スマート農業編 自動操舵(GPS)
自動操舵技術の概要
●自動操舵技術は、人が遠隔操作するラジコンとは異なり、人の手や頭をまったく煩わせることなく、機械が自ら状況を判断して作業を実行するものです。
●1990年代に国の機関と民間企業の共同研究で、枕地を含めた耕うん、整地、代かき、播種などを行う耕うんロボットが開発されましたが、航法装置(後述)のコストなどに課題があって実用化はしませんでした。その後20数年をかけて、実用レベルに進化しました。
●自動操舵について、農林水産省では下表のように分類しています。
農林水産省の資料を基に筆者作成
注: 「レベル0~3」は、自動車における運転自動化レベル「0~5」(SAE International)とはまったく異なる分類のため、注意が必要です
左 :自動操舵トラクターによる代かき(レベル1及び2)
中 :自動操舵田植機(レベル1及び2)
右 :自動操舵コンバイン(レベル1)
●レベル1は、運転者が搭乗することを前提にしており、直進部分のみ手放し運転を可能にする「直進アシスト」(オートステア)や、圃場全面を処理する「自動運転」が該当します。
●レベル2~3は、ともに運転者は搭乗しない前提ですが、レベル2は監視者が「目視による監視」を行って危険に対応することが条件です。
●レベル3では、農機自身が周囲を監視して必要な安全操作を行い、監視者は監視センターなどに伝送された映像等を「遠隔監視」することが特徴です。
●レベル2~3の場合、自動制御される箇所は、走行部では操舵装置、スロットル、クラッチ、変速機、ブレーキなど、作業部では作業機の昇降、PTOの入切を含む回転の調整、その他作業機に固有な調整箇所などです。
●ただし、レベル1の場合は、例えば直進アシストのみといったように、これら自動制御の操作箇所が限定されていることがあります。
自動操舵技術の構成要素
●農用車両の自動走行は、①開放空間で使用、②無人で移動、③屋外環境に適合、することが求められます。
●従って、①不特定の人や構造物に遭遇する可能性がある、②自己の位置や進行方向を認識する必要がある(航法)、③耐候性や防塵性、幅広い温度特性などが求められる、こととなります。ここが工場内のロボットなどと大きく異なる点です。
自動操舵を構成する要素技術
●自動操舵技術を構成する要素技術は図のとおりで、人に備わっているいろいろな機能を機械に装備することで、レベル3のような高度な自動制御、ロボット化が可能になります。
各種センサの例
●要素技術のうち、「五感」に相当する部分は、車両部ではGPSなどの航法センサのほかに、人や障害物を検出するためのTVカメラ、超音波センサ、赤外線センサ、レーダー(Rader)、レーザビームを用いたライダー(Light Detection and Ranging=Lider)、接触センサなどが単独もしくは組み合わせて使われます。また作業部では、作業に固有なセンサ(ロータリ傾斜センサ、コンバイン刈高さセンサなど)が備えられています。
●「知脳」に相当する部分は、ハードウェアとしてはコンピュータになりますが、ソフトウェアとしては車両の位置や向きの制御、作業機の制御、異常時の対応方法などについて、その条件や手順などを詳細に記述したプログラムによって構成されます。
●「神経」では、有線による車両内の情報伝達に加えて、航法装置、車両、使用者間の無線通信が必要になります。車両に搭乗した使用者は、ターミナルモニタによって自動制御機器や航法装置の状態を確認し、区画や作業の設定を行います。車両外にいる使用者は、タブレットや外部操作リモコンを使用して確認や一部の設定を行います。また周囲から視認しやすい位置に3色の「状態表示灯」を備え、青のみ点灯は自動運転モード、桃色のみ点灯は異常発生、といったように、監視者他の関係者に常に状況を知らせるようになっています。
●「筋肉・骨格」では、運転者に代わってハンドルやクラッチ、スロットル、ブレーキなど各部を操作するためのアクチュエータ(モータや油圧シリンダなどの駆動装置)が新たに必要になり、「臓器」ではこれに対応したエネルギー源が必要になります。
