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2022年2月24日
ドラえもんの「四次元ポケット」
ジャーナリスト 村田 泰夫
世の中の変化の速さに、ただ驚くばかりである。米国のフェイスブック社が社名を「メタ」に変えるという。「フェイスブック」も使いこなしていないのに、「メタ」とは何ぞや。戸惑うアナログ人間の筆者だが、「社名を変えるということは、近い将来、メタバースが社会の基本的なインフラになる、と読んでのことであろう」と推測できる。
IT(情報通信)とは縁遠いと思われていた農業の現場にも、スマート農業の普及という形で、これまで考えられなかった先端技術が導入されつつある。農業に限らず「仕事とはこういうものだ」と、これまで通りのやり方にしがみついていては、時代から取り残されることになる。新しい動きを拒絶しない「柔軟性」が必要な世の中になってきている。
「メタバース」のメタとは「超越」を意味し、バースは「世界」という意味のユニバースで、その二つを組み合わせた造語だそうだ。日本語に直訳すると「超越世界」になるが、インターネット上の巨大な「仮想空間」のことである。
なにやら難しそうなメタバースだが、知人から「ドラえもんの四次元ポケットのことだよ」と教えてもらって、妙に納得した。藤子・F・不二雄の漫画に登場する「四次元ポケット」は、ドラえもんのおなかに付いているポケットだ。何の変哲もないポケットだが、四次元空間につながっていて、無限にモノをしまえる。
さらに、ドラえもんは、「どこでもドア」とか「ほんやくコンニャク」などのひみつ道具を使いこなす。メタ社はドラえもんをまねしたのではないか、と思えるほど、漫画のドラえもんは、メタ社の先を行っている。
ドラえもんの「四次元ポケット」に相当するのが「仮想現実」(VR)ゴーグルで、このゴーグルをつけると、自分の分身(アバター)があちこちどこへでも行くことができる。オンライン会議などで現在使われている「Zoom(ズーム)」などのシステムは、会議に参加する人がそれぞれWEBカメラで自分を映し出して、あたかも一堂に集まっているかのようにして会議をするが、メタバースは、仮想空間の中に自分(実際は分身)を投入してしまうのだ。
その仮想空間で他人の分身らと仕事をしたり会議をしたりすることもできれば、買い物もできる。現在は、見たり聞いたりすることが中心だが、将来的には触った感覚やかいだ臭いなども仮想空間で共有できる。つまり、現実の世界と変わらないことを仮想空間で体験できるのだ。
でも、これって、ドラえもんの世界と同じである。ドラえもんは、「どこでもドア」で、どこどこへ行きたいと念じてドアを開けばどこへでも行ける。「会社に行くぞ」と念じれば会社に、「デパートに行くぞ」と念じれば、デパートの売り場に。また、メタバースでは、他国の人と会話するとき、自分の国の言葉で話せば、相手には相手の国の言葉に翻訳されて伝えられる機能がついている。これは、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」である。
「こんなことができたらいいな」という理想のビジョンを描いたのが漫画ドラえもんである。それをメタ社は現実のものにしようとしている。
世の中の変化は、ITの世界にとどまらない。産業界にも荒波が襲っている。ガソリンなど化石燃料に依存しない自動車ができたらいいな、というビジョンを掲げて自動車業界に参入した「テスラ」という米国の新規参入メーカーが、電気自動車(EV)で世界一のメーカーにのしあがり、GMやフォードはもちろん、日本のトヨタをしのぐ評価を受けるまでに成長している。
かつてトヨタは、ガソリンとみずから発電した電気でモーターを回す「ハイブリッド車」の開発で、環境面で先進的な企業だとのイメージを獲得していた。ところが、欧米先進国が一斉に電気自動車に舵を切ると、ハイブリッド車の優位性を失うことになるトヨタは「ハイブリッド車も電気自動車のカテゴリーの一つだ」と主張し始めた。トヨタの主張にも一理はあるのだが、欧米の世論から「トヨタは、ダーティーな火力発電に頼る日本で、内燃機関(エンジン)に固執する自動車メーカー」との印象を持たれてしまった。
「電気自動車への全面移行なんて無理だ」というのが、それまでの業界の常識だった。ところが、「ガソリンに頼らない自動車」という「こんなことができたらいいな」という新参者のビジョンの方が世論の支持を集めてしまった。現実的な経営戦略にしがみついていては、世の中の変化や競争から後れをとってしまいかねないのである。
ドラえもんやメタバース、さらに自動車業界でも、「こんなことができたらいいな」というビジョンが大切な時代になってきている。「世界中の情報に誰もがアクセスできたらいいな」というビジョンを掲げたグーグルやアップルなどのIT企業が、またたく間に世界をリードする世の中になった。農業分野でも同じことが言えるかもしれない。一見、荒唐無稽な「有機農業を25%に」というビジョンが現実になるとき、おそらく日本農業は発展し、私たちの食生活も豊かになっているに違いない。(2022年2月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。