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2010年1月12日
先回の終わりにエシカルソーシングという話を書いたが、これは単なる「青臭い話」じゃあない。すでに日本においても、エシカルな買い方をする消費者層が生まれていると実感することが多々あるのだ。それは「高くても佳いものを買う人たち」が増えていることに顕著に表れている。
デフレ宣言が出され、ものの価値が不当に低く評価されている今の時代に、「少々高くても、佳いものであれば」という購買活動を行う人がいる。しかも、バッグや車、マイホームにではなく、自分の食行動にはお金を惜しまない、という人が増えているのだ。
「そんなばかな、野菜も加工食品も空前の安さなのに」
と驚かれるだろう。もちろん全ての人がそういうわけじゃない。けれども、70~80年代の環境問題に対する関心が高まりをみせた時期に「意識の高い層」と言われた、先鋭的な意識を持つ一部の人たちとは明らかに違う気がする。言ってみれば、一般的な趣味嗜好をもつが、こと食にはお金をかけますという人が多いように、僕には感じられる。
たとえば今、有機農産物の購買に関する大規模な調査が実施されている。途中経過をみてみると、消費者が有機農産物を購入する場所は、圧倒的に一般のスーパーとなっているそうだ。一部のコアな有機宅配システムではなく、スーパーなのである。これには驚いた。スーパーは売れにくいものを並べることはあまりしない。だから、有機農産物をスーパーで買う一般層が増えていると考えられる。そんな時代なのだ。
だから、今こそ「高いけれども、内実がある佳いもの」を訴えかけていくことが、食に関わる人たちにとって、重要なのではないかと思う。
■高くて佳いものを消費者に直接訴求する方法
○2000円でも売れる飯尾醸造の「富士酢」
実例を出してみよう。あなたは、いくらくらいならお酢にお金を払いますか? 大手メーカーが販売しているお酢はだいたい900mlで500円程度だろうか。「まあそんなものかな」と思われたあなたは、同じ容量で2,500円のお酢があったら、買おうという気になるだろうか。
結論を出す前にお酢とはどんなものなのか、を識っておくべきだろう。
よく「お酒の栓を抜いて放っておくと、お酢になっちゃうよ」というように、お酢はアルコールから作られる。酢酸菌を添加すると、菌がアルコールを酢に変えてくれるのだ。世界を見回すと、どの国でも、もっとも安価に多量にとれるアルコールでお酢を作っている。ビールやウイスキーなどの麦関連アルコールの多い国ではモルトビネガーだし、フランスやイタリアでは問答無用でワインビネガーだ。アメリカではアップルビネガーも人気。
では日本は? そう、米から作った日本酒を原料とした米酢が主流だ。しかし、こんにちの米酢は、米からのみ出来ているわけではない。「ん?どうして?」と思われるかもしれないが、日本農林規格においては1リットルの米酢を作る際に、40gの米を使っていればいいとされる。しかし、1リットルのお酢を作るに足るアルコールは、米40gからはとうていできないそうだ。そこで、でん粉などを原料としたアルコールなどを添加して作ることが許されている。
「え? 米酢って米からだけ作られているわけじゃないの?」
と驚かれるかもしれないが、物資が乏しかった時代にできた農林規格がそのまま使われているからだろうか、日本のお酢に関する基準は「厳しい」とは思えない。
しかも、安く販売されているお酢のほとんどは、速醸法で醸造されている。アルコールに酢酸菌を添加したら、空気をぶくぶくと対流させて発酵を促し、なんと一日から二日間でお酢を作ってしまうという。この速醸法は醤油の製造でも行われているもので、大量に調味料を製造する基本的な技術とされている。しかし、一日から二日で作られるものは、当然それなりの味だ。大手メーカーの安いお酢は、口に含むとビッと酸味が効くが、その後すぐに刺激が減退し、旨みもほとんど感じられないものが多い(最近ではアミノ酸を添加して旨みを補っている製品がとても多い)。これがお酢の現状だ。
一方で、愚直なまでに昔ながらの造り方を守っているメーカーがある。京都の丹後にある、天橋立で有名な宮津市。ここに飯尾醸造という、江戸時代から続くお酢屋さんがある。
この蔵では、お酢作りをするための米を完全な無農薬で生産する。契約している生産農家は宮津近郊に限られ、一俵あたりの買い取り価格は驚くほどに高い。そして、蔵人達自身も棚田を借り受け、田植えや草取り、稲刈りを行う。昨年、こうして栽培した米を飯米として販売したのだが、有名な米穀小売店で食味検査をしたところ、特A米レベルの非常に高い評価を得ていた。