航法
●一般に、船や航空機などの移動体を出発点から目的とする地点に導く技術、あるいはその方法を「航法」(Navigation)といいます。
●農用車両の自動走行で利用され得る、航法システムの概要を示します。
農用車両の自動走行で利用され得る航法システムの例
●このうち、主に屋外で使用されるレベル2~3の自動走行では、多くの場合、双曲線航法を位置計測原理とするGPSが使われています。
●GPSは、米軍が1978年から研究・開発を進め、1993年に正式運用となり、その後民間利用も認められてカーナビなどに活用されてきました。
●GPSに続いて、同様な原理のグロナス(GLONASS、ロシア)、ガリレオ(Galileo、ヨーロッパ)、北斗(中国)、みちびき(準天頂衛星、日本)などが実用化され、これらをGNSS(Global Navigation Satellite System 、全球測位衛星システム)と総称するようになりました。
●GPSでは定数24個の人工衛星(ナブスター、NAVSTAR: Navigation Satellites with Time And Ranging)が地上2万2000kmの6つの軌道上を約12時間の周期で周回しています。
●各衛星は、固有の測距コードと衛星メッセージを複数の搬送波にのせて発信しています。受信機は測距コードから電波が受信機に到達する時間を求め、衛星との疑似距離を算出します。
●3個の衛星に対して疑似距離を求めれば緯度経度の2次元位置が、4個の場合は標高を加えた3次元位置を求めることができます。
GNSSの位置計測原理(模式図)
●GPSのメリットは、新たに電波灯台などを設置することなく、衛星が見通せる空間であれば、世界中どこでも位置情報が得られることです。デメリットとしては、屋内、建造物や樹木の陰など電波が届きにくい場所では、精度低下や測位不能になることです。
●GPSの計測誤差は、移動体の場合、単独測位で概ね5~20m、DGPS(デファレンシャルGPS)で1m程度、RTK-GPS(Real Time Kinematic GPS)で1~10cmといわれています。
自動運転車両の通信
左上 :RTK-GPS基地局(可搬式基地局)
右下 :RTK-GPS基地局(固定基地局)。左側が受信用アンテナで、右側が送信用アンテナ
●DGPSは基地局(基準点、緯度・経度・高度の明確な固定点)でGPSの誤差を観測して、その誤差情報を放送電波等で配信し、移動局の位置誤差を補正する方法でカーナビなどでも活用されています。
●RTK-GPSはDGPSの考え方にナブスター搬送波の位相情報を加味して、さらに高精度化させたもので、やはり基地局の誤差補正情報を無線で知らせるものです。この基地局は、自動運転の利用者が自ら設置(可搬式基地局)するばかりでなく、市町村やJAが共同利用を目指して設置(固定基地局)することもあります。
●RTK-GPSの基地局を設置するには、初期投資が必要になります。初期投資を要しない、複数の基地局(電子基準点)を通信回線で結んだVRS(Virtual Reference Station、仮想基準点)を利用する方法がありますが、利用料や通信費が必要になります。
●最近は、GPS以外のGNSS情報も併せて受信し位置を算出することで、単独測位でも精度が向上するようになりました。
技術導入のメリット
●スマート農業実証事業では、全国で100を超えるプロジェクトが実施され、自動操舵の省力効果や経済効果などが明らかになりつつあります。
▼「スマート農業実証プロジェクト」実証データ
●同事業では、運転者が1台の車両を運転しながらもう1台の自動運転車両を「目視による監視」することで、1名が2台の機械を運用する「協調作業」が試行されました。その結果、作業時間を平均37%(最大約50%)削減できることが示されました。
隣接圃場における協調作業
●直進の精度は、有人運転よりはるかに向上し、中耕や防除などの後作業の能率も向上することが示されました。
