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2022年1月21日
「45歳定年」論とジョブ型雇用
ジャーナリスト 村田 泰夫
「会社は45歳定年にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要だ」。新浪剛史・サントリーホールディング社長が、2021年9月、経済同友会の夏季セミナーで語った「45歳定年」論が、いまなお波紋を広げている。
「70歳までの雇用確保が21年から努力義務化されたのに、時代に逆行する暴論で、リストラを正当化する企業側の論理」という反発から、「変化の激しい時代に企業が生き延びるには欧米型のジョブ型雇用に変えていくべきで、新浪発言は勇気ある提言」として、評価する声もある。
どう考えたらいいのだろう。65歳定年を45歳定年に大幅に引き下げることの是非、といった単純な話ではなさそうだ。年功序列で昇進し終身雇用を原則とする「日本型の雇用」をどう考えるかという大きな問題につながる。新浪氏の真意は、本人が説明しないから、わからない。しかし、経済界の中に根強い日本型雇用の見直し論の一つであろう。
日本型雇用とは、年功序列と終身雇用を原則とした雇用形態である。これを「メンバーシップ型雇用」ともいう。毎年4月、新規卒業者は人物本位で一括採用され、当初から業務内容が限定されることはない。工場での現場作業とか事務所での事務作業といった、おおまかな作業分野が分かれることはあるが、業務内容や勤務地は雇用時に定められない。配属替えや転勤はあるのが前提である。
従業員はさまざまな仕事を経験することで、総合的なスキルや管理能力を磨いていく。一定の勤続年数や年齢に達すると、係長や課長、部長といった管理職に昇進する。仮に優秀な若者であっても、そのことだけを理由に賃金が上がることはなく、待遇は年功序列で決まる。悪平等のようだが、だれもが一定の年齢になれば待遇が上がるので容認されてきた。よほどの不祥事を起こさない限り解雇されることはなく、終身雇用が保証されている。
メンバーシップ型にはメリットがある。終身雇用なので勤続年数が長く(定着率が高く)、従業員には愛社精神が芽生え、会社への忠誠心も高まる。従業員に仲間意識が生まれコミュニケーション(情報共有)を通じてチームワークがよくなる。配置転換されるたびにオンザジョブトレーニングがおこなわれ、多様な職務に対応できる人材が育つ。よしあしは別にして、会社のためなら24時間、身を粉にして働く企業戦士は、日本型雇用だから生まれた。
この「日本型雇用」は、わが国の高度成長期を支えた一因となった仕組みである。欧米企業のなかには、日本型の雇用形態に学び、取り入れてきたところもあった。戦後復興と高度成長を支えてきた日本型雇用に、いまになって、なぜ日本の経営者たちは見直しを求めるようになったのだろうか。
グローバル化の進展で、熾烈なコスト削減競争に生き残るため、「守り」の姿勢に転じた日本企業が人件費の削減に手をつけざるを得なくなったからであろう。日本型雇用で守られてきた正社員の中に「働かないおじさん」が目につくようになり、高コストの高齢社員の賃金を下げる必要性に迫られようになってきた。一方、人生100年時代である。少なくとも70歳代まで働けるようになった時代にマッチした、新しい雇用慣行を創造しなければならない。それには、どうしたらいいのだろうか。
日本型雇用である「メンバーシップ型雇用」と対極にあるのが、欧米で一般的といわれる「ジョブ型雇用」である。ジョブ型雇用とは、あらかじめ決められた業務内容と、決められた勤務地で働くことを契約する、雇用形態である。年齢や性別とは関係なく、能力によって賃金が決まるという公正・公平性がある半面、その業務の必要性がなくなれば解雇される。年功序列も終身雇用もないから、愛社精神は生まれずチームワークにも乏しい。オンザジョブトレーニングはなく、みずからスキルを磨かなければならない。職場に一体感が生まれないジョブ型雇用が優れているとは一概にいえない。
メンバーシップ型かジョブ型か、どちらを選ぶのか二者択一を迫る考えに無理がある。従業員を大事にするメンバーシップ型の雇用形態は、わが国の歴史や風土に合っていた。ただ、変化の激しい時代を迎え、従業員の職務対応能力をこれまで以上に高める必要に迫られているのはたしかである。
その方法はある。20歳前後で新卒採用した者に、20年余り働いた40~45歳ごろ、業務内容やみずからの進路を見直す機会を設ける。ていねいな研修や教育の機会を会社や国が設けて、希望するならば、定年までの20数年間、新しい仕事についてもらう。好条件での転職も可能だ。これは、現状の日本型雇用でもやれることだが、中小企業の従業員も参加できるように、これまで以上に手厚い再教育の機会を企業や国が公費で設けるのである。
教育こそ、最も効果的でコストパーフォマンスの高い投資である。仮に今の仕事で能力を発揮できない従業員であっても、再教育次第では、なくてはならない人材に育てることもできる。「45歳で定年サヨナラ」というのではなく、中高年社員向けの手厚い研修や教育をセットにした「人材活用策」を打ち出せば、新浪氏の提言も「リストラ策だ」とか「強者の論理」といった批判を浴びないですんだのかもしれない。(2022年1月17日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。