水稲病害における耐性菌発生と対策
薬剤耐性菌とは
●ある殺菌剤に対して殺菌されにくい、または増殖が抑えられにくい菌のことで、耐性菌が増えてしまうと、その殺菌剤の防除効果がなくなってしまいます。
●薬剤耐性菌は、殺菌剤を使用したことで生まれるのではなく、病原菌の集団内に、もともとわずかに存在していたと考えられています。
●同じ薬剤を使い続けることで耐性菌が選抜され、次第に増殖していきます。この選抜と増殖の過程は、しばしば耐性菌が発達したなどと表現されます。
●耐性菌の発達過程は、徐々に防除効果が低下していく場合と、急激に低下する場合があります(図1)。これらのパターンの違いには、殺菌剤が病原菌に対して効果を発揮する仕組み、すなわち「作用機構」が関わっています。
●近年は、安全性の面から、病原菌以外の生物に対する毒性が小さい、「選択性」の高い殺菌剤が主流です。
●しかし、選択性が高い殺菌剤には弱点があります。病原菌は、殺菌剤の標的となる部位をわずかに変化させるだけで、殺菌剤を無効にしてしまいます。結果として、図1(A)のパターンのように短期間のうちに耐性菌が蔓延するケースが多くなっています。
水稲病害で確認された耐性菌
●これまでに、水稲病害で発生した耐性菌を表1にまとめました。
●最近では、2012年に初めて確認されたQoI剤耐性いもち病菌、2001年以降に全国的に発生拡大したMBI-D剤耐性いもち病菌が大きな問題となっています。
●また、細菌病では、オキソニック酸やカスガマイシンに対する耐性菌の発生拡大も続いています。
●1970年代には、カスガマイシンと有機リン系剤に対するいもち病耐性菌が発生しました。
●1980年以降、ばか苗病ではベンゾイミダゾール系殺菌剤のベノミル剤に対する防除効果が全国的に低下し、防除体系の見直しが必要となりました。
MBI-D剤およびQoI剤耐性いもち病菌の発生状況
「MBI-D剤耐性菌」
●MBI-D剤耐性菌は、2001年に九州地方で初めて確認され、その後は国内全域に発生拡大しました。
●MBI-D剤はメラニン合成阻害剤の一種で、おもに長期残効性の育苗箱処理剤として、1998年から使用されています。
●本剤は、短期間に急速に普及しましたが(図2)、このことが耐性菌の発生拡大を早めた一因と推測されます。MBI-D剤耐性菌では、標的とするメラニン合成酵素に変異を獲得していることが知られています。
●各地から集めたMBI-D剤耐性菌の遺伝子型を調べた結果、地域ごとに優占する遺伝子型が異なっていました(図3)。これは、耐性菌が各地域で同時並行的に選抜され、発生拡大したことを示しています。
●一方で、種子や苗の移動で耐性菌が拡大する事例も見受けられ、各地域内での分布拡大には耐性菌の保菌種子や感染苗が関与した可能性が高いようです。
●本剤の使用中止後は、耐性菌の分離割合が急速に低下する事例が報告されていますが、発生地域での再使用はまだ検討されていないようです。
「QoI剤耐性菌」
●QoI剤耐性菌は、2012年に九州、中国地方の一部地域で初めて確認され、これまでに近畿地方まで発生拡大しています。
●QoI剤耐性菌では、標的である電子伝達系の遺伝子に変異を獲得していることが知られています。QoI剤処理イネへの接種試験から、耐性菌に対しては防除効果を全く示さないことが分かります(図4)。
●QoI剤は呼吸阻害剤の一種で、2007年以降、長期持続型の育苗箱処理剤の普及に伴い、出荷量が急速に増えています(図2)。
●MBI-D剤と同様に、育苗箱処理剤の急速な普及が、耐性菌の発生拡大を招いた可能性が高いようです。
●QoI剤は、いもち病と紋枯病を同時防除できるため、農薬の成分数に制限がある特別栽培米でもよく使用されています。このため、QoI剤が使用できなくなると、水稲病害全体の防除体系にも影響することが懸念されます。
