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日本の農と食はエシカルをめざす(2)

2017年4月27日

農産物流通コンサルタント 山本謙治   


つづき
食のエシカルにはどんな問題があるか
 前回は、エシカルという考え方について解説を試みました。今回はそれが食とどう結びつくのかに入っていきましょう。その前に、エシカルな取り組みが先駆的になされている欧米では、どんなエシカルな問題を議論しているのかが気になります。わたしなりにさまざまな文献をあたり、またNPOなどの活動の内容をみていると、以下に示す6つほどのテーマ領域がみえてきました。


●環境問題
●アニマルウェルフェア
●人権・労働問題
●フェアトレード
●商品・サービスの持続可能性
●利益の公正な分配


 もちろんこの6つのテーマに限らず、もっと広く議論がなされていると思います。ただ、エシカルと言ったときにテーマとなるのは、ここに挙げたもので間違いないと思います。それぞれについて、とくに食に関する話題で説明していきましょう。前回の内容と重なる部分も多いのですが、大事なことなので重複を気にせず、あらためて説明します。


環境問題
yamaken_201704_image2.jpg 日本でも以前から環境問題が議論されてきましたから、これはとてもわかりやすいでしょう。食でいえば、例えば森を切りひらいて大豆やトウモロコシなどのような単一の作物を大規模に栽培することで、その土地の生態系が崩れてしまうことが問題になっています。前回、エシカルが注目されるきっかけとしてオリンピックが果たす役割が大きいことを書きました。オリンピックは短期間で終わってしまうのに、その準備で大量の資材を使うため、森林伐採などの環境破壊が行われてしまう。そうしたことをしないようにしましょうと方向転換したのがロンドンだったわけです。

 日本でも環境問題は広く認知されていますが、いま問題になっているのは意外にも水産資源です。海に囲まれた水産国・日本ですが、マグロやイカ、サバといった主要魚種の漁獲高が減少しています。これは「獲りすぎ」によるものではないかという声も多く挙がるようになりました。じつはこれも立派な環境問題。日本ウナギが絶滅の危機にあるのはご存じでしょうが、海外の研究者からみると「絶滅しそうだとわかっているのにウナギを食べ続ける日本人は、もしかしたら野蛮な人達なのか?」と思われているかもしれません。


アニマルウェルフェア
 日本人にもっとも理解しづらいのがこれではないかと思います。要するに、人が基本的人権を持つのと同じように、動物も最低限の福祉を得るべきという考え方で、そのために制定されたルールだと捉えればいいでしょう。ヨーロッパでは古くから、ペットや家畜に対する劣悪な飼育を改善しようという動きがあり、ペット保護法や動物保護法といった法律を制定する国もありました。


yamaken_201704_image6.jpg 一方、ペットではなく経済動物と呼ばれる家畜に関しても、この議論が起こります。ヨーロッパではもともと畜産が盛んで、近代化により、経済性を優先した畜産が進められてきました。狭い豚舎に豚をたくさん押し込めて飼ったり、鶏をケージに入れて運動させなかったり、不安やストレスを与えるような飼い方がなされた歴史もあります。その反動として「家畜などの動物も倫理的に飼育すべきだ」という動きが起こったわけです。この動きはヨーロッパのみならず米国やカナダ、豪州などにも拡がり、いまでは世界的にアニマルウェルフェアへの取り組みが進んでいます。


yamaken_201704_image4.jpg 具体的にはどんなことが言われているのでしょうか。アニマルウェルフェアを実践する際に基本となるのは、次の「5つの自由」を確保すべきという考え方です。

①飢餓と渇きからの自由
②苦痛・障害または疾病からの自由
③恐怖および苦悩からの自由
④物理的・熱の不快さからの自由
⑤正常な行動ができる自由

 畜産に関して言えば、この5つの自由に配慮した飼い方をしなければならないことになります。さらっと読んでしまうと、なんだ、普通のことじゃないかと思われるかもしれません。しかし、日本の現代畜産にとっては、けっこう大変なことが多いのです。