それほど美味しい米を、まずは日本酒にする。なんと蔵にはきちんとした杜氏が居て、お酢に向く具合に酒を醸す。そうしてできた日本酒は、酒として飲まれることはなく、蔵のタンクに入れられ、酢酸菌の膜を移植される。その後はひたすら寝かせるだけである。その期間は1年~2年。大手メーカーが一日から二日なのと対照的だ。そうしてできるお酢は、酸味だけではなく、旨みがじわーっと口の中に余韻を引いていく。複数メーカーのお酢を並べてなめ分けてみれば、その違いは明白だ。
ちなみに大手メーカーのお酢が1リットルで40gしか使っていないものが多いのに対して、飯尾醸造の「純米富士酢」は5倍の200gを投入している。もちろん米以外のアルコールは添加していない。
この富士酢を上回るものすごい商品が昨年、飯尾醸造から満を持して発売された。その名も「富士酢プレミアム」。なんと1リットルのお酢を作るのに、米を320gも投入しているのだ! できあがった酢は、200gの米を使った「純米富士酢」よりも香気が強く甘やかな味わいがあり、そして、旨み成分の多さは圧倒的だ。舐めてみれば一目瞭然。
ただし、、、 この富士酢プレミアム、小売価格が2,058円もする(09年12月現在)のだ。これは、大手メーカーの米酢500円から比べると4倍もの価格差。そんな値段のお酢、売れないんじゃないだろうか? 通常はそう思うだろう。ところがどっこい、この富士酢プレミアムがバンバン売れているというのだ。
「この商品はスーパーなどにはあまり置いておらず、百貨店さんとうちのホームページで販売しているくらいなのですが、、、驚くほどにホームページからお買い求めいただくお客さんが多いんです。高額な富士酢プレミアムがここまで売れるとは思っていませんでした。」
通常、調味料の世界では、プレミア商品は、利益を出すために作るものではなくて、メーカーのプライドのためにちょっとだけ造って販売するものだ。しかし飯尾醸造では、このプレミア商品が売れ筋になっているというのだ。
「予想していなかったことなのですが、全販売量の1割は超えています。この商品は、きちんと利益もいただける価格設定をしているので、私たち蔵人にとってはありがたいことです。」
そう、安めの価格設定で、卸経由の取引をベースにするレギュラー品を薄利多売で売るよりも、プレミア商品が一定量売れる方が、メーカーとしては息をつくことができる。飯尾醸造ではそれが実現しているのである。
■「わかる人」を相手にしよう
飯尾醸造という一つの事例で恐縮だが、4倍の価格差があっても、佳いものを買うという層がいることは確かだ。それにこうした話は、他にも多々あるのである。不況だ、不景気だと連呼されているけれども、ちょっとマスコミが騒ぎすぎているように感じられる。実体経済も冷え込んではいるが、それだけで語れるほどに経済は単純ではないと思う。特に食に関しては、徹底して安値を志向する層もいる一方で、徹底して高い質を求める層も出てきている。それも、ハイソサエティではなく、ごく一般の層にだ。これから食の世界が相手にしていかなければならないのは、そうした人たちなのではないだろうか。
伊藤忠ファッションシステムというシンクタンクが昨年調査した結果によると、消費者の食生活を高関心・中関心・低関心に分けると、高い関心を持つ層は41.5%だそうだ。
この41.5%の中には、佳い食に対しては、相応のお金を払ってよいと考える人が相応に含まれていると考えることができる。これから食の担い手が考えていくべきは、何を言ってもなびかない中関心・低関心な人たちを振り向かせることではなくて、高関心な人たちに対して、正しい情報を正しい形で届けることだろう。そこにはマーケティングの考え方が必要になる。ただし、もちろんマーケティング以前に、佳い商品を持っていることがより重要になる。
いまを「不況だ」と嘆くより、「いい時代だ」と捉えて、積極的に勝負に出てもいいのかもしれない。(了)
株式会社グッドテーブルズ代表取締役・農産物流通コンサルタント。
一次産品の商品開発のアドバイザーをする傍ら、全国の郷土食を食べ歩いている。「週刊フライデー」、「きょうの料理」、「やさい畑」などに連載を持ち、著書に「激安食品の落とし穴」(KADOKAWA)「日本の食は安すぎる」(講談社)、「実践農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)などがある。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」も人気が高い。