耐性菌発生時の対応
●防除効果が著しく低下したときには、病害虫防除所や農業改良普及センターなど関係指導機関に連絡しましょう。
●耐性菌の発生が確認された場合には、速やかに当該薬剤の使用を中止します。
●病原菌が一つの薬剤に対して耐性を獲得すると、同じ系統の薬剤の多くに対しても耐性を持つようになります。これを「交差耐性」といいます。このため、追加防除を行うときには、必ず異なる系統の薬剤で防除しなければなりません。
●殺菌剤の系統と耐性菌発生リスクについては、Japan FRACホームページのFRACコード表が参照できます。
●各殺菌剤に付されたFRACコードに従えば、系統の区別が容易につきます。また、耐性菌発生リスクは、低、中、高の3段階で評価されています。
●いもち病の登録農薬を例に、FRACコードと耐性菌リスクの関係を表2にまとめました。
●MBI-D剤とQoI剤の耐性菌が発生している地域では、同じFRACコードに分類される殺菌剤はすべて使用できません。
耐性菌の検定
●耐性菌検定には、生物検定法、培地検定法、遺伝子診断法などがありますが、適用できる手法は、対象となる病原菌や殺菌剤の種類によって異なります。
●詳しい検定法については、「植物病原菌の薬剤感受性検定マニュアル」(発行:日本植物防疫協会)等が参考になります。
耐性菌の発生を抑制する対策
●耐性菌発生リスクは、殺菌剤と病原菌がそれぞれ固有に持っているリスクと栽培等によるリスクを複合的に評価したものです。
●表3は、殺菌剤と病原菌の複合的リスクを数値化した例です。殺菌剤のリスクと病原菌のリスクをそれぞれ低、中、高として、それぞれに1、2、3の数字を与え、両者を掛け合わせた数値でリスクを表現しています。
●たとえば、いもち病とQoI剤の組み合わせでは、複合リスクが最大の9と評価されます。この固有のリスクは人為的に変えることができないため、耐性菌発生リスクを低下させるためには、栽培等によるリスクを低減する努力が必要ということになります。
●つまり、下記のような基本的な防除対策を徹底することが最も効果的といえます。
①同一系統の薬剤は連用しないようにします。とくに、QoI剤やMBI-D剤など、発生リスクの高い殺菌剤の使用は年1回までとし、採種圃場やその周囲では使用を禁止します。
②長期持続型の育苗箱処理剤は、耐性菌の選択圧を高める要因の1つと考えられています。育苗箱処理剤は、毎年または2年ごとに系統を変えることが推奨されています。
③水稲病害の多くは種子で伝搬されますので、毎年種子を更新し、自家採種種子は使用しないことが大切です。塩水選や種子消毒も徹底します。
④稲わらは、いもち病の初期伝染源となるので、育苗施設や本田周辺からは取り除きます。取り置き苗も放置しないようにしましょう。
⑤防除効果の低下が疑われるときには、他系統の薬剤で速やかに追加防除します。とくに、混合剤を使用する場合などには、必ず成分を確認し、同一系統の成分が含まれていないことを確認しましょう。
⑥これらの対策の効果を上げるためには、地域一丸となった取り組みが必要です。
●耐性菌対策といっても特別な手段があるわけではありません。発生リスクを下げるためには、病気の発生を少なくするという基本的な栽培管理の積み重ねしかありません。しかし、①~②のようにローテーションや採種圃場の管理などは、農家単位でばらばらに実施しても効果があまり期待できません。これらに関して、地域単位での取り組みをどう進めていくかが今後の課題と言えます。
鈴木文彦
農研機構 中央農業総合研究センター 病害虫研究領域
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