きょうも田畑でムシ話【63】
2018年06月07日
招かれざる客にも三分の理――「農!」といえるゾウムシ
わが家の菜園だけでも季節ごとにいろいろな虫と遭遇する。時には「オマエがなんで、ここにいるの?」と首をかしげたくなるような虫も顔を出すが、まあ、それはご愛きょう。場合によっては、思ってもみなかった宝物に出くわすこともあるから、家庭菜園はやめられない。
だったらもっと熱心に作物とかかわればいいのだが、生来のなまけもの体質がそれを許さない。ぼくのふるさと・名古屋の弁では、そういうスバラシイ人々を「なまかわ」と呼ぶ。
――なんてことを考えていたら、さっそく現れたのがゾウムシだ。
野菜はこれでもか、まだ植えられるか、まだまだタネをまくぞというくらい栽培している。正確に言うとばらまき、埋め込みといった方が正しいのだが、それでも育つものは育つからありがたい。最近は間引きをサボっていてぎゅうぎゅう詰めになっていた春まきダイコンを何本か抜いた。遅まきながら間引きを兼ねて。
ほったらかしなのに青い首が土の上に伸びていて、なるほどダイコンだ。へえ、やるじゃないか、とだれもほめてくれないので自分で自分をほめる。
そのとき目に入ったのが、ちっぽけなゾウムシだ。あちこちで拾ってきたドングリをばらまいた庭だから、ナナフシがくれば、カミキリムシもハムシもやってくる。名前は知らないが公園のクヌギの木で見かけるゾウムシだから、ドングリの木を頼ってきたものだと解釈した。
右 :庭で見つけた小さなゾウムシ。カシワノミゾウムシかな
家庭菜園に手を出してから待ち望んでいるのがヤサイゾウムシだ。コマツナやダイコンなど一般家庭でよく栽培しそうなものを害する。だから、いの一番にやってきてよさそうなものであるのだが、いままで一度も一匹も見たことがない。縁がないのを喜ぶべきか、はたまた......という気分ではある。
「そういえば、農業とゾウムシはかなり濃厚な関係にあるではないか」
と思いながらダイコンをもう1本引っこ抜こうとした瞬間、まさに天啓がひらめいた。
左 :最近は少なくなったように思うコクゾウムシ。だけど、見つかるところでは見つかるのだ
右 :台所とも関係が深いアズキゾウムシ
田んぼや畑ではいろいろなゾウムシを見かける。屋内だって、コクゾウムシがいれば、アズキゾウムシもマメゾウムシもいる。
田んぼといえばその主役が水稲であることぐらい、子どもだって知っている。そしてそこにゆかりのゾウムシとくれば、これまた農家の多くが知っているイネミズゾウムシだ。
この和名からは、外来種だということがわかりにくい。だが記録によれば1976年、わがふるさと愛知県で見つかったものが最初とされている。アメリカ合衆国から入ったらしく、またたく間に全国へと広がった。
たいていの虫にはオスとメスがいて、交尾・産卵という過程を経て、増殖の道をたどる。このイネミズゾウムシにも雌雄の区別はあるそうだが、日本で見つかるのはメスばかり。それなのにどんどんどんどこ増えていったことから、侵入したのはメスであり、農家にとってはまったく不幸なことに、単為生殖しているようなのである。
単為結果性のナスやトマトなら、それなりのメリットはある。だが、害虫と化したイネミズゾウムシがオス要らずであっても、だれも喜ばない。よろこんでいるのは当事者であるイネミズゾウムシぐらいであり、ナナフシやアブラムシが「あらま、わたくしたちのお仲間じゃありませんか」とお世辞を言うくらいであろう。
とはいうものの、ニンゲンさまも負けてはいない。大きな被害を避けるだけの研究成果を得た。県の試験場にはそれを記念する碑があり、その業績を刻み込んでいる。
左 :ご存じ、イネミズゾウムシ。日本ではメスだけで単為生殖しているようだ
右 :イネミズゾウムシとの闘いを記録した石碑
イネミズゾウムシが暴れる田んぼのすぐ脇に、シロツメクサが群落をつくっている例は多い。そしてその中から、4枚の葉を生やしたものを探すのがいまも若者の田んぼレジャーのひとつになっていて、毎年、大勢が田んぼに足を運ぶ。
――などということはまったくのデマだが、ぼくはついつい、探してしまう。運が良ければ、四つ葉のクローバーはあんがい、見つかるものだ。
だがしかし、そこで終わっては面白くない。虫に興味がある者はさらに目を凝らし、アルファルファタコゾウムシを探すのだ。