●施肥作業などでは、無駄な作業重複(オーバーラップ)が避けられることから、能率向上と資材費削減の両面で貢献する、といった成果が出ています。
●レベル1の直進アシスト(もしくは自動運転)トラクターや田植機、コンバインでは、非熟練者でも高い精度で無駄の少ない作業ができます。これは、経験の浅い(賃金単価の安い)非熟練者でも、熟練者に遜色のない作業が可能になることを意味し、作業期間の短縮、新規就農の促進、労働費の低減といった経営面のメリットが出ています。
●農繁期の作業時間短縮は、単に労働時間削減によるメリットだけでなく、確実に適期作業が行えることから、経営面積の拡大や農産物の品質向上にも貢献することが明らかになっています。
作業手順
●自動運転を行う大まかな手順は、トラクターの場合、以下のとおりです。
1)「可搬式基地局」を使用する場合は、自動操舵運転の前に、所定の位置に基地局を設置します。また、車両側のGPSアンテナやセンサ類を、使用可能な位置にセットします。
2)マップ(作業範囲)を作成し登録します。同一圃場で2回目以降の作業を行う場合は、既登録のマップを編集し、所要のマップを選択します。
3)各種センサの動作確認を行います。
4)作業の種類や作業幅など、作業条件を設定します。
5)ルート(作業を行う経路)を設定します。2)~5)まではターミナルモニタ上で行います。
6)作業の開始点にトラクターを移動させます。
7)副変速レバーなどを自動運転可能な条件に設定し、車内のモードスイッチを「ON」(自動運転モード)に設定します。
8)自動運転スイッチ(車内)の開始ボタンを押す、またはリモコンの開始ボタンを押し、中央部往復作業を開始します。
9)中央部往復作業の自動運転を終了します。
10)引き続き、枕地耕(圃場中央部の往復作業に続く外周部の周り作業)の自動運転を実施する場合は、枕地耕開始点にトラクターを移動させます。枕地耕の自動運転を実施しない場合は、12)に飛んでください。
11)自動運転スイッチ(車内)の開始ボタンを押す、またはリモコンの開始ボタンを押して、枕地耕自動運転を開始します。
12)枕地耕の自動運転を終了します。使用者が車両に搭乗しない場合、8)~12)までは、タブレットモニタにて監視を行うことが可能です。
13)自動運転終了。車内のモードスイッチを「OFF」(手動運転モード)にします。
14)手動運転にて処理すべき枕地耕を処理し、圃場から退出します。
●より詳細な使用例は、トラクター、田植機、コンバインの本文を参照しください。
使用例
●協調作業の組み合わせは、レベル2では、①自動運転トラクターと有人トラクターの組み合わせで同一作業(耕うんや整地など)を実施、②同じ組み合わせで異なる作業(耕うんと整地、耕うんと代かき、施肥と播種など)を組み合わせて実施、③自動運転トラクターと有人田植機で整地や代かきなどと田植えを実施、④自動運転トラクターと有人コンバインで耕うんと収穫(水稲、麦、大豆など)、などの例があります。
●協調作業は、同一圃場内で実施される場合と、隣接する別圃場で実施する場合があります。
●熟練者と非熟練者の組み作業では、熟練者は熟練した技量が必要な変形圃場の代かきに専念し、非熟練者がレベル1の自動運転田植機(密苗使用)を運転し、補助者が苗運搬を行う、という組み合わせで、代かきと田植えに要するコストを35%程度削減した例があります。
●同じく組み作業で、熟練者が整地と播種に専念し、非熟練者がレベル1の自動アシストコンバイン(普通型)を運用し、収穫作業にて54%の作業時間を人件費の低い労働者に変更可能とした事例があります
●より詳細な使用例は、トラクター、田植機、コンバインの本文を参照しください。
留意すべき点
●自動運転は、傾斜5°以下で平坦な、障害物のない、またスタックの恐れがない圃場で行ってください。
●気象条件や電波の状態によって、あるいは何らかの不具合によって、自動運転システムが正常に機能しない場合があります。異常に気づいた場合は直ちに運転を停止し、自動操舵機能の使用を控えてください。