 例えば欧米のアニマルウェルフェア畜産では、牛や豚などは必ず、自由に屋外に出ることができるようにしなければならないとすることが多い。広い土地を用意できる欧米ではそもそも放牧文化がありますが、畜産に利用できる土地がすくない日本では、なかなか難しいことです。
 ただし、日本でもオリンピックを前に、アニマルウェルフェアについての議論がされるようになってきました。北海道など、放牧が可能な地域の畜産農家が「アニマルウェルフェア畜産をするぞ」と宣言したりしているのです。これから数年でどこまで拡がるのか楽しみです。


人権・労働問題
 日本でここ数年の間、よく議論されているのがこの"ブラック"問題ではないでしょうか。食の現場でももちろん同じで、ひどい低賃金労働や、人権を無視した労働条件で働かされるということをよくききます。ただ、欧米ではずっと昔から問題視され、エシカルな話題の中心にあったといえます。
 イギリスの大手生協組織の商品購買担当者にインタビューをしたときのことです。「どんなエシカルな取り組みをしていますか」ときくと、真っ先に出てきたのが「製造に携わる人達の労働環境を整備している」ということでした。先進国イギリスの大手生協となれば、全世界から商品を調達するわけですが、その際に重視するのは価格だけではなく、生産者の人権や労働環境がきちんとしたものかどうかということなのです。安値で買い叩く小売業者が多い日本とは違うな、と驚いたものです。


フェアトレード
 国際間の貿易の際に、相手国を買い叩くことなく、公正な価格で取引を行うフェアトレードも、日本でかなり浸透してきました。ここでいう公正な価格とは、人間らしい生活を確保できる、労働への正当な対価という意味。最近ではカフェでコーヒーを頼もうとするとフェアトレード認証を取得したものがメニューに載っていたり、フェアトレードチョコレートが街角の小さな食品店でも買えるようになったりと、ひろがりをみせています。


yamaken_201704_image3.jpg ただし、気になるのは「全てがフェアトレード」の店はまだまだ少ないということ。メニューを開いたとき、数種のコーヒー産地の中にフェアトレード商品が一つあって目立つというのは、逆に言えば主流になっているとはいえないわけです。そういう意味では、一部しか扱っていないフェアトレード商品を目立つところに置くというのは「隠れ蓑(みの)」的な使い方だと批判的にみられる場合もあります。


 一方で、取り扱い品目の9割以上がフェアトレードだというケースもみかけます。あるファッションブランドでは、オーガニックコットン製品の9割以上をフェアトレードで購入しているときいて驚いたことがあります。なぜ驚いたかというと、そうした企業はことさらに「フェアトレードやってます」と喧伝したがるものですが、そのブランドはとくに声高に宣伝をしていなかったからです。
このように、フェアトレードへの取り組み度合いは企業によってバラバラなので、消費者がよく見極めることが大切なのかもしれません。


商品・サービスの持続可能性
 アニマルウェルフェアやフェアトレードなど、どこかできいたことがあるキーワードと違って、いきなり何? と思われるかもしれません。欧米ではよく「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉を耳にします。例えば持続的な開発(サステナブル・ディベロップメント)という言葉があります。これは、いま生きる私たち世代だけが満足するような開発ではなく、一世代、二世代後にも負担にならないような開発をしましょうということです。私が学生の頃ですからもう25年前には、欧米のディスカッショングループで「サステナブル・アグリカルチャー」という言葉がよく使われていました。つまり収獲を増やすために肥料などを多投入する収奪型農業ではなく、10年、20年後も土壌が豊かになっているような農業について議論されていました。


yamaken_201704_image1.jpg 日本が欧米に後れをとっているのは、商品の持続可能性かもしれません。日本は製造業ががんばってきた工業国ということもあって、テレビや家電といった商品は数年使ったら買い換えるのが一般的。それに罪悪感を覚える人はあまりいませんし、逆にメーカーはそれを前提に設計するので、商品自体があまり長持ちしない場合もあります。この感覚でドイツに行くと、多くの家庭で家具や家電、または自家用車を長く大切に使っていることに驚きます。ガッチリと質実剛健に作られているものが多く、壊れても部品交換で商品を長く使えるように設計されているものが多いのです(もっとも、最近ではそうでもない若い世代が増えてきているという話もありますが)。