左 :田んぼで育つ水稲と、その脇に生えるシロツメクサ。しっかり探せば、どちらにもゾウムシがいるかもしれない
右 :アルファルファタコゾウムシの成虫
この長い名前のタコゾウムシもまた、外国からやってきた。1982年に沖縄・福岡県で見つかっているから、イネミズゾウムシの後輩にあたる。
だからといって先輩を見習うこともないのだが、負けず劣らず短期間で全国に勢力を広げ、2000年にはついに北海道にまで侵入した。シロツメクサやヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)、ウマゴヤシなどとともに、あろうことかレンゲにまで手を、いや口を出したから、レンゲの花に依存する養蜂業者らはカンカンだ。ただでさえレンゲ畑が減ったというのに、高級はちみつの蜜源植物であるレンゲにいまいましいイモムシが群がるのだから、許せない。
「全国の養蜂業者のみなさん、このワタクシにお任せあれ!」
と言えればいいのだが、非力ゆえに、役立つことはなにもない。それどころか、まだ一度も見たことがない繭を見ようと、シロツメクサ、ヤハズソウを見つければせっせと葉をめくり、どこぞにおらんかいなと探しまくる。業者のみなさん、ゴメンナサイ。
そのわりには成果は得られず、いまだに繭を見たことがないというテイタラクである。採集したものがさなぎにはなっても、繭をつくってくれないのだ。
それでも何年もやっていると、もしかしたらだれかの役に立つかもしれないという〝発見〟をした。
いつものように旅先で、シロツメクサを食害するアルファルファタコゾウムシの幼虫を捕獲した。この数匹を減らしただけでもこやつらのダメージは大きいはずだ、うひひ、どんなもんじゃいと胸を張ったものである。そして数枚の葉とともに容器に入れ、持ち帰った。
そのときは移動しながら、2カ所での採集だった。数キロは離れている場所だ。
驚いたのは、翌日、容器のふたをとったときだった。なんということか、どちらで捕ったものにもカビが生えたり、ミイラのようになったりして、どれもこれも死んでいたのである。
右 :何かにおかされたアルファルファタコゾウムシ幼虫の死がい。一夜にして絶命した
「もしかしたら、新種の病原菌かも。だとしたら......」
ひょっとして新薬の開発につながる発見かもしれないぞなんて思い、昆虫の病気にくわしい友人に見てもらうことにした。
まずは写真をと思って送ったものを見てもらった感じでは、興味深い症状だと言われた。ところが、こちらから送った現物が届いたときには時すでに遅く、「からだが溶けてしまっていたよ」ということだった。残念である。
カビの方はなんとか菌の仲間ではないか、白く硬直してミイラみたいになっていたのはカイコの白きょう菌のようなものかなあ、と素人なりに考えてはみたのだが、次の機会を待つことになった。
アルファルファタコゾウムシを退治するためにヨーロッパトビチビアメバチという寄生バチを利用することも、関係者には知られるようになった。これまた長い名前のハチであるが、それ以上に面白いのは、繭が飛び跳ねるということである。
跳ねるといえば、いまも研究テーマにしているキンケノミゾウムシの繭に通じる。その繭が地面でぴょんぴょん飛び跳ねるところは何度も観察し、報告を兼ねて絵本にもした。そのキンケノミゾウムシの繭も真っ青の動きを見せるのが、ヨーロッパトビチビアメバチの繭なのである。
左 :キンケノミゾウムシが幼虫時代にこしらえる繭は、地上で跳ねる。だから面白い!
見たい!
でも、どこを探せばいいのか?
いろいろ調べ、それまでに見たことがあるものを思い出したとき、もしかしたら、あれもそのハチの仲間かなといえそうなものに出会っていたことがわかった。種は異なるかもしれないが、寄生バチであることはまちがいない。皮だけになったイモムシにくっつくようにして見つかったからだ。
別の場所では、糸にぶら下がったまま揺れるそれらしきものを観察した。ただそのときには、風で揺れているのだと思って、よく見なかった。せっかくのチャンスを逃したのだ。くやしい......。
でもまあ、とすぐ立ち直るのがぼくのスバラシイところだと自負している。これまた次の機会に譲ることにしよう。
こう思わないことにはヤッテランナイ、よね?!

たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。