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2023年1月20日
グローバルニッチトップ産業
ジャーナリスト 村田 泰夫
グローバルニッチトップ(GNT)とは何のことだ。そう思った人が多いことだろう。私自身も、この言葉を最近になって知った。結論から言うと、「わが国の農業はGNT産業である」ということだ。日本産の農産物は、世界中のどの市場にもない優れた品質をもっている。今後、輸出先市場で日本産農産物が受け入れられ、それが日本農業再生のきっかけになる。そう思うようになってきたのである。
グローバルニッチトップとは、グローバルな国際市場において、市場規模の小さい「すきま的なニッチ分野」において、世界シェアが極めて高いトップ企業のことをいう。
経済産業省が2014年に、日本企業の中から「グローバルニッチトップ企業100選」を選出したのが初めてで、2020年に2回目の選出をした。企業規模が大きくないので一般に知名度は低いが、特定の分野で国際的なシェアが極めて高い企業があり、わが国の産業を底支えしている。そうした隠れたチャンピンのような企業を顕彰しようというのが、経産省の考えであろう。
特定の電子部品で92%や89%の国際的シェアをもっている企業や、デジタルカメラの交換レンズで100%の国際的シェアを握っている企業が日本にはある。「シェア100%」ということは、世界で唯一の企業ということである。「すごいなあ」と思いつつ、わが国のすぐれた農産物を見てみると、外国では生産していない独占的価値をもつ農産物がたくさんあることに気づく。
たとえば日本酒(清酒)である。米を原料とし発酵させた酒は、中国や韓国にもあるが、日本酒のようなコクとキレのある醸造酒は、名前が示すように日本にしかない。その日本酒の輸出が大きく伸びている。海外には、それぞれ地域特有のアルコール飲料があるが、国際的に出回っているのは、ウイスキーやワインである。「日本酒」というアルコール飲料は、その存在すら知られていなかったのだから、まさにニッチ市場の開拓である。
世界中の美食家たちが、初めて日本酒を口にしてみて、食中酒としてワインをしのぐと認識し始めたのではないか。少なくとも、日本酒の競争相手となるアルコール飲料はなく、まさにオンリーワンの製品と言える。
2022年の農林水産物・食品の輸出額は、11月までに1兆2433億円と、21年の1年間の実績1兆2382億円を上回った。水産物を除けば、前年同期比で伸びの目立つのが牛乳・乳製品の27.0%増、米の25.1%増、日本酒の21.3%増、青果物の19.0%増である。
日本酒の国内需要は漸減している。地方の造り酒屋が廃業するニュースに接して、「残念だなあ」と思うことが多い。そのような中、日本酒の輸出市場が前年比で2割以上も伸びていることは驚異的でさえある。
日本酒という商品は、海外ではそれまでになく、まったく新しい商品という意味で「ニッチ」の商品であり、それを生産する競争相手が海外にない。日本酒の輸出ドライブがかかっている理由はそこにある。その意味で日本酒は、まさにグローバルなニッチ市場でトップに位置しているのではないか。
「獺祭」の銘柄で知られる山口県の旭酒造は、海外市場での日本酒人気を見越して輸出に力を入れている。日本酒全体の輸出量の約1割を「獺祭」が占めるというから、その経営戦略には脱帽する。人口減少のスピードを速め、市場の急速な縮小が避けられない国内市場ではなく、伸びる海外市場に的を絞って営業活動を強化するのは慧眼である。
前年比で25%も輸出が増えている米も、わが国の誇るGNTといえる農産物だと思う。米はアジアを中心に世界各地で生産されていて、日本産米がニッチでトップになりえないと思っている人がいるかもしれない。それは違うと私は考えるようになったのは、香港やシンガポールに日本米を輸出しているクボタの担当者の話を聞いてからだ。
アジアで食べられている米は、ほとんどが長粒種で、日本産米の短粒種とは違う。アジア諸国では基本的に、米をといだり(洗ったり)、水量を量ったりすることはしない。米は「炊く」というより「鍋で煮る」というイメージが近い。つまり、日本産米はアジア産の米とはまったく違う農産物なのだと思う。
であるから、日本産米はアジア産米の市場を奪っているのではなく、新たなニッチな市場を開拓しているのだといえる。もちろん、それまで日本産米が身近になかったから、日本食レストランで、日本産米の代わりにアジア産米が使われていて、その市場を日本産米が奪還しつつあるが、アジア諸国の家庭で食べられる日本産米は、彼らにとっては、まったく新しい食べものだと認識しているはずである。
日本産のイチゴやブドウもGNTといえる日本の農産物である。ところが、その優れた品種の苗が日本から持ち出され、韓国や中国で生産され輸出されているのは残念だ。種苗の保護に力を入れ、名実ともに日本のGNTに育てたい。(2023年1月17日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。