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2017年7月31日
(つづき)
エシカルは"意識高い系"だけのものではない
「エシカル」という言葉が指し示す内容はかなり多岐にわたり、しかもそれを実現していくのが、日本では大変なこともある。前回ではそうしたことを書きました。では、これからわたしたちは、食のエシカルをどうとらえていったらいいのでしょうか。多くの農林水産業関係者は「食のエシカルが大事なのはわかるけど、結局それを大事だと思う人は、いわゆる"意識高い系"な人達であって、あまり大きな市場にはならないだろう」と考えているかもしれません。でも、そうではないようです。
ここ数年、わたしはエシカル先進国といえるイギリスに関心を寄せています。イギリスではその名も「ethical consumer(倫理的消費者)」という雑誌媒体があります。1990年代から25年以上、さまざまな分野の商品やサービス、あげくは企業をエシカルの観点から評価し、消費者に情報提供する媒体です。たとえば、スーパーマーケットの特集号では、イギリスのスーパーチェーンについて、倫理的な活動をしているかいないかのランキング化をしています。環境問題、人権・労働問題、アニマルウェルフェア、政治への関与などさまざまな項目で、そのチェーンがどのようなことをしているか(または何もしていないか)を徹底的に調べ上げて、点数化します。その結果、イギリスの最大手チェーンであるテスコやセインズベリーはかなり下位にランクされ、規模はすこし小さいけれどもエシカルな取り組みに熱心なチェーンが上位に評価されています。こうした情報があるので、倫理的に買物をしたいと願う消費者は、どこで買えば良いのかがわかるようになっています。
このethical consumerの中心人物がロブ・ハリソンさんといい(写真右)、何度か来日してシンポジウムで講演をしてくれています。このロブさんにイギリスで二度、日本でも二度インタビューをしましたが、その中で、興味深い話しをきかせてくれました。先の「エシカルな市場には、意識高い系の人達しかいないのではないか」という質問をした時のことです。うーん、と考えてから彼はこう答えてくれました。
「イギリスで調査をした結果わかったことですが、常にエシカルなものしか買わないという人は10%程度しかいません。逆に、まったくエシカルなんて興味ないというひとだって20%程度います。ただ、その中間に70%くらいの、『ときどきエシカル』という人達がいます。重要なのはこの『ときどきエシカル』の層で、ときどきであっても7割あれば大勢力。もしかすると10%のいつもエシカル層よりも強大なバイイングパワーかもしれません。もしこの70%が無視できるような購買層であれば、メーカーやスーパーなどもほうっておけばいいわけですが、この層の売上が非常に大きいので、企業にとってはエシカルを無視できないという状況になっています。」
これをきいてなるほど、と得心がいきました。「ときどきエシカル」の人達は、たとえば5回に1回くらい、エシカルなものに手を伸ばすという、気まぐれな消費行動をする。でも、気まぐれであってもそれが全人口の70%もいれば、とてつもなく大きな市場なのです。たしかに日本でも、常に倫理的な消費をする人口は、そう多いものではないでしょう。
1970年代に勃興した有機農産物の宅配ネットワークの状況をみても、会員数が大きく拡大しているわけではなく、一定の規模で推移しています。一方で、ごく普通の生活をする消費者が、ほんの少しだけでもエシカルに軸足を移したらどうなるでしょう。エシカルな買物を10回に1回していた人が、5回に1回にシフトしただけでも、とてつもなく大きな市場が切り拓かれるということになるわけです。ヨーロッパで展開する製造業者やサービス業者はそれがよくわかっているので、原料の調達に製造工程、労働体系やサービスの運用まで、エシカルを意識しているわけです。
食のエシカルが日本に拡がるために
一見したところ、日本にあまり拡がらないのではないかと思われるエシカルという概念ですが、そんなことはないようです。鉄道会社が運営する駅ビルのショッピングモールでは、「エシカル」という言葉を冠したイベントを全店舗で展開するようになりました。大手のコーヒーチェーンやコスメ、アパレルの企業が消費者に対してフェアトレードのコーヒーセミナーをしたり、パッチワークでTシャツ作りのイベントをしたりしています。そこにごく普通のカップルや親子が楽しそうに参加している様子は、エシカルが特別なものではなくなりつつあるということを実感させます。
ただし、日本では、食のエシカルが拡がるために必要なことが、まだまだあると思われます。たとえばこの夏、相変わらず土用の丑の日には牛丼チェーンやコンビニ、スーパー店等で廉価なウナギが販売されています。資源保護の観点からすれば、ウナギはもう積極的に食べないようにするべき食材です。そうしたことに異を唱える世論が実に小さいことに、日本の「遅れ」を感じます。そうした、エシカルといえない消費行動をとる消費者にも責任があるとともに、消費者の利便性や快適性を重視し、エシカルでない消費行動を助長してしまう企業やメディアのあり方にも問題があるといえます。エシカルな問題の解決は、決して消費者にとって楽な選択肢ではないので、メディアとしては取り上げにくいものです。けれども、世界から人が集まるオリンピックに向けて、日本の様々な部分をエシカル色に塗り替えていく必要があるような気がします。
エシカルへの対応は、それなりのコストや犠牲をともなうものですが、それ相応の見返りを期待することができると考えられます。日本の農林水産業に食産業が、エシカルな方向を見つめるようになることを祈ります。
写真上から
・エシカル・コンシューマー誌の編集長である、ロブ・ハリスン氏
・エシカルの図(インタビューを元に山本作成)
株式会社グッドテーブルズ代表取締役・農産物流通コンサルタント。
一次産品の商品開発のアドバイザーをする傍ら、全国の郷土食を食べ歩いている。「週刊フライデー」、「きょうの料理」、「やさい畑」などに連載を持ち、著書に「激安食品の落とし穴」(KADOKAWA)「日本の食は安すぎる」(講談社)、「実践農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)などがある。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」も人気が高い。