●現時点では、自動運転であっても、圃場の外周1~3周は、灌排水施設や電柱、進入路などとの接触を避けるため、有人作業とされています。このことから、大区画圃場に比べて小区画圃場は、自動運転のメリットが出にくくなります。
●従って、自動運転に適するよう、圃場を整備することも効果があります。
●機械の導入に際しては、機械購入費用など経営面積に関係ない「固定費」と、燃料費や運転者の人件費など経営面積に応じてかかる「変動費」がかかります。固定費、および固定費と変動費の合計は、模式的に図のように表せます。
自動操舵導入の経営的なメリットとデメリット(模式図)
●自動操舵の導入にかかる固定費は、図の破線のとおり、装置そのものやGPS基地局の設置など、慣行の機械装備に比べて高くなるでしょう。しかし自動運転の導入によって人件費の削減が期待され、変動費はある程度割安になります。すると、慣行機2台の場合と、ロボット・慣行機協調の場合、それぞれの変動費と固定費の合計を示す直線は、ある経営面積で交差することになります。
●すなわち合計が安くなる面積(損益分岐点)以上で、自動操舵の導入メリットが現れ、その額は。図の斜線のようになります。この点を試算した上で、導入を検討すべきです。
●協調作業を伴わず、監視者がつきっきりの場合は、労働が楽になるといったメリットはあっても、作業能率そのものは改善しないことがあります。
安全確保
●自動運転システムを使用するには、製造・販売者等が行う使用者教育を受けなければいけません。
●安全確保のためのセンサ類は、現段階では、霧などの気象条件や雑草の繁茂状況などの作物条件が変化すると、誤認識や検出ミスの可能性があります。
●自動操舵は、多彩な情報に基づいて、複雑かつ高度な制御プログラムによって実行されるので、何らかの不具合が生じた場合、「関係者(使用者及び補助者)」にとって予想しがたい動きをする可能性があります。
●運転者または監視者は、常に自動操舵の状態を見守る必要があります(レベル2)。
●自動操舵の機械を運用する際は、農水省が制定した「農業機械の自動走行に関する安全性確保ガイドライン」を熟読・遵守してください。
▼「農業機械の自動走行に関する安全性確保ガイドライン」の改正について
●自動操舵機能を備えた機械は、開放空間で使用されることから、同ガイドラインでは第三者(関係者以外)は圃場に入れないこと、圃場の出入口や道路側に自動運転中である旨を明示する看板を設けること、などが詳細に示されています。
●第三者が入る可能性のある圃場では、自動運転を行ってはいけません。
●道路上で自動操舵を使用してはいけません(レベル1~2)。
●レベル0~1の安全確保は、人が搭乗しているので、従前の農業機械と同様です。
●レベル2~3における安全確保は、「死角」や映像の伝送遅れなどの理由によって、「監視」していても完全とは言えないことがあり得ます。
●作業の開始前に、タブレットやリモコンで、非常停止できること必ず確認してください。
●タブレットなどの端末およびそのOS、アプリ等は、メーカー指定のもののみを使用してください。メーカー指定外のものを使用した場合は、予期しない動作をするなど事故に繋がる可能性があります。
●自動運転の監視中に異常を認めたときは、直ちに非常停止し、危険のないことを確認し、かつ車両の前後左右の安全を確認した上で、作業を再開してくだい。万が一事故が発生した場合、監視者もしくは運転者の責任を問われることがあります。
その他
●自動操舵の機械を運用する際には、区画の教示や各部の設定、非常時の対応など、覚えるべき手順や方法がいくつもあります。製造・販売者等が実施する使用者教育(講習)を必ず受講してください。
●ここでは(株)クボタ製の可搬式の基地局を前提に記しましたが、条件が一致すれば、他の可搬式基地局や地方公共団体やJA等が運営する固定式の基地局、VRSが使用できます。この場合、自動運転車両および移動基地局のメーカー、固定基地局の設置・運営団体、VRSの運営事業者と協議や契約、条件を一致させるための調整等が必要になります。
農研機構 農業機械研究部門 機械化連携推進室
画像提供:株式会社クボタ