 では、サービスの持続可能性とはなんでしょう? これはさきに挙げたブラック問題と根が同じで、よく考えたらできっこないサービスのことを考えればわかりやすい。お客を満足させるために、おいしくて新鮮、安全性も重視したものを、しかも安く売るというお店があれば、人気が出るのは当たり前。けれどもおいしさも新鮮さも安全性も、どれもコストのかかる「価値」です。それには相応の対価をもらわなければ成り立たないわけで、最後の「安く売る」ということは不可能なはずなのです。今の日本ではこのように「行きすぎたサービス」が多く、それらが軌道修正を求められる時代になったように思います。


利益の公正な分配
 これもフェアトレードやブラック問題とつながることです。ある商品が生産され流通し、販売されて消費者の手に渡るまでをサプライチェーンと呼びます。このチェーン内ではお金がやりとりされるわけですが、それが公正な分配になっているかという問題です。フェアトレードは国際間の貿易に関する解決策ですが、意外にも自国内での取引がフェアに行われないケースも多々あるわけです。


yamaken_201704_image5.jpg 最近、日本でもそうした不公正な分配について、問題が出てきています。たとえば先日は、スーパー店等で売られるもやしの業界団体が「こんな価格ではやっていけない」と声をあげたことが話題になりました。また、農林水産省が、豆腐などの日配商品がスーパー店頭で低価格で販売されていることを問題視した報告をまとめました。
 これまでの日本は消費者優先、とにかくお客さんに安く提供することを重視したサービスが行われてきたわけですが、それによってメーカー側は収奪される一方だったわけです。これからはそうしたことにも社会的にメスが入るかもしれません。一方で、多くの生活者の可処分所得がだんだん減少しているという問題もあり、この辺はたいへんにデリケートな問題でもあります。


 いかがでしょうか、エシカルという言葉にはこうしたことが話題として含まれるということになるのだと思います。これだけを観ると「なんだか難しいことが多いし、エシカルに興味を持つ人なんて少ないだろうし、誰も得をしなさそうな話だ」と思うかもしれません。でも、そんなことはないのです。次回はそうした話しをしましょう。(つづく


写真上から
・ウナギはもうすぐ資源が枯渇してしまう可能性のあるにもかかわらず、まだ日本ではスーパー店等で安く売られ、余れば廃棄されている。
・日本が世界に誇ろうとしている黒毛和牛は、牛舎の中で運動をさせずに飼うのが普通なので、欧米とは違ったアニマルウェルフェアを提起していかねばならない。
・欧米のアニマルウェルフェアは放牧を基調とすることが多いので、日本ではなかなか難しい。ただ、北海道で牛や豚の放牧でアニマルウェルフェアに挑戦している生産者もいる。
・ご飯一杯の裏で何が起こっているかを考えるのがエシカルということだ。
・アメリカのスーパーでは、食肉の取り扱い基準に「動物の権利」をうたうチェーンがある。
・豆腐の価格は一丁百円前後と、昔から変わらない。一方で原料も包材も値上がりしている。そろそろ価格を見直さないといけないだろう。


やまもと けんじ

株式会社グッドテーブルズ代表取締役・農産物流通コンサルタント。
一次産品の商品開発のアドバイザーをする傍ら、全国の郷土食を食べ歩いている。「週刊フライデー」、「きょうの料理」、「やさい畑」などに連載を持ち、著書に「激安食品の落とし穴」(KADOKAWA)「日本の食は安すぎる」(講談社)、「実践農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)などがある。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」も人気が高い。

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