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ぐるり農政【191】

2023年2月22日

社会的要請と農業界

ジャーナリスト 村田 泰夫


 「なにか違う気がするなあ」─農業専門の新聞や情報発信サイトを見ていて、思うことがある。たとえば、有機農業を広げることや、スマート農業の推進、農産物の輸出増大について有識者らが論じた中に、「果たしてそうなのだろうか」と疑問に思うことがある。


murata_colum191_2.jpg たとえば、有機農業を増やす政策に、「農業協同組合新聞」はこんなコラム記事を載せている。「なぜわざわざ苦労してコストが高い有機農産物の生産を増やして、高く買ってもらうという目標を(政府は)立てるのだろうか」。「欧州に比べて有機農業の取り組みが遅れているので早く追い付かなければならないといった抽象的な理由だけでは、農業現場が納得して有機農業への取組を強化するとは思えない」と疑問を呈する。

 さらに、「有機農産物を拡大することで増大するコスト分を国が費用負担するなどして、消費者には従来品と同じ価格で手に入れられるようにできるなら」とも言っている。

 農業が地球環境に悪影響を与え続けている現実に目をつむっている。農薬や化学肥料を大量に使い続けることは、もはや許されないことを、この筆者は理解していない。


 新潟県長岡市内の稲作農家が昨年、「佐渡で繁殖に成功したトキの本土側での放鳥地域の指定」に反対しているニュースがあった。農家の言い分は「トキの放鳥地域に指定されると、畔などに散布している除草剤をまけなくなり、草刈り機を使わなければならなくなってコストがかかる」というものだった。農協の機関紙は、負担増を懸念する農家に同情的な論調で、このニュースを伝えていた。

 スマート農業の推進についても、こんなコラムを載せている。「新しい技術はとてもいいことだが、それが本当に農業現場に役立つものなのかどうかは、きっちりとかみ合っていないことも多い」。「猫も杓子もスマート農業っていっているけど本当に役立っているのか?」と疑問をなげかける。


murata_colum191_1.jpg 輸出の増大には、農協は一歩引き下がった言い方しかしない。農水省の審議会で現在、食料・農業・農村基本法の検証作業が進められているが、そこで、中家徹・全国農協中央会会長はこう語った。「日本の農畜産物の輸出は不可欠である」としながらも、「輸出がどの程度農家の所得向上、あるいは生産基盤の強化につながっているのか」と懸念も示し、農産物の輸出の増大を手放しで評価しようとしない。

 有機農業を広めることによる環境負荷の低減、ドローンなどスマート農業の普及による農業生産性の向上、輸出の増大による日本産農産物の市場拡大─これらの課題は、わが国農業が持続的に発展していくために欠かせないことがらである。

 これらの課題に取り組む政府の数値目標が大きすぎるとか、野心的すぎるという批判はあると思う。しかし、環境負荷の軽減や生産性の向上、市場の拡大といった課題は、社会の要請に応えるためであり、ケチをつける対象ではないと私は思う。

 「欧州と比べて日本が遅れているから」ではなく、子孫や地球環境の保全のために、私たちや農業者は、社会の要請に応えて努力する義務がある。持続可能性のない産業は、生き延びていくことができない。


murata_colum191_3.jpg 同じ話は、どの産業にも当てはまるのではないか。話は飛ぶが、トヨタ自動車がいま曲がり角に来ているという。乗用車の生産台数で世界一を誇り、わが国を代表する企業である。そのトヨタがいま、「電気自動車(EV)の普及という世界の潮流に乗れていない」という見方が欧米で広がっているというのだ。

 トヨタ自身は「電気自動車の開発に真剣に取り組んでいる」として、「世界の潮流から立ち遅れている」との見方を否定する。しかしながら、欧米の自動車メーカーに限らず中国のメーカーもEVの開発に重心を移し始めたとき、トヨタの豊田章男社長は「EV開発に全力をあげる」としながらも「多様な選択肢を残す」として、全方位戦略を掲げた。この煮え切らない方針が「トヨタはEVに必ずしも前向きではない」と受け止められたようだ。

 トヨタの全方位戦略とは、EVの開発にも取り組むが、ガソリンエンジンと電気モーターとを組み合わせたハイブリッド車(HV)や水素で走る燃料電池車(FCV)の開発にも力を注ぐという意味だ。HVで世界をリードするトヨタの成功体験が、EV全面移行をためらわせたのかもしれない。

 自動車のEV化は、ゼロカーボンで地球環境を守るという社会の要請であり、世界の潮流である。その潮流に乗った米国の新興EV自動車メーカー「テスラ」が利益ではトヨタを抜いている。中国の「BYD」もトヨタを猛追している。社長交代を発表したトヨタは「EV戦略の見直し」を迫られている。

 わが国の農業も、社会の要請をないがしろにすると、世界の潮流から取り残され、生産基盤を失ってしまいかねない。(2023年2月17日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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