくことはあるまい。
幼虫はおらんかいなと葉を裏返してみると......いたいた。何匹も葉をかじっていた。からだ全体に、ササグモを思わせるトゲトゲがある。
――ジャガイモの葉を食べつくすと、トマトやナスの葉に移ります。
そんな解説文もときどき目にするが、ことわが家に関する限り、えさがマズいせいないのか、ジャガイモさえも葉を大量に失うことはない。
灯台下暗し。かわいく見える肉食テントウムシの観察もいいが、嫌われテントウも悪くない。
この調子でいけばまもなく、さなぎになる。そのさなぎもとげとげしいが、撮影したことはまだない。
「クモやカマキリに捕まることなく、無事に育ってくれよ」
収穫量はハナから、期待していない。なにしろ、ジャガイモの皮が出発点なのだから。
左 :ニジュウヤホシテントウの幼虫。この姿を見るかぎり、悪役感はたっぷりだ
右 :秋の棚田。ニジュウヤホシテントウの食べ痕がこうした風景に似ていると言ったら、不謹慎......だろうね
それにしても、ニジュウヤホシテントウの食べ痕を見るたびに思い出すのが棚田の風景だ。
農家が聞いたらおしかりを受けそうなことを頭に描く大家は、ひさしのない菜園の片隅にしゃがんで、カメラを構えるのだった。

たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。