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ぐるり農政【187】

2022年10月20日

おコメについての勘違い

ジャーナリスト 村田 泰夫

 
 私たち日本人にとって主食であるおコメ。ほとんどの家では、電気炊飯器を使って炊いていることだろう。おコメをカップで量って、といでぬかを洗い流し、水を規定の量だけ入れ、スイッチを押す。おいしいごはんができあがる。


murata_colum187_3.jpg おコメを主食としている民族は、アジアに多い。中国、台湾、韓国、タイ、ベトナムなどだ。彼らも日本人と同じように炊いて食べていると、私たちは思っている。タイやベトナムなど東南アジアでは「長粒米」といって、日本で食べられている「短粒米」とはコメの種類が違うことは、ほとんどの人が知っているが、炊き方などは同じだと思っている。

 ところが、それは、私たち日本人の思い込みであって、実際は違う。日本米の輸出を取材していて、担当者から教えてもらい、私自身驚いた。


 おコメが主食であるアジア地域であっても、ごはんの食べ方は、日本とは異なる。まず、家でおコメを炊いて食べることが少ない。香港の場合、おコメの消費量の約9割が外食であり、家庭での消費量は1割しかない。自宅でおコメを炊くことは例外的であるといってもいい。インバウンドで日本に訪れる中国や香港、台湾などアジアの観光客が、日本産米のおいしさに目覚め、重い電気炊飯器を買っていくのは、その証拠である。そもそも、自宅に炊飯器はなかったのである。

 彼らにとって、朝、昼、晩とも外食であることが普通である。私が以前、中国や香港、タイなどに出張に行ったとき、早朝の出勤前、きれいな服を着たOLやネクタイをしたサラリーマンが、路上の屋台で、うどんなどをかき込んでいる姿をよく見かけた。うどんといっても、日本のような太いうどんではなく、にゅう麺みたいな細いうどんだった。


murata_colum187_2.jpg 自宅でおコメを炊くことはないのだろうか。あったとしても、炊き方がふるっている。なべに水を入れて沸かし、食べたいだけの量のコメをパラパラ入れる。コメを煮るのである。研ぐことはまずしない。水は目分量だから、やわらかいときもあれば、かたいときもある。
 こんな話も聞いた。香港のレストランの従業員が、コメを洗わずに炊こうとしていたので、日本の担当者が「コメを洗いなさい」と言ったところ、「日本産米は、そんなに汚いのか」と反問された。長粒米を炊くとき、彼らは「とぐ」をしないことが多いのだという。

 また、「新米はおいしい」と言ったら、「新米とは、新しい品種のコメなのか」と聞かれたという。短粒米である日本産米は、収穫したての新米が、水分が多くておいしいが、もともと水分の少ない長粒米には新米であることの優位性はないので、「新米」という概念がない。


 そういうごはんの食べ方をする市場であることをきちんと調べたうえで、わが国の農業団体や商社は日本産米を輸出しているのだろうか。日本と同じように家庭でおコメを炊くのだろうとか、炊くときは水の量をきちんと計っていると思い込んでいないだろうか。相手先市場の実態を調べてから売り込まないと、輸出量は増えずに在庫の山を築いたり、トラブルを起こしたりしかねない。

 「日本米は高くて、まずい」。実際のところ、こんな不評がまかり通っているという。香港などで、日本産米の流通実態を調べてみると、不評はあながち「うそ」とはいえない。なぜなら、香港などに輸入される日本産米の多くは、日本国内で精米されたあと、常温コンテナに積まれ、2~3週間かけて船で輸送される。高温多湿なコンテナで運ばれ、常温の倉庫に保管されるので、品質が劣化してしまう。他の食品との混載だと、コメに臭いがつくし、虫がわくこともある。「高くて、まずい」わけである。


murata_colum187_1.jpg 日本で私たちがスーパーなどで買うおコメは、精米したてのコメである。常温の棚に並べてあるが、生鮮食品として扱われている。精米後、数カ月もたった古いコメは並べていない。

 外食でコメが消費されることが多いことから、どこで収穫されたかという「産地」にこだわることがないのも、海外市場での傾向である。日本食ブームで海外の日本食レストランでも日本産米が食べられるが、日本産米であればいいのであって、どこの産地のコメでなければいけないという客は、まずいない。

 日本国内では、「新潟魚沼産コシヒカリ」や「北海道ななつぼし」といったブランド米の競争が激しい。そうした国内での産地間競争をそのまま海外市場に持ち込み、プロモーションを競い合う産地の行動に、現地の人たちは首をかしげる。日本国内の各県が、自県産の自慢のコメをアピールし、消費者に売り込む気持ちはわかる。国内市場ではそれでいいが、海外市場では「日本の産地同士の足の引っ張り合い」にしか見えない。


 改正輸出促進法が2022年10月1日から施行され、品目ごとの団体を中核にオールジャパンでプロモーションを実施し、規格なども統一することになった。今後は「○○県産」ではなく、「日本産」のコメとして売り込むことになろう。オーストラリアの牛肉「オージービーフ」、ニュージーランドのキウイ「ゼスプリ」など、統一した国のブランドで成功している例が外国にはある。遅まきながらの取り組みだが、評価したい。(2022年10月17日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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