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2008年4月14日
水稲マット苗の物理性-切れの良い苗・悪い苗
津賀 幸之介
春になると水稲の育苗作業が忙しい時期となります。
日本では、本田に直接、種籾を播く直播栽培の、省力的なメリットを取り入れる場面もありますが、育苗を行い、田植機による移植栽培が安定多収培技術として、広く定着しています。
農業機械のよもやま話(1)「農業機械の得意技」でも述べましたように、日本では、田植機により世界に類を見ない高速移植作業が、各地の水田で行われています。
しかし、この技術は一時期に到達したものではありません。進展の程度の差はあれ、長年にわたる多くの分野の人々の技術の積み重ねによって、今日の田植技術が築かれたのです。写真 右上:田植機の植付風景
現在の水稲マット苗の歴史は、戦後までさかのぼることができます。
水稲の早期栽培技術として、播種期を早めるための保護苗代の研究が進展し、昭和30年頃に、長野県農業試験場の松田技師が、レンタン火鉢により、育苗温度管理を昼夜に渡って行う室内育苗法などを開発したことに始まりました。その後、改良され全国に普及し始めたそうです。
当時の苗箱は、現在の水稲マット苗用と同じ30cm×60cm×3cmの大きさです。この育苗器による苗の稚苗を直接田植えしても十分な収量が得られることが、各地で確かめられました。
この育苗法の特徴を生かした田植機の開発が昭和40年代に進み、今日の田植機の基本技術となっています。
写真 :水稲マット苗の搬出作業
出典 :食と農の科学館(つくばリサーチギャラリー)ホームページ
良いマット苗を利用すると良い田植えが行え、その後の管理や栽培も確かなものとなります。
田植機は、植付爪で一定量の苗(4~5本程度)をマット苗から掻き取り、そのまま田面に植え付けていきます。植え付け精度は、苗の出来具合によっても左右されます。そこで、苗の物理性を測定し、田植機にとって良い苗か悪い苗か判定する測定機器を作ったことがあります ※1)。
これは「掻き分け試験機」と称し、図に示すように、苗に2つの櫛ABを苗のマット裏面から差込み、左右水平に掻き分け、この時の掻き分ける力(Y)とAB間距離(X)を測定できます。
良い苗は、根の張り方が盛んなため、掻き分け力(Y)が大きく、一定の(X)長さで切断し、ハンバーグを切り取って食べる時のように、切れの良い苗と判断できます。
反対に、悪い苗は、根の張り方が弱いため、掻き分け力(Y)は小さくて、AB間距離(X)が(Y)に対して相対的に長めとなり、お餅のように延びていつまでも苗が切り取れない切れの悪い苗です。この悪い苗を田植機で植え付けると、一株当たりの植付本数がばらついたり、植付姿勢が乱れたり、時には植付ミス(欠株)が発生します。
田植え時期に各地にでかけ、この測定器でいろいろなマット苗の物理性を測りました。
地域や培土・育苗方法で差があり、興味深い結果が得られました。
また、育苗培土の代わりに紙やロックウールとするもの、乳苗や水耕苗などについても測定し、田植機の植え付け性能との関連を得ました。
今でも、マット苗の機械的な評価方法として利用できますが、現在では、田植機や育苗機器の性能が高度になったことに加え、生産者の育苗技術が熟達したため、苗の物理性を確認する必要もなくなりました。
こうして日本全国の生産者による育苗・田植技術は、世界に誇れる技術となっています。
参考文献
※1) 乳苗の田植機適応性に関する研究 津賀幸之介(他):農業機械化研究所研究報告第28号 (1994) 12月
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大阪府出身。農学博士。昭和43年農業機械化研究所(現:農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター)入所。農業機械の開発研究に従事。同センター所長を経て、現在:同センター新技術開発部プロジェクトリーダー